日本縦断
ピーーー・・・
札幌ドーム内にホイッスルが鳴り響き、札幌のサポーターの大合唱が徐々にしぼんでいき、かすれるような和歌山サポーター若干名の歓喜が聞こえた。
3月20日。J2も開幕して4試合を消化。アガーラ和歌山は敵地札幌にて2-0と快勝。開幕から唯一の全勝となり、首位に立っていた。
開幕戦を派手な白星で飾った和歌山の勢いはとどまるところを知らない。2節、富山と同じく昨年2戦2敗の福岡とアウェーで対戦し、竹内のPKを守りきって1-0で完封勝ち。3節はホームで京都を迎え撃ち、常に先手を取られるものの竹内、西谷、鶴岡のゴールで3-2の逆転勝ち。そして今回は前半に初先発の桐嶋が先制弾を決め、後半に久岡のプロ初ゴールを生んで勝利した。
この期間、特筆すべきはスタメンの布陣である。開幕戦のメンバーでフル出場しているのは剣崎と友成の早くも2人だけ。逆に去年MVPの竹内は2戦連続でスタメン落ち。キャプテンだったチョンにいたっては3戦連続のベンチ外である。バドマン監督は「勝ったときのメンバーはいじらない」という勝負の鉄則を無視するかのように、毎試合メンバーを変えて戦っていた。この日の試合後の記者会見でも、その点を記者から質問された。対してバドマン監督は一貫してこう答えて笑った。
「我々は少々のけが人が出ても、誰が出ても存分に戦える。それを証明しているだけですよ」
その翌日。24日に迎えるアウェーの熊本戦に向けてのミーティングがクラブハウスにて開かれた。北海道の次は熊本。中3日で日本縦断とは、いささかコンディションに苦労する日程である。
「つぎの熊本戦だが、メンバーは極力若いメンバーで行く。おそらく初先発の選手も多く存在するだろうが、気負うことなく戦ってもらいたい。では、メンバーを発表する」
ミーティングが終わり、退室する選手たちは雑談を交わす。その最中、長山は佐久間にぼやいた。
「あーあ、またメンバー落ちか。開幕戦も結局出れなかったし、まだまだ移籍後初出場は遠いなあ」
「どんまい・・・ぐらいしか言えねえや。しかし、今回の面子は相当博打だよな」
「ほんとほんと。平均年齢めっさ若いからねえ。なんせ最年長が鶴岡だもんな。でも、それでいて十分戦えそうだもんな」
「ぼやいてる暇あったら練習でもしてろ」
そういって佐久間は「これ以上はつきあってられん」という風情ですたすたと去っていった。
どれぐらいの若さか。それはKKウイングでのスタメンアナウンスで、相手の熊本サポーターもどよめくほどだった。
スタメン
GK20友成哲也
DF32三上宗一
DF5大森優作
DF23沼井琢磨
DF14関原慶治
MF27久岡孝介
MF2猪口太一
MF10小西直樹
MF8栗栖将人
FW9剣崎龍一
FW36矢神真也
リザーブ
GK30本田真吾
DF15園川良太
MF4江川樹
FW16竹内俊也
FW18鶴岡智之
「全員2年目以下だとぉっ」
「ガキばっかりじゃねえか!」
「連勝中だからって調子こくなあっ!」
流石にブーイングも起きた。
「へっ。年齢なんざ関係ねえさ、その辺見せつけてやろうぜ真也」
「ですね」
自信をみなぎらせる剣崎だが、どこか冷めた反応をする矢神に眉をひそめた。
「なんだよ、ノリ悪いなお前」
「別に態度にまで出す必要ないでしょ。剣さんと同じ、いや以上に点取りたくて仕方ないんすよ、俺も」
「…へっ。ならオッケーだ」
静かに闘志を燃やす矢神に、剣崎は満足の笑みを浮かべた。
キックオフ。熊本ボールでスタート。FW北川、MF藤木、GK東と30代のベテラン選手が中核をなす熊本は、序盤から陣形をコンパクトに保って早いパス回しで和歌山のゴールに迫ってくる。
この老獪、かつスピーディーな攻撃に、和歌山の最終ラインは的確な対応を見せた。
「あれ?こいつら、こんなに守備よかったけ」と北川が舌を巻けば、「若いのに、なかなか粘っこい玄人好みの守備をしてきやがる」と藤木も苦い表情を浮かべる。
対応の中心にいたのは、2試合連続のスタメンとなった沼井だった。
前節札幌戦は3バック、この試合は4バックを敷いている和歌山だが、その両方で沼井は要として活躍した。さらに沼井は正確にロングボールをけれる技術もあり、5試合目にして早くも欠かせない存在になりつつあった。
「猪口っ!奪え!俺がフォローに行く」
「了解」
前半30分すぎ、膠着した状況を打破しようと、沼井が猪口とのコンビで熊本MFにプレスを仕掛け、奪った。
「FWっ、上がれ!」
そのボールを猪口から受けると、沼井は前線に蹴り飛ばす。追い風にも乗って、ボールは一気に熊本のゴール前まで飛んだ。反応したのは剣崎だった。
「よっしゃいっ!開幕戦以来の今季3ゴール目だぃっ!」
そのボールを剣崎は、胸でトラップしながら、ゴールへの意気込みを叫んでボレーシュートを放った。だが、ボールはわずかにバーの上を超えていき、剣崎は天を仰いだ後に首をひねった。
「くぅ〜、もう少し力ぬかねえとな」
「相変わらず力むんすね。もっと楽に打てばいいのに」
「まあな。やっぱゴールってなるとちょっとな」
苦笑いを浮かべる剣崎。矢神は改めて呆れる。
(成長してんのかしてないのかわかんねえな、ホント)
このカウンターを契機に、和歌山の攻撃の時間帯が増えてくる。特に光ったのは初先発を飾った三上だった。若さ故の思い切りの良さを活かして、ドリブルで積極的に攻め上がる。
これに触発されたのは、ユースの時からホットラインを築いてきた矢神だ。
(入れろっ三上!)
(真也っ!)
前半のロスタイム、駆け上がった三上は矢神からアイコンタクトを受けて、地を這う鋭いパスを放つ。矢神は柔らかいボールタッチで、この鋭いパスを受けると、早いモーションでキーパーの股を抜くシュートを打つ。目論見通りに股間を抜いたが、運悪くボールはバーに嫌われた。
この一連のプレーを見て、バドマン監督は後半の策を閃く。
「松本コーチ。竹内を今すぐアップさせてくれ。後半の頭から入れる」
「矢神と、ですか」
「いや小西に代えて右サイドを強化する。ユースで1年しか違わないのならより高度な連携が期待できるし、特化させて相手の守備が右に傾くなら左に隙を作れるからね」
この決断は吉と出る。竹内と三上のコンビは、指揮官の予想をはるかに超えるキレたプレーを披露し、右サイドを掌握。起点となって再三ゴールを脅かす決定機を演出する。そして指揮官の思惑通り、相手が左(和歌山からみて右)に意識を取られた隙をついて関原がチャンスを生み出す。関原からのクロスを剣崎がヘディングで流し、ファーサイドに走り込んでいた矢神が冷静にシュート。キーパーの逆をついた一撃は見事にネットを揺らし、矢神のプロ初ゴールで和歌山が先制した。
「矢神ぃっ、ナイスゴールだこんにゃろぅっ!」
真っ先に駆け寄った剣崎が、矢神の腰に抱き着いて担ぎ上げる。
「あ、あざっす…」
「なんだよ真也、もっと喜べよ。しかもあんないいゴールなかなかないぜ」
「た、竹内さん。はしゃぐなんて、恥ずいっすよ」
二人の先輩から祝福を受け、矢神は照れ笑いを浮かべるしかなかった。
「ナイスゴール、真也」
歓喜の輪が解けた後に、栗栖が手を差し出した。矢神とタッチを交わすと、栗栖は肩を組みながら頭を撫でた。
「相変わらず、お前冷めすぎなんだよ。人生の記念だぜ」
「そうは言っても、ガキみたいにはしゃぐのは」
「いいんだよ。そうやって盛り上げるのもプロだよ。見ろよ、大の大人たちがお前のゴールにあんなにはしゃいでる」
栗栖が指差したのは、アウェーまで駆け付けたアガーラのサポーターたち。20人もいなかったが「しんやぁっ!しんやぁっ!」と自分の名前をコールしてくれている。
「次は、もっと喜べよ」
「…っす」
やはり矢神は照れていた。