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脅威

こんだけ間が開いたのは久々ですね。

 試合は序盤から神戸が圧倒する展開となった。DFパスクチーノが対人戦で力強い守備を見せ、FWシュリフマンも正確なシュートでゴールを脅かす。しかし二人以上に際立っていたのが、ボランチのコルテスだった。年齢を感じさせない献身的な守備でインターセプトを繰り返し、味方の足元に吸い付くような精度の高いパスを自在に散らす。文字通り要として中盤に君臨していた。

「…くそっ。全部一手、いや二手先のプレーをされている。なんとかリズムを崩さないと」

 ピッチ脇で水を飲んでいた猪口は、コルテスの別格のプレーに唇を噛んでいた。バドマン監督からマンマークを託されていたが、今のところはまるで歯が立っていなかった。

「このままじゃダメだ。なんとしても、まずはリズムを崩させないと」


 一方で、対峙するコルテスも、この小さなマークマンに好感を持っていた。

『ふむ、なかなかのスタミナ。それに競った時に感じるフィジカルの強さは悪くない。これだけ小さいのに、大きな可能性を感じるな。…ただ、まだまだ頭で考えているな。だからこそ読みやすい。はたして気づけるかな、その欠点に』

 その後も猪口は懸命に食らいついた。たとえ敵わなくとも、少しでもプレーを乱して攻撃を単発にする。あるいは先にセカンドボールを拾う。自分の任された役割をまっとうしようと必死だった。だが、若者の気合いは悲しいかな100%の力を引き出しきれない。気負えば気負うほど自分自身のプレーが単調になり、かえってコルテスを楽にさせた。そうなると神戸の攻撃は鋭さを増していった。シュリフマンに加えて2トップの相棒豊倉、両サイドの尾上、守岡、さらにはコルテス自身も積極的にミドルシュートを打っていく。

 それでいて和歌山はゴールを割らせなかった。

 ゴール前には「世紀の守護神」が立ちはだかっていたからだ。


『なんて奴だ…。極東の二部リーグに、あれほどのキーパーがいるとは…』


 ここまで放った5本のシュートを全て枠内に飛ばしたシュリフマンは、頭を抱えた。前半40分までに神戸が放ったシュートは12本。うち枠に飛んできたのは10本。それを友成は全て弾き飛ばし、あるいは受け止めた。

 友成がこれだけ好セーブを連発できるのは、彼の能力ももちろん、3バックのポジショニングも光っていた。川久保、大森、沼井の三人は「友成なら止めてくれる」という信頼感の下、友成が対応しやすいゾーンを作ることを意識し、神戸のシュートコースを限定させた。友成もまた、この長身のセンターバックに対して「よほどのヘマがない限り、そうそう空中戦では負けはしない」と信頼し、「コーナーキックになっても構わない」と考え、掴めそうにないボールはすぐに弾き出した。実際、190センチ代の大森、川久保のおかげで、6回のコーナーキックは全て和歌山サイドが勝っている。あとはクリアの精度、セカンドボールを先に奪うかの勝負なのだが、その詰めの部分でコルテスに自由を許していたのだった。


 そしてこの試合、7度目の神戸のコーナーキック。大森が豊倉に競り勝つが、クリアしたボールに勢いがない。

「クリア半端っ!セカンド拾えっ!」

 友成がこう叫ぶのも7回目である。そしてコルテスもすぐにそのボールに反応。追い掛ける猪口は「またか…」と、心中そう思った。だが、今回最初にセカンドボールを奪ったのは、味方の竹内だった。ラチがあかないと自陣に下がり、持ち前の敏捷性を活かしてコルテスより先にボールを奪った。そのまま反転し、ドリブルで持ち込んでいく。

「カウンター来るぞっ!戻れ、バイタル固めろっ!」

 神戸の安住監督は前がかりになっていた選手たちに向かって叫ぶ。しかし、すでにトップスピードになっていた竹内は、瞬く間にアタッキングサード(攻める側から見て、ゴール前からピッチ全体の3分の1)のエリアに侵入。左サイドに流れていた栗栖にパスを繋ぐ。受け手の栗栖に対して、神戸のサイドバック奥田が素早く対応する。

(寄せて来んの早いな。キープしてたら時間がかかっちまう…)

 そう考えた時、栗栖の視界に剣崎が入った。

「悪いが、おまえがなんとかしてくれっ!」

 栗栖は竹内からのパスを、ダイレクトでクロスを打ち上げた。走りながらのパスだったが、さすがと言うべきか。剣崎の射程圏に飛んできた。打ち上げる瞬間に走り出していた剣崎と、マークについていたパスクチーノ、さらにキーパーの時重がボールに向かってきた。

「てめえらっ。目ん球かっぽじってよく見とけっ!」

 そう叫びながら、剣崎はゴールに背を向ける。突然の行動に、神戸の選手は一瞬動きが止まる。

「挨拶がわりにぶち込んだらあっ!!」

 そのまま剣崎は飛び上がり、空中で一回転。右足できっちりとボールを捉らえた。十八番のオーバーヘッドだった。

「うわっ!」

 至近距離から放たれた強烈なシュートと、振り下ろされた右足に、時重は思わず尻餅をつく。ボールは唸りをあげて無人のゴールに向かったが、惜しくもクロスバーに直撃する。しかし、そのボールは勢いを持ったままピッチに戻ってくる。体勢が立ち直っていない神戸ゴールに、強烈な二の矢が飛んでくる。

 和歌山の左サイドハーフ、関原が真っ先にこのボールに反応。ペナルティーアーク(ペナルティーエリアに書かれている半円)の前で拾うと、ゴール右隅へ狙いすましたミドルシュートを打つ。左足から放たれた一撃は、地を這うように飛んでいったが、わずかにそれてそばにあった給水ボトルを弾き飛ばすだけにおわった。


 実は和歌山はこの2本のシュートが前半に放ったそれの全てであった。

 だが立て続けに放たれた難度の高いシュートは、劣勢ムードを軽減するには十分で、特に目の前で見ていたゴール裏の神戸サポーターは一様にざわめいた。


 時重がゴールキックを放ってすぐに、前半終了のホイッスルが響いた。

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