ハーフタイムのあっちこっち
ハーフタイムに入り、記者席の面々はノートパソコンのキーボードを叩いている。Jペーパーの和歌山番、浜田友美もその一人。
「前半のうちに追いつけたのはさすがね。あのプレー見てると、剣崎は後半も点を取れそうね」
ただ、得点への期待を膨らませる一方で、尾道の反撃をどう封じるかということも気になった。
「結構やられているところはあったけど、バドマン監督はどう動いてくるのかしらね」
そのころの和歌山のロッカールームでは、桐嶋がベンチに腰掛けてがっくりと頭を垂れていた。
「ドンマイ、カズ。あんまり落ち込むなよ」
「まあそうだけどよ、やっぱへこむわ。せっかく関原さんからポジション取り返すチャンスだったのにさ。はぁ…」
栗栖の励ましも、今のテンションの桐嶋には焼け石に水のようだった。
「さて、後半の策を授ける前にいくつか聞きたいことがある。猪口、イデは潰せそうかね」
バドマン監督からの問い掛けに、猪口は自信を持って答えた。
「十分行けます。ソウザさんの言った通り、シザースしたとき、突破を図るタイミングでモーションが大きくなるんで。それ以外にも結構クセがありました」
「よろしい。では後半は相手の左サイドを黙らせたまえ。続いて沼井君。シュヴァルツはどうだった?」
沼井もまた、確信を持って言い切った。
「うちの鶴さんよりは…ぶっちゃけ楽です。確かにキープ力あるしポストも上手いけど、たぶんシュートは下手です。特にヘディングは」
「ほほう」
「多分あの人、膝が悪いんでしょ。ジャンプの時に変な踏み切りしてるし、桂城さんにクロス入れさせなきゃ抑えれます」
「今石GMには感謝しきれないね。若いのに素晴らしいディフェンダーが揃っている」
二人の報告に満足感を覚えながら、バドマン監督は後半の展望を語った。
「前半、我々は彼らに主導権を握られた。何故か。それは山田、亀井のボランチが素晴らしいコンビネーションでリズムを作っていたからだ。まずこの二人を、チョン。マルコス。君達の技術で寝かしつけてもらいたい」
指名された二人の助っ人は頷いた。
「そして攻撃についてだが、2トップの二人は裏をとることに専念しなさい。今日の向こうの守備陣は、ベンチも含めて機動力に欠ける。仮に橋本が投入されても君達なら全く問題ない。後半もゴールを期待してるよ」
「ぅおっすっ!」
「はいっ!」
二人のストライカーは力強く返事した。最後にバドマン監督は満面の笑みで選手に激を飛ばした。
「我々はまだまだ勝てる。全ての作戦の成功は、プレーヤーの自信の有無にある。『俺は正しい』『自分が正解だ』そんな心持ちでピッチを走り給え」
同じ時間帯、尾道のロッカールームでは水沢監督が作戦を入念に伝えていた。
「あの失点は彼の方が上手かったとすぐに切り替えろ!精神論になってしまうが、向こうの攻撃を抑えるためには気持ちを切らないことだ」
水沢監督が後半にむけての修正案を説明している最中、シュヴァルツは右膝をさすっていた。さする手の下には、痛々しい手術痕が残っていた。
『大分痛むか』
かつてのチームメートである荒川から声をかけられたが、超がつく無口のシュヴァルツは見遣るだけ。それが返事であることがわかるのは旧知の荒川だけだ。
『たぶんお前についてるセンターバック、お前のその膝に気づいているぞ。楽にはさせてくれそうにないぞ』
『…ぁぁ』
『だが、そこに隙もある。お前もゴールを狙え。』
『…』
北欧からやって来た大巨人は、静かに頷いた。
「さて後半です!」
ハーフタイム終了間際、和歌山のホームゴール裏、サポーターグループのリーダーケンジが呼び掛けていた。
「開幕戦以降、長〜いお昼寝をしていた剣崎が、ようやく起きてくれましたっ!」
この声に、集まったサポーターは沸いた。
「せっかくなんで、3月最後の試合、きっちりしめてもらうために、ハットトリックを狙ってもらいましょうぉっ!!」
歓声に合わせて、大太鼓がリズミカルに叩かれ、剣崎のチャントが響いた。
「りゅういーちゲットゴオルっ、りゅういーちおおーおおー!りゅういーちゲットゴオルっ、りゅういーちおおーおおー!」
ドドドン!「りゅういちっ!」
ドドドン!「りゅういちっ!」
ドドドン!「りゅういちっ」
ドドドン!「りゅういちっ」
ドドドン!「りゅういちっ」
ドドドン!「りゅういちっ」
「ハットトリックへあとにぃてーんっ!」
このフレーズに、反対側の尾道サポーターからブーイングが起きたのは言うまでもない。
ともかく、これから後半が間もなくスタートする。
剣崎のチャントの原曲は「トレイントレイン」です