火花散らす
予定の1時間が経ち、選手たちがグラウンドに現れた。
栗栖はピッチに入る際、念のためにバドマン監督に確認をとった。
「ポジションを代えたい?」
「まあ、何と言うか、MFの仲間内ならどこついてもいいかなあと。監督のイメージと違ったらまずいかなと思って、一様」
申し訳なさそうに頭を抱える栗栖だが、バドマンはにっこりと笑った。
「至って構わないよ。私はまだチームに入って半年も経っていない。私が気づかなかった才能があるかも知れないからね!」
それぞれポジションについたところで、主審をする松本ヘッドコーチが笛を吹いた。ボールは剣崎たちAチームからスタートした。剣崎が自陣に蹴り、トップ下に入った栗栖が足下にそれをおさめた。
「さて。それじゃ、お前がどれだけできるか見せてもらうとするか」
栗栖はまず、右サイドの結城にボールを出した。ボールを受けた結城は、その意図を察した。
(試そうってわけか。じゃ、しっかりアピールしないとな)
意を決して、結城はドリブルで仕掛ける。まず迎え撃ったのはベテランMFマルコス。
「さあこい若僧」
「それじゃ、遠慮なくっ!」
対応にきたマルコスに対し、結城は得意とするシザースを連発したあと、マルコスの周りを回転するように反転させて振り切る。
「まず一人っ!」
「ほう、活きがいいな」
抜かれたマルコスだが、悔しがるどころか余裕の笑みさえ浮かべていた。なぜなら、結城が突破した方向にはすでに関原が立ちはだかっていた。
「だからなんだっ!あんたもついでに…」
笑みを浮かべながら再びシザースを披露する結城。
「抜いてや」
「らせないよ」
「えっ!?」
今度は直線的に突破しようとした結城だが、図ったようなタイミングであっさりとボールを奪われた。
「ターンで抜くときと真っすぐに振り切るときとで、シザースのステップのキレが違うよ、バーカ」
「くそっ!」
耳元で嘲るように囁かれ、結城は歯ぎしりする。ボールを奪った関原は、マルコスとのワンツーパスを経由した後、一気にアタッキングサード(ピッチを三分割したときの、相手ゴールから三分の一のエリア)に侵入した。
「14、オッケー」
「何が?」
対応にきた江川を、関原はいとも簡単にかわし、バイタルエリアで待ち構える鶴岡をちらりと見てクロスを上げた。
(それぐらいの高さなら届くでしょ)
関原が思った通り、鶴岡なら届く絶妙な位置にボールがきた。しかも鶴岡はミートした瞬間にその精度に驚いた。
(すげえっ!関原の奴…。キックの精度は栗栖以上かも…)
鶴岡が放ったヘディングシュートは、惜しくもクロスバーを叩く。
「まだ生きてるぞっ!セカンドボール拾えっ!」
友成が叫ぶまでもなく、その場にいた全員がルーズボールに反応する。そして、矢神が一番先にボールを得た。
「立て直す前にっ!」
矢神はボールをダイレクトでシュートを蹴りこむ。だが、焦ったせいかコントロール仕切れずボールは大森の脚に当たって再び宙に舞う。そのボールを拾おうと、猪口が対応するが、より先にボールをキープし、右足かで地をはうような鋭いシュートを放った。そのシュートはまるで針に糸を通すかのような一発で、ここしかないと言わん軌道を描いて友成の腕をかい潜り、ゴールに突き刺さった。
「はっはっは。プロじゃ先輩だが、王国育ちをなめんなよ、守護神さんよ」
そう言って久岡は笑顔を見せて、右手の人差し指をピンと立てた。
「ブゥラボォゥッ!!素晴らしいっ!素晴らしいよ久岡〜っ!関原君もナァイスアシストォゥっ!!」
全選手が呆気に取られるなか、バドマン監督がオーバーアクションで大卒ルーキーを褒めちぎる。Aチーム側でも、特に関原のプレーに感嘆としていた。
「関原さん…なんで二部にいたんだろ」
「さあな。ただ、守備といいドリブルといい、そしてクロスの精度といい…まさに、埋蔵金だったわけだ」
「くそ…」
栗栖に言い切られ、結城は敗北感からか悔しさを押し殺していた。
「やるねえ、久岡さん。あんたが初めてだぜ。初顔合わせで俺からゴール決めたのは…チッ」
友成もまた、苦笑いを浮かべるも最後は舌打ちをした。それだけ悔しかった。
「はっ!気い落としてんじゃねえぜてめえらっ!こっからひっくり返しゃアピールのインパクトでけえだろっ!こっちがもっと点取りゃ問題ねえぜっ」
味方の気落ちを悟ったのか、剣崎がチームメートを鼓舞する。
「得点王の俺がゴールこじ開けてやっから、ボールをしっかり繋いでくれよっ!」
高笑いしながらパスを要求する剣崎。その姿にバドマン監督は好感を覚えた。
「ふむ。さすが剣崎。それくらいの気持ちがあったから、味方が信頼し、得点王にもなれた。やはり彼は素晴らしい選手だ」
一方で、チョンは味方の引き締めにかかる。
「いいかっ!先制したぐらいじゃ向こうは折れない。もう一度集中して、同点にさせるなよっ!」
そう、紅白戦はまだ始まって20分も経っていない。早い時間帯の先制点は案外あてにできないもので、かえって相手を勢いづけることも少なくない。ここでボランチのポジションでスタートした竹内が、そのポテンシャルを遺憾無く発揮する。絶妙なポジショニングでパスコースを限定し、的確な読みで相手のパスをインターセプトし、正確な縦パスを前線に通す。
「俊也の奴、やりやがんな。なら俺だって」
竹内のパスを受けた西谷が、園川の激しいディフェンスを受ける。そこに桐嶋がフォローに走る。
「アツっ!よこせっ」
「頼む、カズ」
「やらせるかよっ」
このパスを奪わんと長山が桐嶋に迫るが、桐嶋はダイレクトで中央に放り込む。その先には剣崎が川久保に競り勝ってシュートに入っていた。
「楽にシュートは打たせんぞっ」
「関係ねぇぜっ!」
体格で劣りながら、剣崎は強引なシュートを打つ。キーパーの吉岡は辛うじてパンチングで失点を防いだが、セカンドボールを胸トラップで拾った栗栖が、素早く左足を振り抜く。逆を突かれた吉岡になす術はなかった。
「あっという間に…」
「…やはり、才能は向こうが一枚上手か。ハハ」
長山は唖然とし、吉岡は苦笑いを浮かべた。そして同時に思った。
すげえチームに入ったもんだ、と。
その後、互いに決定機を何度か作ったが、防がれたり外したりしてものに出来ず、紅白戦前半は1−1で折り返すことになった。