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極北からのオファー

 ゴールデンウイークの3連戦。G大阪、千葉、東京Vと昇格のライバルといえるクラブに、開幕10連勝と絶好調だった和歌山は3連敗を喫してしまった。

 ただ、そんな状況でありながら、チームの雰囲気は活気に溢れていて、とても連敗中のそれではなかった。

 とは言え、次の相手は現在最下位の群馬。サポーター心理としては連敗を止めてほしいと思うところだし、指揮官はじめ選手たちも同じだった。



 バドマン監督に連絡が入ったのは、そんな状況のある日だった。



 自宅でくつろいでいたバドマン監督は、夫人から「コプレフさんから電話よ」と呼ばれ、受話器を受けとった。


「やあコプレフ。久しぶりだね。どうしたんだい?こんな夜に」

「夜か…。はは。こっちの空はまだ黄昏が美しいのだがね」

 電話の向こう側、ニコル・コプレフはバドマンのかつてのチームメートで、現在はロシアリーグで活動する代理人だ。

「ネットで君のクラブのことはチェックしている。相変わらず見事な腕を振るっているようだな」

「その褒め言葉はもう少し早く欲しかった。今は3連敗中だから、説得力に欠けるからね」

「はは。そんな時もあるさ。…ところで、そんな君のクラブから、FWを一人分けてもらえないだろうか」

 コプレフが本題に入ると、バドマン監督の表情が引き締まった。コプレフが話を続ける。

「今私は、エカツェリンブルグ・レフスという中堅クラブから『若いストライカーを獲ってくれ』と頼まれてる。エカツェリンブルグは格闘技の縁で親日的な雰囲気があるし、クラブもここ数年はアジアに目を向けている。いろいろ探した中で君のクラブがいいなと思ってな」

「おいおい、まさか剣崎が欲しいと言うんじゃないだろうね。残念だが彼はクラブそのものと言える男。油田をいくら掘り当てても、渡すつもりはないよ」

「剣崎か。確かに奴は絶対の点取り屋に違いない。しかし、惚れる人間はぞっこんだが、惚れない人間にとっては軽蔑の対象でしかない。まあ、私は前者だがね。私が欲しいのは…」








「俺にオファー、ですか」

 翌日の練習後、バドマン監督に呼び出され、今石GM同席で話を聞いた選手は驚きを隠さないでいた。

「でもなんでまた俺なんすか。つーか、それホントの話なんですか?」

「驚くのも、信じられないのも無理はない。だが信憑性は安心してくれ。私は嘘をつく人間に連絡先を教えたりしない」

「監督曰く、その代理人はロシアでも有数の敏腕代理人で、ヨーロッパとのパイプも持ってる。話聞くだけでも価値あるんじゃねえか。アツ」


 西谷はそのまま黙った。このオファー、驚いていたが同時に歓迎していた。重用されているとは言え、ジョーカー扱いがすっかり板についている現状は、スタメンにこだわりを見せる西谷にとって面白くないものだった。

 かといって即断できるものでもない。2トップのファーストチョイスである剣崎と竹内と自分を比べた場合、流れを変えたり決めるべきときに決める剣崎の勝負強さや、周りを活かす竹内の器用さはない。それでも得意のドリブル突破やシュート力は自分の方があると思っているし、移籍することは何となくスタメン争いから逃げているようにも感じたからだ。悩んだ末、西谷はこう答えた。

「とりあえず今は次の群馬戦に集中させてください。来週の返事でもいいっすか」




 リーグ戦も3分の1となった第14節。和歌山はホームに群馬を迎え撃った。連敗中に加えてあいにくの雨。はっきり言って不入りもいいとこだった。それでも選手たちは意気軒昂だった。

「しゃあっ!今日で連敗止めっぞ。群馬ぼこって景気づけだっ!」

 ロッカールームのドアを開けるや、雄叫びを上げながら剣崎は出て行った。続く選手たちも、表情には気合いが満ちていた。


 西谷もまたその一人だ。大阪戦から3試合連続でゴールを決めているが、今節は勢いそのままに勝ちに繋がるゴールを決めたいと思っていたからだ。

 そんな選手たちの意気込みとは裏腹に、試合は天候同様お寒い立ち上がりとなる。ブラジル人FWのレジンを一人前線に残し、全員が自陣でブロックを組んだ群馬の守備を、剣崎、西谷、竹内のFW3枚を起用ながらも崩せず、見てる側からすればじれったい展開になる。さすがに13試合も重ねればそれだけ糸口も見つかる。小西、園川が復帰した最終ラインも堅牢さを見せる機会もなく、時間だけが過ぎていく。

 そんな展開を打破しようと前半40分すぎ、西谷が仕掛けた。

(俺のドリブルは、こんな時のためだろっ!)

 自分を奮い立たせるように言い聞かせ、がっちりと固められた群馬のゴール前に突っ込んで行った。そんな西谷を相手DFが一人、また一人と潰しにかかる。まるで磁石に引き寄せられる砂鉄のように。

 DFを三人背負いながら、西谷はそのままキーパーの至近距離からシュートを打つ。惜しくもファーサイドのポストに弾かれたが、そのこぼれ球に久々のスタメンとなったマルコス・ソウザが詰め、押し込んだ。


(そうだ。この人に聞いてみよう)


 先制点が決まった直後、西谷はふとそう思った。


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