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ダービーを前に

 4月7日。J2第7節。アガーラ和歌山は栃木グリーンスタジアムに乗り込み、栃木オーレと一戦を交えていた。


「それっ!」

 右サイド、二人に囲まれながら、小西がクロスを放つ。

「ぅおりぃやぁっ!!」

 このボールを、相手DFにつかれながらも、剣崎がジャンプ一番のヘディングシュートを叩き込んだ。目の前で起きた悲劇に、ゴール裏の栃木サポーターからため息と悲鳴がもれた。


 開幕6連勝、3月全勝というこれ以上ない快進撃でリーグの主役となっている和歌山。この日も栃木相手に持ち前の攻撃力を存分に披露した。前半27分に関原の突破からチャンスを作ると、この日はスタメンに起用された西谷が関原のクロスを押し込んで先制。後半も開始すぐの6分にトップ下に入った竹内が、高い位置でボールを奪ってからそのままドリブルで突破して追加点を叩き込む。同21分に栃木MF菊田のフリーキックからFW廣田に押し込まれて1点を返されるが、33分に冒頭のゴールで突き放した。


「いやあ止まらんもんですねえ」

 試合後の会見。バドマン監督は茶目っ気たっぷりに答えた。

「今日の試合はほぼ満点と言っていいでしょう。フリーキックの失点も、長山のアグレッシブなディフェンスが生んでしまったものだが、誰もが迷いがないからこういう失点もあるのだから、それほど気にはしていませんよ。まあ、失点はしないに越したことはないんですがね」

 そしてそれまでの笑顔を消し、鋭い眼差しで会見を締めた。

「次節の奈良戦は力の入るダービーマッチ。我々は最大限の準備を整え、最高の結果を出すつもりです」




「入れろっ、千裕!」

 ミニゲームでのひとこま。西谷が川久保を背にして結木にパスを要求する。対して結木もクロスを上げようとするが、関原の執拗なディフェンスを振り切れない。

「結木、よこせ」

「佐久間さんっ!」

 この状況を打破するために佐久間がすぐにフォローに入る。結木からボールを受けると、佐久間はダイレクトでボールを前線に送る。これが西谷にどんぴしゃりだった。

「よし佐久間、ナイスフォロー!」

 ピッチで結果を出した佐久間に声をかけながら宮脇コーチは目を細めていた。

「ここんとこ佐久間調子上がってるよなあ。うまくいけば奈良戦スタメン有り得るなあ」

 そばで腕を組む松本コーチもその意見に頷く。

「小西もそうだが、長山が結果出してから右サイドのスタメン争いにまた火がついてきたな。現状、この3人が抜け出してきてるしな。監督がどんな組み合わせでいくのか楽しみだな」

 一方でFWたちの争いも未だに火花が飛んでいる。ハットトリックから本領を取り戻した剣崎を筆頭に、絶好調の西谷、安定感抜群の竹内がリードしている状態で、巨人鶴岡、ルーキー矢神の表情にも常に緊張感が現れている。今の和歌山で安泰と言えるポジションは友成が君臨するキーパーだけだった。


「最近練習場の空気が熱いですね。どの選手もアピールに必死ですよ」

「まあ、だからこそ連勝してると言えるな。いつ監督が抜擢するかわからないから、選手も気を抜けない。でもだからといって気張りすぎてもない。今の和歌山には、たぶんACLに出るレベルのクラブじゃないと勝てないかもな」

 選手の様子を撮影するJペーパーの浜田記者と、クラブのオフィシャルライターの玉川も、和歌山の状態の良さに感嘆としていた。



 その一方で、クラブハウスは週末のダービーマッチにむけて準備にてんやわんやだった。

「三好君。ボラスタ(ボランティアスタッフ)の手配はどうですか?」

「どんどん申し込みが増えてますけど、まだ目標には届いてません。社長」

「営業部長、ポスターの納品はすんでますか」

「今朝200枚届きました。明後日配布するチラシも1万枚準備出来てます」

「社長、きのくに警備会社からお電話が…」

 竹下社長以下、和歌山の事務スタッフが忙しいのは、無論ダービーに備えてのものだ。警備員の人数やシャトルバスの確保などは事前に準備されているのだが、改修開けというスタンドの真新しさ、ダービーという集客力の高い要素に加え、今シーズンの好調な成績も重なったこと、先の京都戦で警備員不足をJリーグから口頭で注意を受けたことを鑑みて、増員が必要と判断。その手配に追われていた。

「無駄に終わっても困りますが、いざ本番で足りなかったらもっと困ります。まあ、もうひとつ忙しい要因もあるんですけどね…」

 竹下社長は、誰に語るわけでもなくつぶやいた。



 もうひとつの理由。それた元和歌山勢の凱旋である。奈良を率いるのは前々監督の曽我部雄三。主力MF高橋祐輔もかつては期限付き移籍で在籍していた。さらに今シーズンは、去年までのチームメートだったGK瀬川良一をはじめFW寺島信文、MF野上康生、DF平野一樹と藤川克己の5人が在籍。しかもいずれもレギュラーとして活躍しているのである。

 もっと言えば、高橋含めていずれも改修前の紀三井寺陸上競技場を沸かせた面々である。過去に築いた堅守速攻スタイルが勝つか、現在進行形の超攻撃的スタイルが勝つか、なかなか興味つきない一戦であった。


「めざせ一万人。ですね、社長」

「三好君…。聞いてましたか。その通りです」







「集まったかね?それでは日曜日のダービーマッチのスタメンを発表しよう」

 前々日の練習後、ピッチには所属選手全員が、バドマン監督を囲うように半円状に整列していた。青空の元でスタメンを発表するのがバドマン式である。

「キーパーは友成。最終ラインは4バックだ。センターは大森と川久保。サイドバックは右に佐久間、左に関原。ボランチは久岡だけ。サイドハーフに右小西、左栗栖。1シャドーに竹内、剣崎と鶴岡の2トップだ。リザーブはキーパー吉岡、DF沼井、MFは猪口と桐嶋、さらにチョンとマルコス。FWは西谷だ」

 この発表にもっとも力がこもったのは川久保であろう。ようやく今季初スタメン。それが旧知の連中と再会するダービーである。しかも瀬川とはプロ入り前から長きに渡り同じ釜の飯を食い続けた仲だ。この起用に粋に感じないはずが無い。

「あんまり力むなよ」

 そんな川久保の様子を見て、チョンが声をかける。

「いや、力むなって方が無理でしょ。でも大丈夫。俺は俺のやることをやるだけですから」

 自然と笑みが浮かんだ。

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