増える耳目、増えない新規
「なあ、あの人なんか怪しくね?」
「んなこと言ったらキリねえだろ。最近あんな連中増えてるよな」
「それだけ今和歌山の選手が魅力的なんだろ。うれしいけど、ちょっと複雑だよな」
ある日のサポーターの会話。ここのところ、練習場に現れる数が増えてきたスーツ姿の見学者。彼らはサポーターと同じく和歌山の選手を目当てに足を運んでいるが、その目的は違う。
彼らはいわゆるスカウトであった。
今シーズンは未だに無敗を続けている和歌山だが、その連勝が偶然だけでは片付かなくなってきた頃から、この数は急に増えた。それだけここの選手たちのポテンシャルが魅力的なのだ。
「剣崎…なんとかならないかね」
「どうでしょうね。人一倍クラブ愛強いっすからね。ただ獲れたらでかいっすよ」
「パスを選ばないからな。前線の守備力は落ちるだろうけど、あの得点力はおつりがくるよ」
「でも金でもビジョンでも連れませんし…できりゃ一気にスカウトとしての株は上がりますよね」
「まあな。鯨を一本釣りするようなもんだからな」
最近剣崎の評価はうなぎ登りである。特に毎年降格争いに巻き込まれるような決定力不足のクラブにとっては、救世主とも言える存在だった。
ただ、普段から「このユニフォームを脱ぐ時は死ぬ時」と公言しているだけに二の足を踏んでいる状態で、代わりに竹内、西谷に矛先が向いている。ゴールもアシストも計算が立つ竹内、膠着を打破できる突破力が光る西谷。スタミナとスピードに加えて戦術理解の早さも魅力で、二人を本命とするクラブも少なくない。特に最近西谷には、実際に獲得を打診するクラブが増えている。注目されるのは悪いことではないが、重要な戦力である以上「はいそうですか」と即答も出来ない。最近な今石GMはじめクラブ首脳陣の悩みの種である。
「複雑ですねえ。選手が注目されるのはいいんですがね…」
ため息を漏らしながら竹下社長がぼやく。
「それに加えて大森にも打診が止まらないっすよ。やっぱでかくて速いのは魅力あるっすからね」
今石GMも同調してつぶやく。
「ま、別に耳目が増えるのは悪いことじゃないし、チーム全体にいい雰囲気をもたらしてくれりゃ問題ないがね。どこまで連勝続くのやら…」
奈良戦に続いてのホームゲームとなった第9節松本戦。サッカー関係者の耳目が集まる一方で、クラブの頭を悩ませる問題が浮き彫りになっていた。
「行けっ、剣崎」
「いよっしゃ任せろぃっ!」
栗栖が上げたクロスを、剣崎が渾身のヘディングシュートでゴールに叩き込む。後半10分に均衡が破れるゴールが生まれ、ゴール裏から歓喜が沸いた。だが、その一方でバックスタンドやメインスタンドは空っぽに近く、同じスタジアムでありながら観衆に温度差があった。試合は10分後に松本のエース塩崎のゴールで振り出しに戻されたものの、ロスタイムに途中出場の西谷がPKを獲得。これを竹内が冷静に決めて逆転勝ち。連勝を9に伸ばした。手に汗握る迫力満点の一戦だったが、それを見届けた観衆は三千人前後だった。
「なかなか増えませんねえ。チームの調子がいいのに、それが集客につながっていない。もっと地元の人に来てもらえるような工夫がいりますねえ」
「そうですね。剣崎君と竹内君。ウチの二枚看板がゴールする漫画のようなおいしい試合でしたのにね」
クラブハウスに戻る車中。竹下社長と三好広報が試合の感想を話し、そして残念がっていた。
「J2はスポーツ専門番組でもテロップだけで終わることが多いし、発信源が限られてるのも原因でしょうね」
「次は首位攻防ですけど、アウェーだからきのくにテレビの中継もありません。せめて何か方法は…」
その時、竹下社長はひとつひらめいた。
「ほえ?バスガイドねえ…」
クラブハウスに久々に顔を出した内村は、三好広報から社長のアイデアを聞いて驚いた。
「ずいぶん急ですね。人集まるんですか?」
同じく呼び出しを受けた天野は、中3日しかない唐突な決定に最もな疑問をぶつける。
竹下社長が思いついたのは、第10節の神戸戦に合わせて企画していたバスツアーに、ベンチ外の選手をバスガイドとして同行してもらうというものだ。もともとは定員40人の大型バス3台で乗り込む予定だったが、思いのほか集まりが悪く、一ヶ月前(だいたい第6節の直前ごろ)に企画したにも関わらず、1台分埋まるのも一苦労だった。
「で、俺と宏一と大輔がそれぞれのバスに乗り込むと…。丁度俺が累積で停止くらったから決めたらしいですね。俺じゃなかったら誰が行くつもりだったんすか」
「社長は長山さんがイエローもらったのを思い出して、これをやろうって決めたらしいですよ」
三好の説明に、長山は喜ぶべきか嘆くべきか複雑な表情を浮かべた。
そしてこの効果はとんでもなかった。
その日のうちにテレビやホームページで告知したところ、それまでは38人集めるのがやっとだったのが、わずか一晩で残りの席が埋まった。
そして試合当日。JR和歌山駅東口バスターミナル。集まった参加者は、天野、内村、長山の3人が現れると歓声を上げた。特に天野には、昨年の負傷後初めての公の場登場とあって、携帯カメラやデジカメを向ける参加者が続々と出た。
「いやあ、やって良かった。皆さんすごい喜ばれて…」
参加者の喜びようを、竹下社長は満足げに見ていた。参加者はこの後各バスにて、それぞれの選手によるトークショー、サービスエリアでの休憩時間に写真撮影、そして現地に着いた後は選手と握手をして降車した。ずいぶん充実した表情を見せるツアー参加者を見て、現地集合のサポーターたちは羨望の眼差しを向けていた。