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剣崎の影響力

「ただ点をとるだけじゃ駄目なんだよなあ…」


 紅白戦後半、剣崎はふとつぶやいた。

 エースストライカーとは何か。剣崎は去年の終盤あたりからずっと考えていた。FWの選手ならば、タイプはどうであれ背負ってみたい称号。特に背番号9を背負うFWならばもはや宿命とも言える。それを名乗るにたる働きとは何か。それを剣崎はない知恵、ない頭脳を搾り出して答えを考えていた。

(…やっぱさっきの同点ゴールは俺が決めとかにゃいかんかったな…。ああゆうおいしいゴールを決めるのが一番求められんだろうな)

 同点という状況は、リードしているときよりも心理的に楽な部分がある。とにかく相手より点をとってしまえばいいわけだから、攻める側も守る側も考えることをシンプルにできる。逆に言えば行き着く結論が同じなわけだから手の内もわかりやすい。だからこそ同点という状況を打破するのは難しいのだ。

 そして、こういう状況で点をとってこそ「エースストライカー」を名乗れる。去年1年間で剣崎はそれを実感した。

「紅白戦だからって、こんな状況を打破できないようじゃエースは名乗れねえ。ほかの連中は俺より技術あんだ。得点という結果を残せなくなったら、俺はJリーガーとしてすら生き残れねえ。絶対点とってやる!!」




「うおおぉっ!!!」

 ディフェンダーを背負いながらの強烈なシュート。手ごたえはあったが、キーパーの吉岡がこれをはじき出す。

「ちっ!悪ぃ!次決めっからもっとパスくれっ!!」

 それでも剣崎は、特に悔しがりもせず、すぐに立って味方にパスを要求する。その切り替えの早さに、吉岡は感心していた。

「普通ああいうエゴなストライカーは結構すぐに悔しがるもんだが・・・。あいつには『悔やむ暇があったらもっかいシュート打て』って感じだな。しかし・・・」

 吉岡は視線を剣崎から、シュートをはじき出し、まだしびれたままの右手に移した。

「めちゃくちゃ重いな、あいつのシュート。まるで砲丸だぜ」


(剣崎がいい感じになってきている。これを生かさない手は無い)「カズッ!」

 中盤から剣崎のプレーの切れのよさを感じていた竹内は、左サイドを走る桐嶋に鋭いパスを出した。そしてボールを受けた桐嶋は、竹内の意図を察する。昨年1年間、同じピッチで戦い続けた経験。Aチーム最大の武器がここで生きてきた。

「よしっ!一丁いってやるか」

「そうはさせるかっ!」

 ギアを入れてドリブルのスピードを上げてきた桐嶋に対して、長山が懸命に対応する。

「う、ぐぅっ!!」

 身体をよせられた中、無理やり上げた桐嶋のクロス。当然精度を欠き、ボールは大きく浮いた。

「やべっ!剣崎のやつ届くかな」と冷や汗を流す桐嶋。

「届かなくてもファーサイドの俺が蹴り込んでやる」と待ち構える西谷。

「このボール、俺がギリギリ先に届く」とヘディングでクリアを試みる川久保。


 そのいずれの予想を超えたプレー。それができるのもまた、エースストライカーである。川久保がヘディングをしようとした刹那、剣崎の左足がボールを捉えた。伝家の宝刀オーバーヘッドだ。

「いっけやあっ!!!」

「うおっ!?」

 空中で身体を一回転させて放った剣崎の一撃は、フリーフォールのように垂直にたたきつけられてきた。百戦錬磨のベテラン吉岡も、めったに見られないシュートとその起動に反応が遅れ、気がついたときにはゴールネットが揺れていた。


「っしゃあっ!勝ち越しだぃっ!!」



「相変わらずすごいね、あの人」

「ああ。ユースのときとまるで変わってねえや」

 ベンチから試合を見ていた、ユースの後輩・三上と本田は剣崎の存在感に感嘆としていた。そこに、缶コーヒー片手に内村が現れた。

「ほー、ユースのときから変わってないと」

「あ、内村さん」

「いや~リハビリは退屈で仕方ないんでね。たまにはサッカー見て目の抱擁をしねえとね」

 そこにバドマン監督が歩み寄ってきた。

「リハビリは順調かい?ヒロイチ」

「ええおかげさまで。結構調子いいし、ぼちぼち負荷もかけようかなってとこですよ」

 やはり旧知の仲で気心が知れているためか、二人の会話は他の選手のそれよりもほぐれている。

「まあ、焦らずにじっくりとコンディションを上げてくれたまえ。もっとも、戻ったときには帰る場所がなくなっているかもしれないがね」

「あらら。じゃあ猪口にハッパかけとかないとねえ。ま、天才の俺には何ら問題ないですがね」

 内村とバドマン監督は、互いに笑みを浮かべていたが目は笑っておらず、ルーキーたちは空恐ろしいものを感じた。



 ピッチに視点を戻すと、剣崎の活躍に闘志を燃やす選手がBチームにいた。ユースから昇格したFWの矢神である。

「やっぱあの人すげえ…。さすがエースって感じだな」

 矢神はユースの時から、ストライカーとしての剣崎の背中を見つづけてきた。初めのころは、あまりの技術のなさに落胆すら覚えていたが、得点力に加えて抜群の勝負強さを見るうちに、尊敬するようにもなった。

 ただ一方で、むしろ納得もできないでいた。

(あの人は技術の無さを運と身体能力でカバーしてるにすぎない。最後に生き残れるのは、ちゃんとした技術を持ってないとな。開幕までにそれを見せつけて、あの人をお払い箱にしてやるっ!)

 矢神が剣崎に対して闘志を燃やすには訳がある。

 昨シーズン、剣崎の後を受けてユースで背番号9を背負った矢神は、リーグ戦で得点王になる活躍を見せた。だが、いくらゴールを決めても、つねに「剣崎二世」という肩書きが付きまとい、コンスタントに得点を積み重ねても「安定感はあるが地味」と否定的な評価を受けることも少なくなかった。

 自分は奴と違う。それを証明するべく、他クラブからの誘いを蹴ってトップチームへの昇格を選んだのである。

「絶対にスタメンを勝ち取って、その背番号9を持ち腐れにしてやるっ!」




 並々ならぬ決意を胸に、同点ゴールを決めるべく、再び矢神は駆け出した。


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