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動かせないうちに

 後半開始。和歌山は布陣およびメンバーに変更を施した一方、尾道には動きなし。1−1のドローとなって五分になった流れは、開始早々から和歌山のモノになった。

「くっそ。なんかやりづらいな」

 まず尾道が封じられたのは、右サイドの桂城。桐嶋に代わってマッチアップする関原にとって、桂城はさほど苦にならなかった。

「磐田の駒田さんと比べたらなんと楽なこった」

 まるで遊ぶように桂城のプレーを邪魔しまくった。前半はあれだけ驚異となっていたのが、なかったことのように沈黙した。

 もう一つの封殺ポイント、マルコス・イデも前半ほどのプレーは見られなかった。

(こいつ…。もう俺についてこれるのか?)

 猪口のマーキングに手を焼きながら、その技術の高さに敬服していた。さらにボランチコンビ、特に山田に対してじわじわといたぶるようなチョンとマルコスのプレッシャーをかけたことで、尾道の攻撃のリズムをすっかり分解させた。


 にも関わらず、和歌山はスコアを動かせないでいた。



 ピピィーッ…

「くっそ!またかよ」

 ホイッスルに剣崎はまたも頭を抱えた。後半に入ってから早くも三度目のオフサイドである。指揮官から命じられた通り、剣崎と竹内は裏をとる動きを徹底し、左サイドの栗栖、あるいは中盤のマルコス・ソウザからパスを受けて二度ネットをゆらしていたのだが、港率いる尾道の最終ラインが依然集中を切らさずに何度となくオフサイドトラップをしかけ、はめていた。和歌山のリザーブたちは声を荒げて抗議したが、「静かにしたまえ。審判は絶対だ」とバドマン監督は冷静に振る舞っていた。

「港は素晴らしいリーダーだ。それに、彼らの連携がこれほどとは恐れ入ったよ」

「モンテーロは剣崎のマークをこなしながらだし、イデも攻めでは勢いをなくしていても、守備はきっちりこなしていますからね」

 傍らの松本コーチも、尾道のディフェンスに唸った。

「イデは素晴らしいサイドバックだ。攻撃力もある一方で守備を怠ることはない。近い将来ブンデスリーガやセリエAでプレーできる逸材だな」

 ただ相手を褒めている場合ではないことは、指揮官自身がよくわかっている。その焦りに拍車をかけたのが、尾道の選手交代だった。

 和歌山の韓伯ボランチコンビに軽くあしらわれ、ピッチで漂っている状態だったMF亀井に代えて、キック力に定評のあるDF朴康信が入った。これの意図するところは明々白々だった。

「今リズムを向こうに渡すわけにはいかない。沼井君、君の真価が問われるぞ」



 その真価を問うシーンはすぐに来た。投入早々、中央に切れ込んだ御野からのバックパスを受けた朴は、迷わず前線に蹴り出す。標的はシュヴァルツである。

「簡単に跳ばすかよ!」

 シュヴァルツとほぼ同じタイミングで沼井もジャンプ。だがここでも身長差がモノを言った。そしてシュヴァルツはこのロングパスを胸でトラップし、着地と同時に左足を振り抜いた。至近距離からの強烈な一撃だったが、和歌山の守護神友成は至って冷静にボールを弾き出す。相手にコーナーキックを与えることになるが、妥当な守備だ。

 しかしここでアクシデントが起こる。シュヴァルツが仰向けに倒れたまま、右膝をさすりながら顔を覆う。主審が笛を吹いて試合を止める。どうやら無理な姿勢でシュートを打ったのがあだになったか、着地した際に右足を捻ったために古傷を持つ右膝の靭帯を痛めたようだ。すぐさま担架が用意されてピッチ外に運び出されが、尾道の水沢監督はすぐに二枚目のカードを切った。治療で数的不利のまま、セットプレーに入るのは得策ではないと判断したからだ。やや身長は縮むものの、同じく長身FWの野口が投入された。


「…松本コーチ。西谷と鶴岡の準備はできているかね」

 ピッチを見つめるバドマン監督は、振り向かずに松本コーチに状態を聞く。

「いつでも行けます。同時ですか」

「いや、西谷が先だ。沼井に代えて投入し、左サイドの栗栖をトップ下に回す」

「え、沼井ですか。じゃあセンターバックは」

「センターバックの枠にはチョンを一列下げる。ボランチはマルコス一枚だ」

「でも、それじゃ山田を自由にするだけでは」

 指揮官からの指示に、松本コーチはやや戸惑っていた。お世話にも流れがいいとは言えない状況で、危険要因と見ていた山田に再び自由にさせるような配置転換である。だが、当の本人は冷静だった。

「もはやわれわれは攻撃あるのみだ。せっかくのジョーカーは使い切るべきだよ」




 一方のピッチでは、攻める尾道と守る和歌山で、コーナーキック前のポジショニングに火花を散らしていた。ただ荒川に対しての大森はまだまだスタミナを感じさせるが、野口のマークについた沼井の動きはかなり重かった。身長、体重とも二桁の開きがあったシュヴァルをついさっきまで相手していたのだ。消耗が激しくて当然である。

(監督の言ってた通りだ。この動きなら、十分振り切れる)

 代わったばかりの野口は確信を持った。キッカーの桂城がゆっくり助走をとってボールをゴール前に放り込む。その瞬間の野口の一歩目ですべてが決した。万全の体勢でジャンプし、桂城からの易しいボールを頭でジャストミート。強烈なヘディングシュートがゴールネットを揺らした。


 後半36分すぎの出来事だった。


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