表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/102

開幕前夜の意気込み

 3月2日。ついにJリーグが開幕した。とは言っても、近年はACLのグループリーグが既に開幕しているために、今ひとつスタート感には欠ける。さらに言えばJ2は一日遅れである。今シーズン、アガーラ和歌山は昨年同様ホームでの開幕戦となる。対戦相手は昨年19位ながら2戦2敗と相性の悪かったライプス富山だ。正直、地理的にかなり離れたアウェーチームだし、ただでさえJ2故に注目度が低い。それでもアガーラ和歌山に関わる人間は、内外問わず高揚感を抑え切れないでいた。

 なぜか。その理由はただ一つ。本当のホームスタジアム、県営紀三井寺陸上競技場で開催されるためだ。2015年の和歌山国体に向けた1年間の改修を終え、そのこけらおとしに新制アガーラの進水式が行われるというわけだ。


「いよいよかあ…。やっと紀三井寺で試合できっぜ」

 クラブハウスのトレーニングルームで、剣崎がバーベルを担ぎながらスクワットをしてる最中にそう呟いた。

「そうか。お前らがプロになってから改修入ったから、Jリーガーとしてプレーするのは初めてか」

 隣でエアロバイクをこいでいた川久保が声をかけた。

「そうなんすよ。1年待たされましたからね。新しい紀三井寺の最初のゴールを決めたいっすね」

 言いながら剣崎は笑った。この話をするまでも、剣崎は開幕の日が近づくにつれて顔が綻んでいた。まるで遠足の前日の子供だ。また、表情には出さないが、他のユース出身選手も同じように喜びを抑え切れないでいた。

 少しおおげさではあるが、和歌山県でサッカーやラグビーをするものにとって、紀三井寺陸上競技場は一種の聖地である。県下最大のスタジアムであり、大概の大会の決勝戦はここで行われるのだ。

「俺が記念すべき初ゴールを決めて、去年勝てなかった富山ぶっつぶして勢いをつける。良いことづくめだ。FWの、エースストライカーの血が騒ぐぜっ!」

「おいおい、張り切りすぎて張り切りすぎてけがなんかすんなよ。せっかく開幕スタメンなんだからよ」

 そう茶化す川久保だが、その表情はどこか寂しげだ。この日の昼。バドマン監督から開幕戦のメンバー発表があり、剣崎や竹内らがスタメン入りした一方で、これまでチームを支えてきた川久保、村主の古参メンバーがベンチ外となったのだ。悟った剣崎は表情を引き締めた。

「川久保さんや村主さんがどれだけこの試合に出たかったか、分からねえほど俺はバカじゃないっすよ。ベンチに入れなかったみんなの思いごと、開幕戦にぶつけてやるっすよ」

「…頼むぜ」

「うっす!!」






 その紀三井寺陸上競技場。誰もいないはずのメインスタンドに腰を下ろす男がいた。男は手にした布をじっと見遣りながら、開幕への思いを馳せていた。

「俺がキャプテン…か」

 男は友成だった。そして手にしていたのはキャプテンマークだった。

 今シーズン、バドマン監督はキャプテンを交代することを決め、友成を新キャプテンに指名した。まだ二十歳にもなっていない友成の抜擢に、誰もが驚いたが、不思議と反対の声はなかった。何よりも友成を推薦したのが、前任者のチョンだった。

「気負ってるのか」

 後ろから声がして、友成は振り返った。チョンだった。

「さすがに戸惑ったか。お前らしくもない」

「なんつうか…、俺でいいのかって思いはありますね」

 友成はらしくない暗い表情を浮かべ、チョンに本音をもらした。

「俺はな、お前だからキャプテンを任せたんだ。チームの一番後ろからメンバーを冷静に見れて、失点の危険が高い場面で勇気のあるプレーができて、常に声で鼓舞できる。なにより誰にでも怒鳴れる度胸がある」

「やれることやってるだけですよ」

「それができりゃ、キャプテンとして十分だ」

 そう言ってチョンは、友成の胸に拳をあてた。

「俺と違って、お前らにはまだまだ先がある。このクラブにいる間だけでいい。クラブの未来を作ってくれ。…外様がいうことじゃないがな」

「ま、しっかりやらせてもらいますよ。選んでくれた人間に泥を塗るような真似はしませんから」

 そう言って、ようやく友成は口元に笑みを浮かべた。






「明日開幕ね。調子はどうなの?」

「もうバッチリよ。早く試合がしたくてウズウズしてらあな」

 その夜、剣崎は自宅の寝床で相川に電話をかけていた。向こうからかかってきたもので、相川が剣崎にハッパをかけていたのだ。

「でも今年は去年みたいに行かないわよ。なのに42点取るなんて栗栖に言ったそうね」

「いいじゃねえか。目標は高く置いた方がいいだろ」

「もうちょっと考えなさいっての。もう、変わってないわね」

 電話の向こうの相川は呆れ返っているが、剣崎は気にせず自信満々に言い切る。

「エースストライカーってのはぶれたら終わりなんだぜ。俺は去年の入団会見で『得点王をとる』って言ったんだ。いつもでかいこと言うのが、俺っていう選手だ。だから今年はJ2での通算ゴールの新記録樹立だ」

「はあ…。ふふ、まああんたらしいわね。せいぜい恥かかないように頑張りなさい」

「けっ。シーズン終わったら土下座させるぐらいの結果出してやるよ。じゃあな」

 そう言って剣崎は電話を切った。

(そうだ。俺はエースなんだ。周りを黙らせる結果、絶対に残してやるぜ)



 開幕戦キックオフまで、あと13時間を切っていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ