手応えと決意
「大森、お前は前野につけ。簡単に飛ばさせるなよ」
「はいっ、チョンさん」
「グチは松村に付け。ニヤに飛び込ませるな」
「ウスッ!」
チョンの交代は、磐田のフリーキック前に認められ、園川に代わって入った。そしてディフェンスの選手たちに指示を飛ばす。
一方の友成は、精神統一に集中していた。既に前野がシュートすると決め込んでいた。スピードにはいつでも対応できる自信はあるが、キーパーとしては小柄なために空中戦ではどうしても遅れをとる。まして前野は長身のストライカーとして知られている。
(ホットラインはこういう劣勢の時に使ってこそだ。前野さんは頭と足のどっちも使える選手。…どこに立ってくるかで決まるな。ニアなら頭、ファーなら足だ)
そして、駒田が助走をとり、右足を振り抜く。同時に前野が動き出す。走り込んだのは、ファーだった。ただ、友成の読み違いは前野がヘディングで打ってきたことだ。
ただ、ここでの友成が凄かった。かなり低い位置に重心があったにも関わらず、前野の予想を遥かに上回る跳躍で左手一本で弾き出した。ボールはそのままゴール裏に消え、磐田のコーナーキックとなった。
「ナイッセーブ、よくはじいたよな」
猪口が駆けより、好セーブを見せた友成をねぎらう。対して友成は安堵のため息を吐いた。
「ま、ハナからヘディング狙いだったらやられてたわ。多分予想より駒田さんのボールが浮いたから切り替えたんだろ。とっさのシュートぐらいは止めれねえとな」
「普通とっさのシュートの方が止めれない気がするけどな」
「準備のできてないシュートなんて弱えんだよ。その程度止めねえと、天才の名が廃るんだよ」
「天才、ねえ…。堂々と言い切るあたり、やっぱ友成はすごいよ」
「とっとと戻れよグチ。コーナー来るぞ」
涼しい顔で猪口を見送った友成だったが、内心は興奮気味だった。たとえ相手が代表であっても、反応できるシュートはあり、そして自分は反応さえできれば止めることもできる。確固たる自信が芽生えた瞬間だった。
試合はそのまま2−0で和歌山が勝利。プレシーズンマッチながら金星と言っていい快勝をおさめた。
「前半と後半ではずいぶん色合いが違ったが、後半が我々の、私の指示通りのサッカーでした。磐田のような、歴史があり実力も高いクラブに対して意図した攻撃が決まって喜ばしい限りです」
試合後の会見で、バドマン監督は笑顔で試合を振り返った。ただ、対照的に記者たちからは「喜べるほどか?」と、バドマン監督の発言に首を傾げていた。その中の一人が、少し意地悪な質問をした。
「監督。出過ぎた事を伺いますが、攻撃に関しては前半はもちろん、FWを4人起用した後半も得点した場面以外はさほどうまくいったようには感じませんでしたが…」
「ええ。別にそれでよいのです」
「え?」
監督の意外な反応に、質問をした記者は狐につままれたような表情を見せた。
「確かに、勝利するには意図した攻撃ができる時間帯、つまり支配率を高める事が大切です。ですが、それが絶対の正解とは限らない。現に後半の我々の時間帯には得点という最高の成果を上げている。ボクシングでもパンチ一発で逆転勝ちというのもあるし、ボクシングと違って判定はありません。それに前半はなんだかんだ言いながら、試合自体は和歌山のペースでしたから、そのリズムをゴールに繋げられたのです」
言い終わったバドマン監督は得意満面だった。今度は別の記者が質問した。
「間もないリーグ戦が開幕しますが、新チームの手応えはいかがでしょうか」
「まあ、十分戦える状態ではありますが、すべての課題が解決したわけではありません。ただ、この一年間はエース・剣崎と守護神・友成という図式を崩すことなくすごしたいですね」
「あー、どうせならもう一点ぐらいとりたかったぜえ」
和歌山に戻るバスの中で、改めて剣崎はぼやいた。先制点を叩き込んだとはいえ、ゴールに対してどこまでも貪欲なエースにとって、1ゴールは消化不良だったようだ。
「でもまあ、あいさつにはなっただろうな。来年は覚悟しろってよ」
「そうだな。相変わらずえぐいミドルをぶちかますよな」
剣崎の隣で、栗栖が笑いながら頷く。
「まあ、とれなかったうっぷんはリーグ戦で晴らすとすっか。てなわけでクリ、お前もがっちりスタメンに定着してくれよ。俺とのホットラインで42得点とろうぜ」
「二人でか。まあ、できない数字じゃないな」
「何言ってんだよ。俺が42点とるからアシストしてくれっつてんだよ」
剣崎が立てた目標に、栗栖は目を見開いた。42試合で行うJ2。全試合フル出場でも1試合1点ペースである。
「お、お前マジで言ってんのかよ。無茶苦茶だろ」
「やるっつったらやるんだい。エースである俺がそれぐらいの気構え見せなきゃ、今年のJ2は勝ち抜けねえぜ。まあ、最低でもJ2での通算記録は塗り変えるつもりだけどな」
「それって、湘南とか草津で活躍した高井さんのか?確か76だから…、それでも40で同点か。大丈夫か」
「だから俺にボールをくれよ。それさえしてくれりゃ、責任持って決めっからよ」
自信満々な剣崎に、栗栖は呆れながらも頼もしく思えた。
後部座席が盛り上がっている頃、前の方の座席では友成が目を閉じながら試合を振り返っていた。
「思ったより通用したかな…」
それが試合を終えての率直な感想だった。まだシーズン前なので過信するつもりはないが、何かしらの手応えをつかんだ。今シーズンのJ2は、遠慮なく言えば場違いなクラブが多い。磐田との試合で友成が感じておきたかったのは、平静の状態でどれだけJ1相手にプレーできるかという手応えだった。
去年末の天翔杯でのガリバ大阪戦では、J1最強攻撃陣を沈黙させる好セーブを連発したが、あの時はランナーズハイに近い状態だったので参考にはしていない。
「あの馬鹿が1試合1点か。だったら俺は年21失点だな。そうすりゃ勝てるだろ。まあ、あとは開幕してからだな…。ふぅあぁ…」
そうつぶやいて、友成は眠りについた。
バドマン監督が期待を掛けるエースと守護神は、新シーズンに向けて決意を固めていた。