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距離

「前半、劣勢の中みんなよく耐え抜いてくれた。剣崎と関原のシュートも、スタジアムの雰囲気をリセットする上で効果があった。この出来は、必ず後半に生きるだろう」


 ハーフタイム、バドマン監督は選手たちを讃えた。試合内容は完全に押されてはいたものの、なんとか凌ぎきった和歌山。後半にむけて雰囲気はよかった。

 特に友成は、前半のプレーに自信をつけていた。

(老いぼれとは言え、プレミアリーグ得点王のシュートは威力も正確さもあった。それを止められたってんなら…、ぼちぼちプレミアリーグを意識していいもんかね)


 一方で猪口はタオルを頭に被ったまま俯いていた。

(くそう…)

 人一倍責任感の強い猪口にとって、指揮官から託されたミッションをこなせていないことは、何よりも悔しいし自分自身に腹立たしかった。

「後半は…後半こそ自由にさせてなるもんか」

「気張りすぎだよ、太一」

 そんな猪口に、栗栖が声をかけてきた。

「ずいぶん苦労してんな」

「まあね。やっぱ手ごわいわ。さすが世界トップレベルだよ」

 笑みを見せるが、悔しさを押し殺しているのが見え見えだ。

 そんな猪口に、栗栖は一言だけささやいた。

「近すぎだぜ。位置も目線も」

 その言葉に、猪口はふと気が楽になるのを感じた。そうなると、頭の中はどんどん冷静になり、前半のプレーぶりを振り返ることも、後半への糸口を見つけることもできた。

「サンキューな。クリ」



 後半開始。あっさりと試合が動いた。5分ごろ、栗栖からのパスを受けた関原が、左サイドを一気に駆け上がりゴール前にクロスを上げる。それをファーサイドの剣崎がパスクチーノに競り勝ってヘディングで折り返し、岸本のマークを振り切った竹内が頭で押し込んだ。

 神戸は反撃するべく、前半以上の猛攻、あるいはより精度の高い攻撃を目論むが、その要となるコルテスの猛威は前半と比べてワンランク下がった。


『こいつ。俺から距離を置いた。明らかに前半より手ごわくなっている』


 今度はコルテスが猪口に対して唇を噛んだ。

 前半、徹底して密着でのマンマークでコルテスを封じようとした猪口だったが、近づいたことで生じた背後のスペースをパスの受け手にいいように利用され、コルテスのパスをことごとく許した。後半は栗栖のアドバイスから、むしろコルテスから距離を置き、スペースを消しつつつねにコルテスの視界に入りつづけることでプレーに制約をかけた。

 密着したマンマークは良し悪しがあるということだ。さらに言えばわずか十数センチポジションを変えるだけで、相手のパスコースを消すことが出来ると言われている。猪口はある程度距離を置く方法をとったのは、受け手が侵入するスペースを潰しつつ、つねに目の前をちらつくことでコルテスのパスコースを限定させるものだった。結果、コルテスは前半ほど脅威とならず、逆にバックパスを奪おうと剣崎と竹内が、神戸の最終ラインに対して果敢にプレスを仕掛けた。


 後半も20分を過ぎ、神戸の安住監督はなんとか同点にしようとカードを次々と切る。シュートが枠になかなか飛ばない豊倉に代えてベテランの吉井、疲れの見える守岡に代えて昨年愛媛のエースとして活躍して帰ってきた有野、さらにはシュリフマンに代えて昨年チーム得点王の田城と、ベンチ入りしたFWを全て投入。前線を活性化させてきた。

 対してバドマン監督は、激しい上下動を繰り返した関原、佐久間の両サイドに代えて村主、マルコスのベテランを投入。最終ラインを5バックに構えて迎え打つ。さらにチョンに代えて江川を投入して猪口を援護。コルテスの存在を完全に消しにかかった。


『信じられん。こんなちびっ子ともやしっ子に、俺が自由を奪われるとは…』


 コルテスと同じように、他の二人も今日対戦した和歌山の選手たちに、ただただ驚きを隠せなかった。

『まさに守護神…。ここまで敗北感を味わされたキーパーは初めてだ』

 ベンチで戦況を見つめるシュリフマンは、そう言って肩を落とす。

 今もピッチに立つパスクチーノは、特に剣崎の強さに舌を巻いていた。

『なんてパワフルなストライカーだ。極東にこんな獰猛どうもうなFWがいるとは…』




 スコアはそのまま動かず1−0で終了。和歌山は神戸の猛攻を耐え抜き、ワンチャンスをものにして開幕10連勝を飾った。



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