もがく王者候補
試合終了のホイッスルが万博記念競技場のピッチに響くと、スタジアム中から落胆のため息がそこかしこから漏れた。
クラブ史上初の屈辱であるJ2降格。そこから一年でJ1に復帰して捲土重来を目論むガリバ大阪は、初めて戦うJ2で思いのほか苦戦を強いられていた。多くのクラブが初対戦故の情報量不足、北は札幌南は熊本と日本を縦断する遠征、金星を狙うJ2クラブの気概、そして徹底してゴール前を固める格下クラブの戦術、試合で見せるクオリティーは明らかに違っていたが、J1では経験しないあらゆる要素が苦戦を強いていた。
この日対戦した水戸に対して、実に23本のシュートを浴びせたものの得点はPKの1点のみ。逆に後半ロスタイムにパワープレーに屈して失点。1−1のドローに終わった。
これで戦績は3勝6分1敗。5つある近畿地方のクラブのうち、全勝の和歌山、好調神戸の後塵を配していた。しかも奈良に金星を許している。
「繰り返しになるけれども、もっと辛抱強くプレーしなければならないし、なにより『自分達には勝つ力がある』と自信を持たないといけない。勝ち点を積み上げるなら、まずメンタル面を鍛え直さないと…。謙虚な姿勢も大事だが、自信と傲慢は違うことを認識させなければ」
今シーズン、チームの再建を託された長谷井監督は、肩を落としながら答えた。
敗戦から一夜。吹田市のガリバ大阪の練習場は、重苦しい空気が淀んでいた。
「富山いって万博戻って、次が福岡いって万博戻って…移動きついよな」
「次が和歌山で助かったよな。なかなか疲れとれねえな」
「でもバスにしろ飛行機にしろ、座りっぱなしはきついぜ。あちこち体痛むし」
「まあ次は中一週間だ。近場だしまだましだ」
「だな」
ガリバの選手たちは、慣れない遠征や感覚の短い日程に愚痴をこぼしながらウォーミングアップをしていた。そんな中、司令塔の新藤和人は、特につるむことなく黙々と動かしていた。
(前向きなんは結構やけど、次の相手に去年の天翔杯で痛い目見せられたっちゅうのわかっとんのか?…まあ、分からんでもないわ。今の俺らには拠り所があらへんからな)
新藤が思うように、今のガリバの選手たちには、プレーの土台となる自信が揺らいでいた。単純な話、勝てていないからである。開幕戦、尾道に十八番の打ち合いで勝ちきれなかったのがケチのつき初めであり、以後も終盤に追いつかれたり、勝ったとしてもセットプレーのおかげだったりと、クラブが標榜するパスサッカーは鳴りを潜めていた。
それ以上に選手が堪えていたのは、周りからのプレッシャーだった。
かつてはアジアチャンピオンズリーグを制し、マンチェスターと激戦を繰り広げ、強豪としての地位を築いたクラブである。少なくとも、近年の強いガリバを見てきた日の浅いサポーターにとって「勝って当然」という意識が強い。黎明期からの古参サポーターも、ある意味遠い世界だったJ2の勝手に戸惑っていて、それの払拭のためにより一層勝利を求める。結果、「勝利以外は負けと同じ」というような雰囲気が蔓延し、試合後のゴール裏からブーイングのない日はなかった。それが選手たちに重かった。
「まあ…次勝てば、ある程度なんとかなるかいな。やるだけやな」
数日後、試合を明後日に控えた和歌山県紀の川市のアガーラ和歌山クラブハウス。
練習場の活気をよそに、バドマン監督は頭を痛めていた。
「チョン、小西、佐久間、園川…さらに昨日は川久保と鶴岡か。サッカーの神様は、そろそろ我々の連勝を止めたいようだな」
自虐的にバドマン監督はぼやいた。
ここにきて、和歌山の選手たちに負傷者が相次いだ。4月に入ってから離脱している小西、園川は目処が立たず、先週の試合後にチョンと佐久間の故障が発覚。さらに昨日の大学生との練習試合で川久保と鶴岡が負傷。軽傷ながらガリバ戦の欠場は決まった。
「特に右サイドの二人が抜けたのは嫌ですね。どっちも攻守で光れますからね」
松本コーチは、特に小西と佐久間の離脱を痛がった。
「マツ。それだけじゃねえだろ?俊也と大森もコンディション崩してんだ。ぼちぼち休ませないと」
宮脇コーチもまた、選手の現状をぼやいた。
「ならば、こういう手を打とうか」
バドマン監督が浮かべた笑みに、両コーチは「またなんか思いついたか」と思った。
4月28日。ゴールデンウイークの初っ端に行われる第11節。県営紀三井寺陸上競技場にガリバ大阪を迎えての阪和ダービー。
一万人近い来場者のうち、アウェーゴール裏席を青と黒に染め上げたガリバサポーターは、バドマン監督が思いついた策に大ブーイングをぶつけていた。それはそうだ。スタメンにはユースから上がったばかりのルーキーが3人も名を連ねていたのだから。ついでに言うと、4バックの面子は全員新加入である。
スタメンは次の通り。
GK20友成哲也
DF21長山集太
DF34米良琢磨
DF23沼井琢磨
DF14関原慶治
MF2猪口太一
MF27久岡孝介
MF32三上宗一
MF8栗栖将人
FW36矢神真也
FW9剣崎龍一
「竹内と大森はベンチか…。剣崎の相方は西谷かとも思ったが、まさか矢神とはな」
長谷井監督は苦笑いを浮かべていたが、心中穏やかではなかった。
「10連勝してるからってナメるなよ…」
「監督。つかぬ事を伺いますが、米良抜擢の意図は?」
「『ダブル琢磨』をやってみたかったのだよ。松本コーチ。丁度出してみたいくらい調子も良かったしね。ハッハッハ」
「…さいですか」




