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報いる男

 残り8分プラスアルファで、ついに試合が動いた。後半、完全に流れを失っていた尾道が、生え抜きのストライカー野口のヘッドで勝ち越した。和歌山の快進撃継続がいよいよ怪しくなってきた。

 ただ、水沢監督は勝ち越しに沸くリザーブの選手たちを一喝した。

「浮かれるなっ!向こうには取って置きのジョーカーが二枚出せるんだぞっ!出ようが出まいが気を緩めるなっ!」

 そのジョーカーの一枚目、西谷が沼井との交代でピッチに入った。さらにもう一枚のジョーカーである鶴岡は今か今かとユニフォーム姿でベンチ前をうろついている。これが水沢監督に驚異を与えていた。

(絶対的な高さと馬力抜群のドリブラー…忌ま忌ましいというか、うらやましいジョーカーだな)

 ピッチでも荒川が、改めて声を張り上げる。

「向こうの真価は攻撃のギアを上げてきたときだっ!あと30分は試合が続く気でいろよっ!」




 一方の西谷も、実は不機嫌だった。いくら恐れられてはいても、スタメンにこだわりを持つ西谷にとっては、ジョーカーは所詮「控え」なのである。

(くそったれ。たった10分かよ!…見てろよ監督。スタメンで使わなかったことを恥かかせてやるよっ)

 左サイドに入った西谷は、なんだかんだ言いながらきっちりと結果を残した。勝ち越しを許してから8分後、そろそろロスタイムが気になる時間に、有り余る馬力を爆発させた。栗栖からパスを受けると、一気に左サイドを駆け抜ける。

「そう簡単にやらさんで…なんやとっ!!」

 しかし、今の西谷に深田は敵ではなく、真正面から突っ込み、ぶち抜いた。しかも深田の後ろには広大なスペースが広がっていた。

 普段の西谷ならば、ここからさらに中央に切れ込んで強引なドリブル突破をしてくる。事実、一瞬進路を中央に向けた。だから尾道のセンターバック、モンテーロも対応に出た。

 それが西谷の思いついた罠だった。西谷に対応するということは、マンマークについていた剣崎から目を切ることを意味していた。西谷が再びサイドに流れるのと、剣崎がモンテーロを振り切ったタイミングが同じだった。

「決めてえんだろっ!くれてやるから決めろよっ!」

 不満をぶちまけながら、西谷は鋭いクロスを放った。



 少し時間を巻き戻す。


「アツがボール持った。行くぜっ!」

 西谷にボールが渡ったのを見かけた剣崎は、ゴール前に向かって駆け出した。

(アツは何かしらのアクションを起こす。それでこのデカブツは俺から目を逸らすはずだ。それがチャンスだっ!)

 思惑通り、西谷に釣られた一瞬のスキを突いてモンテーロを振り切った剣崎。クロスを送る西谷と目が合った。明らかに不満げなのを感じだ。

「安心しなっ!俺は苦労に報いる男だぁっ!」

 地面を踏み切った剣崎は、そのまま頭からボールに飛び込んでいく。下手をすれば鉄柱であるゴールポストに頭を強打しかねないが、得点しか頭にないこの男に躊躇はない。ボールと一緒に飛び込んで来る剣崎に、尾道のキーパー宇佐野は本能的に危険を感じて体が反応しなかった。

「命知らずにもほどがあるだろ…」



「サンキューなアツっ!」

「ケッ!てめぇの為じゃねえ。チームが勝つためにしただけだよ」

 剣崎は笑みを浮かべ、西谷は嫌気を全面に出す。対照的な表情だったが、力強くハイタッチを交わした。

 試合再開前、両チームが最後の交代カードを切る。和歌山はマルコス・ソウザに代えて鶴岡を投入。2トップの一角に入り、竹内が右サイドハーフ、猪口がボランチに配置を変える。一方の尾道はマルコス・イデに代えて橋本を投入。朴を最終ラインに組み込み、深田を一列前に上げて桂城をトップ下にずらす。最終ラインを4人のセンターバックで固めた。ジョーカーを投入してきた和歌山に対して、勝ち点1を守り切る作戦をとってきた。


「そんなんで終わらされるのはたまったもんじゃない」

 そうぼやいたのは鶴岡だった。自分が投入されるのは分かっていたが、バドマン監督は投入を引っ張りかなり短い残り時間となってしまった。ジョーカー扱いよりも時間の少なさに不満げだった。

「まあ、ご丁寧に守備を固めてくれたわけだ。空中から脅かしてやりますか」



 ロスタイムは5分あった。シュヴァルツの負傷で中断したせいだ。この時間は、守る側からしたらとにかく長く感じられる代物だ。

 守備を固めた尾道に、ジョーカーの二人は猛然と襲い掛かった。西谷が地上から、鶴岡が空中からと三次元で攻撃を仕掛け、ハットトリックのかかった剣崎は無論、ガス欠寸前の竹内、栗栖、猪口も最後の踏ん張りを見せる。ただ尾道も攻めっ気をなくしたわけではない。

「5分あるんだろ?こっちだってチャンスはあるんだよ」

 トップ下にポジションを変えた桂城が、左サイドを疾走する御野にパスを出す。だがこの試合、尾道の武器の一つである御野のドリブル突破は影を潜めていた。右サイドバックの長山の奮闘があったからだ。

「どうしたテル!もうバテたか?」

「しつこいっすよ長山さん、今日はひと味違いますね」

「たりめーだ。再雇用の俺は一戦一戦が勝負だかんな」

 長山がここまで健闘できていたのは、無論2年間チームメートだったのである程度勝手が知れているのもあったが、バドマン監督からの指示を忠実にこなしていたからだ。


「決して御野を中央に切り込ませないこと。これを徹底してもらいたい。何、素晴らしいクロスをサイドから打ち上げられても、君に責任はない。ゴール前には頼もしい守護神と、たくましいセンターバックがいるのだからね」



「監督の期待、次は上回る番だ!」

 長山は一瞬のスキを突いて御野からボールを奪った。そのままドリブルで攻め上がる。カウンターだ。

「長山さんっ!」

「トシ、頼む」

 長山のフォローに来た竹内にボールが繋がる。竹内はすぐさま、鶴岡目掛けてロングパスを送る。


「剣崎だけがうちのFWってわけじゃねえんだ。俺の高さに勝てるもんなら勝ってみろ!」

 橋本と競り合いながら、鶴岡はボールを栗栖の足元に打ち落とす。ボールを受けた栗栖は静かに左足でパスを出す。


「報いる男なんだろ?…決めてこい」

 笑みを浮かべてパスを出した先には、背番号9がいた。キーパーの宇佐野は飛び出してコースを消したが、剣崎はらしからぬシュートを打つ。


 右足の内側で軽く蹴った柔らかいシュートは、包み込まれるようにゴールマウスに転がっていく。




 これまで練習してきた「らしくないゴール」が決まり、剣崎が天に拳を突き上げたとき、ロスタイムは目安の5分をとうに過ぎていた。


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