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先輩からの助言

「いやあ今日は西谷様々ですよ。彼の突破が口火となり、後半の大量得点に繋がった。ああいう磁力と破壊力のあるドリブラーがいるのは本当ありがたい」


 試合後の会見で、バドマン監督は西谷を手放しで称賛しながら4試合ぶりの勝利を噛み締めていた。

 西谷の突破をきっかけに先制した和歌山は、後半は怒涛のゴールラッシュ。剣崎、西谷、竹内。さらに途中出場の鶴岡がゴールネットを揺らし、5−0の圧勝で連敗を止めた。

 翌日、試合に出場した選手たちは軽いトレーニングで汗を流した。その最中、西谷はマルコスに声をかけた。

「マルさん、ちょっといいっすか?」

「ん?どしたい絶好調さん。移籍の相談かい」

「えっ!?なんで知ってんすか」

「…明らかに動揺するな。GMからあらかじめ言われていただけだ。『たぶん一番あちこち行ってるお前に聞きにくる』っさ」

 事前に行動を読まれたのが西谷にはしゃくだった。ただマルコスはため息をはいた。

「悪いが、俺じゃ参考にならんぜ」

「なんでっすか」

「確かに、俺は移籍の経験は豊富だ。ただ、お前の場合はヘッドハンティングだろ。俺が重ねたのは再就職だからな。俺が自分で決めたわけじゃない」

「でも、やめるかやめないかの決断くらいは…」

「お前にはそれがない。俺じゃ力にはなれんぜ?」

「はぁ…」

 はっきり言って、西谷は肩透かしを食らった感ありありだ。どうしたものかと思ったとき、マルコスはアドバイスした。

「前向きな移籍の相談なら、お前らの師匠に聞けばいいんじゃねえか」





「遅えんだよこんがきゃ」

 宮脇コーチは開口一番、吐き捨てて西谷の頭を掴む。それも力を込め、爪を立てて。

「いたいいたいいたいっ!コーチ、刺さってるっす…」

「ったく、俺ぁそんなに近寄りがたいかおい。そしてそんなに存在感ねえのかい?海外移籍を繰り返したさすらいのストライカーだったのによ」

「分かりましたよ、ちゃんと相談乗ってくださいよ」



「まあ、正直驚いたな。引き抜かれるとしたら、俊也が先かと思ってたけどな」

「いきなりソレ言いますか」

 宮脇コーチの言葉に、露骨にすねる西谷。宮脇コーチはその反応を面白がった。

「プライド高えなお前。ま、お前の負けず嫌いはFW陣でもぴか一。スタメンへのこだわりも、チームじゃ抜きん出てら」

「…そろそろ、本題入りません?」

 西谷からすれば早くすっきりしたいのに、どうも雑談の方が長い。焦れて宮脇コーチに急かした。

 宮脇コーチは高校を卒業後はJ1のジュエル磐田でキャリアをスタート。その後アルゼンチン、ポルトガル、ドイツ、パラグアイと渡り歩き、20代の頃はほとんど帰国していない。キャリアも3分の2は海外で、日本でまともにプレーしたのは和歌山だけだった。

「俺は人が二の足を踏むようなことも躊躇がなかったからな。ただ、アルゼンチンに行くときぐらいか。真剣に悩んだのは」

「なんでアルゼンチンに」

「そりゃあ磐田じゃFWとしてまともにプレーできなかったからさ。外国人はもちろん、日本の至宝の一人だった永山がバリバリだった。へこむぜ?あんな化け物みたいなストライカーがいたんじゃ、このクラブにいたらすぐに引退だって感じてな」

「それで武者修業っすか」

「そういえば格好はつくが、あんときは敵前逃亡みたいなもんさ。今お前が悩んでいるように、俺はレギュラー争いから逃げたのさ」

 その言葉は西谷に響いた。自分と同じような葛藤を宮脇コーチは経験していた。自虐的に笑っていた宮脇コーチは、一呼吸おいてつぶやいた。

「ただ、今そう言って振り返れるのは、『俺にとってこの移籍は良かった』と、自分の中で満足できてるからさ。実際、海を渡ったことで、日本にいたままじゃわからないサッカー感はもてたし、勉強できることも多かった。今の俺には、貴重な財産さ」

「不安は、なかったんすか」

「不安しかねえよ。何せ言葉が通じねえ。しかもレギュラーになれなかった人間がサッカーの先進国に殴り込むんだ。恥知らずもいいとこさ」

「恥知らずって…。でもやっぱ、それだけ厳しいんすね」

「まあな。少なくとも、自分に箔をつけるつもりで行ったら十中八九潰れる。何せむこうは日本以上に弱肉強食だからな」

 いつの間にか、西谷は宮脇コーチの話に聴き入り、同時に不安にもかられた。ただ宮脇コーチはそっと語りかけた。

「まあ、せっかく声かけてくれたんだ。話だけでも聞いてこい。それから行くかどうか決めりゃいい。あとはお前次第だが…、一番大事なのはお前は『誰と戦いたいか』だな。行くんだったら、ストライカーとして覚醒してこいや」




 翌日、西谷はバドマン監督にコプレフと会談したいと連絡。都合のつく日程が次節の鳥取戦と被ったが、西谷は迷わず会談することを決めた。

 そしてここで初めて全選手が、西谷に移籍のオファーが届いていることを今石GMから知らされた。


「すげえなアツの奴、海外からオファーかぁ。まあ、俺は呼ばれても絶対行かねえけど」

 さりげなくチーム愛を語った剣崎を初め、気づいていなかった選手は驚きの声を上げた。一方でうすうす気づいていた選手も何人かいた。

「見てる人間は見てるんだな。俺もあと5センチ身長があればなあ」

「気にすんなって友成。しかし、俊也が先にそういうの来ると思ってたけどな」

「そりゃクリ、買い被りすぎだよ。俺はまだまだそんな選手じゃないさ」


 口々に感想をつぶやく選手たちを尻目に、内心穏やかでない男がいた。



「随分離れちまったな…。何やってんだよ俺は」

 誰にも聞こえないほどの小さく、それでいて語気を強め拳を固く握りながら、桐嶋は自分を吐き捨てた。


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