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新生紀三井寺の初ゴールは・・・

 ピッチサイドに置かれたボールの前に井坂県知事は立ち、主審のホイッスルでそれを蹴った。慎重になりすぎたか弱々しく転がったが、ボールは主審の足元に無事たどり着いた。そしてスタジアム中から拍手が起きた。

「井坂知事、ありがとうございました。以上、キックオフセレモニーでした」

 スタジアムDJのアナウンスと拍手に囲まれ、井坂知事はやや苦笑いを浮かべながら手を挙げてピッチを後にした。


「井坂知事、わざわざありがとうございました。素晴らしいセレモニーでした」

「いやあ、もう少し思い切ったほうがよかったかなあ」

 出迎え、手を差し出した竹下社長と握手しながら、井坂知事は頭をかいた。

「しかし、せっかくのこけらおとしなのに、満員じゃないのは寂しかったねえ」

「はあ…、何分J2ですから…。なかなか」

「まあ、今年は優勝してくださいよ。国体まであと2年切ったから、もっと盛り上げてもらわないと、県としても支援のしがいがないからね」

「は、はい。選手ともども頑張ります」

 知事からのやや辛いエールに、竹下社長は平身低頭だった。もともと野球の印象が強い風土ゆえに、特に年配の層には特にアガーラ和歌山への出資を疑問視する声は少なくない。井坂知事もアガーラ和歌山にはあまり関心を向けていない一人で、クラブへの支援も形式的にしているに過ぎない。J1に昇格した折には財政面の強化が不可欠なアガーラにとって、特に今シーズンはどれだけ無関心層を引き込めるような戦いができるかが、ある意味優勝以上に重要な課題だった。

(頼みますよ選手の皆さん。少しでも多くの県民を引き込むようなサッカーをしてくださいね)

 祈るような気持ちで念じながら、竹下社長は井坂知事を見送っていた。





「…さて、何言ったらいいっすかね」

 その頃、キックオフ直前のピッチでは、和歌山イレブンが肩を組み合って円陣を組んでいた。その中で、キャプテンマークをつけた友成が掛け声を迷っていた。

「はっ!なんだよっ、てめぇらしくもねえな。バシッとシンプルにいけ、シンプルにぃ」

 鬼の首をとったかのようにからかう剣崎。さすがに頭にはきたが、一理もあった。

「…俺も落ちたもんだな。お前ごときに諭されるなんてな」

「ハハ。まあでもこいつの言うとおりだぜ友成。一番わかりやすいアレでいこうぜ」

 大袈裟にしょげる友成を、栗栖は笑いながら促した。そして友成は一息ついて、たった一言吠えた。


「勝つっ!!!」

『おおぉぅっ!!!』


 呼応して、全員で芝生を踏み締めた。


 試合は和歌山ボールのキックオフで始まった。

 富山の阿間監督は和歌山対策として、バイタルエリア付近を固めるためと、2トップの裏に抜け出すスピードに対応するためあえて最終ラインを低めに設定。オフサイドトラップを仕掛けるよりも、後ろのスペースを消して裏に抜けようがないようにしてきたのだ。

「うーん、俊也が抜け出すスペースないなあ。なんとかラインを上げさせないとなあ」

 ボールを持った栗栖は、富山の守備陣形に渋い顔をした。同じように、竹内もスペースが少ないために下がった位置でのボールキープという無難なプレーが多かった。

「だったらこっからぶっ放しゃいい話だ。よこせクリぃっ!」

 そう吠えた剣崎は、栗栖からパスを受けると、20メートル以上の距離に構わずに右足を振り抜く。爆発音と同時にピストルの弾丸のように真っ直ぐ飛んだシュートは、ゴールマウスのクロスバーに直撃、ぐわんぐわんとゴールを揺らした。


「き、肝冷えましたねえ。相変わらずすごいシュートだ」

 富山ベンチは、コーチをはじめベンチ入りの選手たちが剣崎のシュートに驚きを隠せない。そんな中阿間監督だけは冷静だった。

「なに、あわてなさんな。あんな距離のあるシュートがそんなに入るもんか。裏のスペースをつぶしている以上、敵さんはじれてミドルばっかり打ってくるだろうが、そんな可能性の低いシュートばっかりじゃ、勝手にリズムを崩すさ」

 そう冷静に言った阿間監督だが、内心にはひとつの懸念が渦巻いていた。

(怖いのはこれに触発されて和歌山の選手がどんどんミドルを打ってくること。特に栗栖と竹内の精度は侮れん。できれば先制して試合のイニシアチブをとりたいな)

 だが、そんな指揮官の願いは通じない。

 ボールを奪ってカウンターを仕掛ける富山だが、2トップのベテラン黒田とエース桶口にボールがつながらない。サイド攻撃から空中戦を仕掛けても、すっかり風格のついた大森にことごとくはじき出され、競り合いでも当たり負けしてしまう。1対1に持ち込む場面も幾度か作ったがキャプテンという肩書きが加わった友成が相変わらずの獅子奮迅。元日本代表のFWが何度も頭を抱え、天を仰ぎ、遠路はるばる駆けつけたサポーターもため息を漏らす。

 この展開にじれ始めたのはむしろ富山のほうだった。前半30分過ぎ、攻撃に厚みを加えようとディフェンダーがドリブルで攻めあがろうとしたときだった。

「いただきぃっ!」

 すばやく反応した猪口が強烈なスライディングを仕掛けてボールを奪い、それが久岡の足元に納まった。そして久岡は、富山の最終ラインの乱れを逃さなかった。

「チャーンス。一発で決めようぜ、竹内」

 そうつぶやいて前線に蹴り出したのと、竹内が動き出したのがほぼ同じタイミングだった。久岡からのパスは、ものの見事に竹内の足元に納まる。同時に竹内は前を向く。

(ヒサさん、ナイスパスっ)「うおぉっ!!」

 竹内が放ったシュートに、富山のキーパー中野はかろうじて反応。右手一本ではじき出す。だが、そこに当たり前のように剣崎が走りこんでいた。

「よっしゃあっ!」

 だが、初ゴールへの意気込みが力みに変わったか、ボールはポスト直撃。だが、まだピッチに戻っていく。

「ボール生きてるぞっ!!早く・・・!!」

 はじき出せ。その言葉を中野はいえなかった。ボールの落下点には、オーバーラップを仕掛けた右サイドバックの小西がいて、すでに左足を振りぬいていた。ボールはそのまま中野の頭上を越えてゴールネット揺らしたのだった。



「ナイス小西さん!」

「くっそー初ゴール決められたぁ」

「ははぁ、悪いな剣崎」

「でもよく上がってたっすねえ」

 ゴールを決めた小西のもとに、竹内や栗栖が祝福に駆け付ける。もっとも、剣崎は苦笑いを浮かべながらだが。

 そして元のポジションに戻る道中、ピッチサイドまでバドマン監督が出てきて、小西とハイタッチをかわした。

「素晴らしいよ小西君っ!!歴史に残るナイスゴールだ。この調子で頑張ってくれ」

「はいっ、ありがとうごさいますっ」




「いやあ見事な先制点でしたね。小西もよく上がってたけど、元は猪口のインターセプトですからね。久岡のパスもよかったし」

 少しはしゃぎ気味の宮脇コーチ。バドマン監督も納得の表情を浮かべる。

「ああ。キャンプから取り組み、昨年今石GMが植え付けた攻撃的な姿勢がうまく発揮できた先制点、選手たちの硬さもとれただとう。…しかし、まだだ」

「え?」

「我々の硬さはとれても、富山の得意意識まで吹き飛ばせた訳ではない。なにせ、向こうにとっては残留争いの最中に2勝を上げたカモだ。1点リードのままでは向こうは立ち直れるだろう」

「…確かに。富山にとっては、J残留の首の皮を繋いでくれたっすからね。まだ戦意は取り切れてないと」

「だが前半のうちにもう一点とってしまえば、相手のそれは根こそぎとれる。できることなら、意外な人間にとってほしいものだね」

 指揮官の期待は、前半ロスタイム前に現実となる。


 猪口は先制点につながったインターセプトで自信をつけたか、その後も中盤で躍動、富山のボールホルダーをことごとくつぶし、パスを切る。

 それにつられるように、センターバックの大森も文字通り壁として立ちはだかる。

 この二人の活躍で富山の攻撃は完全に手詰まりとなり、次第にミスを散発。そのミスがロスタイム間際に、富山のボランチ朝井のボールロストという形で現れた。

「それじゃ、止め刺しますかね」

 ボールを拾った久岡はにやりと笑う。そしてすぐさま左サイドに大きく蹴りだす。そこにはすでに関原が駆け上がっていた。

「ヒサばっか目立ちやがって。見てろよ」

 ここで関原は潜在能力の高さを見せる。中央に切れ込み、その度に相手選手が止めにかかるが、それをすべていなしていく。無名の新人によるセンセーショナルなプレーにスタジアムはどよめく。そして富山の選手たちから戦意を奪っていく。そしてスキが生まれた。これ以上好き勝手させまいと、数人がかりで関原をつぶしにかかったが、それは背後の栗栖にむざむざスペースを与えることを意味する。関原の狙いは、最初からそこにあった。

「どフリーだぜ。決めろよ」

 関原は栗栖にパスする。

「俺のミドル、みせてやりましょうかっ!」

 そのパスを、栗栖はダイレクトで蹴りこんだ。

 利き足の左ではなく、右足で。そして、そのシュートは鋭く転がりながら、キーパーの脇をすり抜けてゴールマウスの中に転がった。


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