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神戸の陣容

 第10節。J2は4月半ばというのに、早くも3分の1に差し掛かろうとしている。J1と違って中断なしとプレーオフの関係で11月頃には終わってしまうのだから、まあ当然と言えば当然のペースではある。

 今節では和歌山は2位のヴォイス神戸と対戦。ウイングスタジアムに乗り込んでの一戦である。一応いわゆる首位攻防ではあるが、9戦全勝の勝ち点27の和歌山に対して、6勝2分け1敗の同20の神戸。現在7点の開きがあり、この試合で順位が変動することはない。それでも同じ関西のクラブ同士、活気はそれなりにあった。何より神戸サイドに「絶好調のチームを叩いて首位浮上に弾みをつける」という気概が、選手にもサポーターにもあった。

 一方で和歌山側もこの試合へ意気軒昂であり、何より昨年の天翔杯で尾道を袋だたきにした縁起の良い会場だ。この後は大阪、千葉、東京と自力のあるクラブとの試合を控えるだけに、神戸同様負けられない一戦だった。





「ようクニオ。まさかJ2で再会するとはなあ」

「お久しぶりっすチョンさん。あんまり喜びきれないっすね」

 試合前セレモニーの選手入場の直前、チョンは神戸の生え抜き最古参選手であるDF岸本邦男と旧交を温めていた。二人は2006年に同じ神戸の選手としてJ2を戦い抜き昇格に貢献。翌年のJ1でも互いに主力として活躍した。同年オフにチョンが戦力外となって袂を分かったが、再びJ2で、今度は敵同士となって同じピッチに立つことになった。

「まあ、今は昇格を目指すライバル同士。ピッチでは全力で行こう」

「そうっすね。おたくの化け物には、おとなしくしてもらいましょうかね」

 互いににやりと笑って、元の列に戻った。騒々しいBGMと神戸サポーターの大歓声の中、選手たちはピッチに姿を現した。



「安住監督、今日は胸をお借りしますよ」

「いやいやバドマン監督。こっちこそお手柔らかに頼みますよ」

 ピッチサイドでは両監督が、フラッシュの中あいさつと握手を交わし健闘を誓っていた。それが別れた後、バドマン監督はすたすたとベンチに戻った一方、安住監督は首を傾げてぼやきながらベンチに座った。

「しかし…また布陣を変えてきたのか。しかも今度は3バックときたもんだから、対策する側はやってられんよ」

 安住監督がぼやくのも無理はない。毎度のようにメンバーをいじってくるバドマン監督だが、今節もそれを実施。しかも札幌戦の一試合でしかしていない3バックを採用した。面子を整理するとキーパーが友成。3バックは沼井を中央に置いて、大森と川久保が並ぶ。チョンと猪口がダブルボランチを組んで、その両サイドに関原、佐久間を配置。前線は栗栖ぎトップ下、剣崎、竹内が2トップてトライアングルを形成。3−4−1−2というフォーメーションになった。

「単純にゴール前に高層ビルが並ぶのか。ロングボールはあまり多用できんな。まあ、うちの選手のクオリティーなら、ピッチで先に隙を見つけるさ。我々も、早いうちに体勢を立て直すぞ」




 一方のバドマン監督は、肩をすくめて苦笑いを浮かべていた。

「ふふふ。向こうの監督、やはり苦い顔をしていたよ。松本君」

「まあそうでしょうね。『勝ってるときの布陣をいじらない』のが、采配の基本ですからね」

「そういう奇襲で、姑息だが少しでも相手のリズムをずらしたい。なにせ、むこうにはワールドクラスの選手が多くいるからね」

 そう。昨シーズン、大型補強でACL出場を目標としていた神戸は、二度の監督交代などで歯車が狂い、最後の最後に逆転で降格の憂き目にあった。今シーズンは1年でのJ1復帰を目論み、質を優先した補強を敢行。DF、MF、FWの各ポジションにヨーロッパの代表クラスを獲得。しかもそれがジャストフィットした。

 センターバックに「ローマの閂」こと元イタリア代表パスクチーノ。ボランチに「無敵艦隊の航海士」と呼ばれた元スペイン代表コルテス。2トップの一角にはプレミアリーグで得点王2回の実績を持つ「ティガー」こと元ドイツ代表シュリフマン。いずれも年齢的にはロートルの感は否めなくもないが、近年のスポーツ医学の進歩に「三十路以降は下り坂」という図式は当の昔に崩れている。事実、3人はここまでいずれもフルタイム出場を続けている。いずれ劣らぬネームバリューを持つプレーヤーの活躍は、憧れの眼差しを送っていたかつての少年たちの刺激になり、結果としてチーム力の底上げにつながっている。だから神戸は2位なのである。

 試合前、バドマン監督は選手にこう言っていた。

「今の神戸は漫画のように教科書を読みふけている子供だ。その成長曲線は計り知れない。おそらく、今シーズン最大の障害となりえるだろう。だからこそ、今日の勝利は間違いなく勝ったほうに勢いをもたらす。心して戦いたまえ」と。



 和歌山にとって幸運なことがいくつかある。一つは前述したように、ウイングスタジアムは相性がいいこと。もう一つは神戸の新戦力について、無知な選手が多いことだろうか。特に剣崎、友成は無知に加えて無関心で、自分の今日の目標以外には興味がむいていなかった。

「相手がどうかは関係ねえや。俺のゴールで勝たせりゃいいだけさ」

「ゴールを許さない。勝つための単純な話だろ」


 こんな具合である。


 ともかく、神戸のボールでキックオフのホイッスルが鳴り響いた。


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