あっちがダメならこっち
両チームの布陣は互いに4バック、ダブルボランチ、2トップを採用する4−4−2。同じ布陣を使ったミラーゲームになった。
「しかしむこうの面子はまた大分変わったな。熊本戦から何人入れ替えてるんだ」
「よくベストメンバー規定に引っ掛かりませんよね。こんなに取っ替え引っ替えしてるのに」
尾道の水沢監督が和歌山のスタメンを見ていると、参謀の佐藤コーチが疑問を投げかける。
「入れ替えたとしてまだルールの枠内なんだろう。それでいて5連勝。しかも新監督だ。よほど選手の把握に長けた人物なのだろう。手強いぞ。考えようによってはガリバーや神戸よりもな」
一方の和歌山、バドマン監督は、尾道の布陣に笑みを浮かべていた。
「ふむ。概ね予想通り、2トップはスイス時代のコンビできたか。向こうはゲームメーカーを多く失ったようだが、よく立て直している」
「桂城がしっかりとした軸になっていますからね。去年の天翔杯は出ず終いでしたけどね」
「柏は中盤のプレーヤーは、質量とも秀でていたからね。力を持て余していたのか、揉まれてさらに磨かれたのか。それで試合の動き方は変わるよ」
試合は立ち上がりから、お互いに牽制しあう慎重なものとなったが、先に仕掛けたのはアウェーの尾道だった。
「それじゃあ、そろそろ行きますか」
前半20分ごろ。ボールを受けた桂城はそうつぶやくと、逆サイドに大きくボールを蹴り出す。反応したのは、サイドバックからオーバーラップを仕掛けたマルコス・イデだった。
『おっと、簡単にはさせん。マルコス対決と行こうか』
すぐさま移籍後初先発のマルコス・ソウザが対応する。イデはニヤリと笑ってシザースで突破を図る。だがソウザはその動きに釣られずに、一瞬生まれたスキをついてボールを奪う。
だがボールを先に拾ったのは、ソウザの味方ではなく、イデの味方である御野だった。すぐさまソウザの裏のスペースを駆け上がる。
「やらせねえぞっ、テルっ」
こちらも移籍後初先発、それが古巣対決となりテンションの高い長山が襲い掛かる。ここでスタンドが沸いた。スピードの乗った御野のドリブルに、長山はピッタリとついて来る。だが、得てしてこういう状況は空回りに終わることが少なくない。御野が急ブレーキをかけると、勢い余って呆気なく振り切られる。
(最初のチャンス。ここはシンプルに)
御野は中央で待ち構える2メートルのFWシュヴァルツにクロスを打ち上げる。相変わらずキックは苦手のままだが、シュヴァルツか高い分迷いなく蹴れた。しかし、シュヴァルツはシュートを打てない。沼井が体を寄せて体勢を崩させたからだ。きっちりとミートできずに弱々しく転がったボールに荒川が詰めてきたが、一足早く友成がキャッチした。
「ちっ。惜しかったな」
「あんたの出番は今日はねえよ」
舌打ちして見下ろす荒川に、友成は笑いながら言い返した。荒川も笑みを浮かべたが、互いに目は笑っていない。
「そいじゃあお返しだ!」
すぐさま、友成はボールを思い切り蹴り飛ばす。これを少しポジションを下げた竹内が受ける。そして振り返り、今度は竹内がドリブルを仕掛ける。尾道と違って中央突破なだけに、危険度はこっちの方が高い。
「や、ヤバいっ」とボランチの亀井が、反射的にシャツを掴もうとしたが、すでに竹内は射程外だ。
「モンテーロっ、剣崎見てろっ!俺が行く」
『おう!』
すぐにセンターバックの港が指示を飛ばし、竹内を止めにかかる。だが竹内は冷静に僅かなスペースにパスを出す。それは剣崎の下に渡ろうとしたが、剣崎はこれをスルーする。
『何っ!』
驚愕するモンテーロ。ボールはその先に走り込んでいた栗栖に渡る。
「角度ないとこから打つんか!?」
「そこまで無茶しませんよ」
対応に来た深田に、栗栖は笑みを浮かべてボールを中央に戻す。それは走り込んでいた桐嶋の前に渡った。
「どんぴしゃりっ!」
桐嶋はダイレクトでシュートを打つ。手応えはあったが惜しくもキーパーの正面をつき、宇佐野がガッチリとキャッチした。この攻防をきっかけにスタジアムの空気が温まってきた。両サポーターの応援に熱が入り、選手たちも激しいフィジカルコンタクトが目立つようになる。
ただ流れは甲乙つけがたい。ボールポゼッションは尾道が上回っていたが、詰めの部分でなかなかリズムを作れず、特に中盤の主導権争いは和歌山のベテラン助っ人の老獪さに手を焼いた。和歌山もカウンターの鋭さは光ったが、試合展開が受け身あることの裏返しでもあった。
前半35分ごろ。この膠着を破ったのは、桂城のワンプレーだった。
「逆サイドがあてにならないなら、俺から攻めればいいわけだ」
そう考えた桂城は、右サイドから中央へドリブルで切れ込み、チョンが対応に出たところでサイドに戻る。ジグザグなドリブルで次第に攻撃のテンポを生み出していく。そして止めにきた桐嶋に対し、シザースで動きを止めるとその隙をついて桐嶋の股を抜き、一気に突破。シュヴァルツにクロスを上げた。さっきの御野の場合と違って、今度は受け手が楽なボールだ。
(やばいっ!)
このボールに危機感を察知した沼井は懸命に体を寄せるが、20センチ程の体格差を補い切れずやすやすとヘディングを許す。ゴール左隅へ垂直落下してきたボールを、キーパーの友成は一度は右手を伸ばして弾き出す。だが、一流のストライカーは、そんな弾き出されたボールによく出会うのだ。
「俺の出番。あったみたいだな」
荒川は体勢を崩した友成をあざ笑って、先制点を押し込んだのだった。
目の前で見せ付けられた要注意人物の先制ゴールに、ホームゴール裏の和歌山サポーターはため息をつき、遠くから見守っていたアウェーゴール裏の尾道サポーターは歓声を上げた。得点者が荒川であることがアナウンスされるとさらに沸いて、荒川のチャントと歌い出した。
「ふぅっと」
その時、和歌山の背番号9は一つ息を吐いた。
「こっから先は、俺の時間だ。相手の9番がとったのなら、俺はそれ以上点をとらねえとな」
不敵に笑った剣崎。その眼光はするどかった。




