開幕前夜の意気込み
3月2日。ついにJリーグが開幕した。とは言っても、近年はACLのグループリーグが既に開幕しているために、今ひとつスタート感には欠ける。さらに言えばJ2は一日遅れである。今シーズン、アガーラ和歌山は昨年同様ホームでの開幕戦となる。対戦相手は昨年19位ながら2戦2敗と相性の悪かったライプス富山だ。正直、地理的にかなり離れたアウェーチームだし、ただでさえJ2故に注目度が低い。それでもアガーラ和歌山に関わる人間は、内外問わず高揚感を抑え切れないでいた。
なぜか。その理由はただ一つ。本当のホームスタジアム、県営紀三井寺陸上競技場で開催されるためだ。2015年の和歌山国体に向けた1年間の改修を終え、そのこけらおとしに新制アガーラの進水式が行われるというわけだ。
「いよいよかあ…。やっと紀三井寺で試合できっぜ」
クラブハウスのトレーニングルームで、剣崎がバーベルを担ぎながらスクワットをしてる最中にそう呟いた。
「そうか。お前らがプロになってから改修入ったから、Jリーガーとしてプレーするのは初めてか」
隣でエアロバイクをこいでいた川久保が声をかけた。
「そうなんすよ。1年待たされましたからね。新しい紀三井寺の最初のゴールを決めたいっすね」
言いながら剣崎は笑った。この話をするまでも、剣崎は開幕の日が近づくにつれて顔が綻んでいた。まるで遠足の前日の子供だ。また、表情には出さないが、他のユース出身選手も同じように喜びを抑え切れないでいた。
少しおおげさではあるが、和歌山県でサッカーやラグビーをするものにとって、紀三井寺陸上競技場は一種の聖地である。県下最大のスタジアムであり、大概の大会の決勝戦はここで行われるのだ。
「俺が記念すべき初ゴールを決めて、去年勝てなかった富山ぶっつぶして勢いをつける。良いことづくめだ。FWの、エースストライカーの血が騒ぐぜっ!」
「おいおい、張り切りすぎて張り切りすぎてけがなんかすんなよ。せっかく開幕スタメンなんだからよ」
そう茶化す川久保だが、その表情はどこか寂しげだ。この日の昼。バドマン監督から開幕戦のメンバー発表があり、剣崎や竹内らがスタメン入りした一方で、これまでチームを支えてきた川久保、村主の古参メンバーがベンチ外となったのだ。悟った剣崎は表情を引き締めた。
「川久保さんや村主さんがどれだけこの試合に出たかったか、分からねえほど俺はバカじゃないっすよ。ベンチに入れなかったみんなの思いごと、開幕戦にぶつけてやるっすよ」
「…頼むぜ」
「うっす!!」
その紀三井寺陸上競技場。誰もいないはずのメインスタンドに腰を下ろす男がいた。男は手にした布をじっと見遣りながら、開幕への思いを馳せていた。
「俺がキャプテン…か」
男は友成だった。そして手にしていたのはキャプテンマークだった。
今シーズン、バドマン監督はキャプテンを交代することを決め、友成を新キャプテンに指名した。まだ二十歳にもなっていない友成の抜擢に、誰もが驚いたが、不思議と反対の声はなかった。何よりも友成を推薦したのが、前任者のチョンだった。
「気負ってるのか」
後ろから声がして、友成は振り返った。チョンだった。
「さすがに戸惑ったか。お前らしくもない」
「なんつうか…、俺でいいのかって思いはありますね」
友成はらしくない暗い表情を浮かべ、チョンに本音をもらした。
「俺はな、お前だからキャプテンを任せたんだ。チームの一番後ろからメンバーを冷静に見れて、失点の危険が高い場面で勇気のあるプレーができて、常に声で鼓舞できる。なにより誰にでも怒鳴れる度胸がある」
「やれることやってるだけですよ」
「それができりゃ、キャプテンとして十分だ」
そう言ってチョンは、友成の胸に拳をあてた。
「俺と違って、お前らにはまだまだ先がある。このクラブにいる間だけでいい。クラブの未来を作ってくれ。…外様がいうことじゃないがな」
「ま、しっかりやらせてもらいますよ。選んでくれた人間に泥を塗るような真似はしませんから」
そう言って、ようやく友成は口元に笑みを浮かべた。
「明日開幕ね。調子はどうなの?」
「もうバッチリよ。早く試合がしたくてウズウズしてらあな」
その夜、剣崎は自宅の寝床で相川に電話をかけていた。向こうからかかってきたもので、相川が剣崎にハッパをかけていたのだ。
「でも今年は去年みたいに行かないわよ。なのに42点取るなんて栗栖に言ったそうね」
「いいじゃねえか。目標は高く置いた方がいいだろ」
「もうちょっと考えなさいっての。もう、変わってないわね」
電話の向こうの相川は呆れ返っているが、剣崎は気にせず自信満々に言い切る。
「エースストライカーってのはぶれたら終わりなんだぜ。俺は去年の入団会見で『得点王をとる』って言ったんだ。いつもでかいこと言うのが、俺っていう選手だ。だから今年はJ2での通算ゴールの新記録樹立だ」
「はあ…。ふふ、まああんたらしいわね。せいぜい恥かかないように頑張りなさい」
「けっ。シーズン終わったら土下座させるぐらいの結果出してやるよ。じゃあな」
そう言って剣崎は電話を切った。
(そうだ。俺はエースなんだ。周りを黙らせる結果、絶対に残してやるぜ)
開幕戦キックオフまで、あと13時間を切っていた。