動いた後半
後半のピッチに戻る選手たちの背中を見て、松本コーチがバドマン監督の傍らで呟いた。
「意外でしたね」
「何がかね」
「いや、剣崎や西谷がぎらつくのはまあ分かるんですけど…、竹内もあんな目ができるんですね」
「それだけ血は正直だと言うことさ。去年の試合のDVDを見ていたが、ゴールを決めたときが一番イキイキしていたからね」
「そういやそうでしたね」
「いずれにしても頼もしい。我がクラブのFWは、いずれも得点に貪欲だ。あとはこの布陣で結果を残してもらうだけだ」
そう言ったバドマン監督の表情は、お年玉を待ちわびる子供にも似た、ワクワクとした笑顔だった。
後半開始のホイッスルが響いた。選手交代は和歌山の二人のみ。これに磐田の守下監督は何かを感じ取った。
「FW4枚か。随分と攻撃的になってきたな」
傍らのコーチは頷きながらも首を傾げる。
「でもどうせなら久岡残しとけばいいのに。うちは散々前半にあいつのパスからやられましたし」
「まあ、そこは勝手が知っている方にしたんだろ。久岡はルーキーで、栗栖は2年目。おまけに剣崎と竹内とは5年もチームメートだからな。…どれほどだろうな。向こうの攻撃力は」
この時点である程度失点の予想をつけた守下監督は、プレー中断で給水にきたサイドの選手に、守備の修正を伝達させた。
だが、その攻撃的布陣の破壊力は、守下監督の想定を大きく超えるものだった。
(でかいな…、生で見ると)
磐田のセンターバック、菅原は、目の前にそびえ立つ鶴岡を見上げて正直面食らっていた。自身も188センチあるが、これまでの人生で「人を見上げる」という行為はほとんど経験がなかった。いや、いなかったわけではないが、さすがに自分よりも10センチ大きいのは初めてだ。
「どうっすか。見上げる気分は」
菅原の視線に気づいた鶴岡はふと茶化してみる。
「…このやろ」
案の定、菅原は眉間にしわを寄せる。
「ポストプレーはでかけりゃいいってもんじゃねえぞ。押さえ込んでやるからな。デクの坊」
さらに菅原は挑発してきた。負けん気の強さを醸し出している。これを鶴岡はのらりくらりと受け流す。
「でも、高さはあるにこしたことないっすよ」
菅原の額に十字に血管が浮かんだ。
バドマン監督が施した策は、実に単純だった。栗栖の正確なロングフィード、あるいは小西、関原の両サイドバックが攻め上がってのアーリークロス、それを1トップの鶴岡に当て、そのこぼれ球を3シャドーの剣崎、竹内、西谷が拾ってゴールを狙うと言うもの。シンプルなため相手も対策が立てやすいが、磐田にとって計算違いだったのが、空中戦における鶴岡の技術の高さだった。元々の高さに加えてどれだけ相手DFに体を寄せられても体の軸がぶれない体幹の強さ、滞空時間の長さ、さらには有利なポジショニングをとる早さ、どれをとってもJ1クラスのDFと互角以上の実力を有していた。
「くっそ、このやろ」
「制空権はもらうぜ」
競り合い、歯ぎしりをする菅原に対して鶴岡は勝利宣言をしてみせる。そして競り勝った鶴岡の労を、3人のストライカーはきっちり応えたのであった。
「先制点は俺がぶちかましてやんぜっ!!」
そう吠えた剣崎が弾丸ミドルを叩き込んだのが後半11分。その8分後にはボールを受けた西谷が強引な突破で敵を引き付け、生まれたスペースに入ったどフリーの竹内に繋ぎ追加点。この2点の他にも再三決定機を作られ、磐田は完全に防戦一方となった。
だが後半が25分を経過した頃、守下監督も動く。
「やられっぱなしは開幕に響くし、なによりJ1クラブの恥だ。その泥を払い落としてくれ」
「はいっ」
「任せといて下さい」
そうハッパをかけ、日本代表であるエースFW前野と右サイドバックレギュラーの駒田を送り出した。
「きたな…」
ピッチ脇で待機している磐田のホットラインを見て、友成は緊張感を高めた。
「簡単にゴールを割らせる真似はしねえぞ」
ふと友成は関原を見る。関原は目を合わせるだけで、友成からの指示を感じ取り、頷いた。実はこの二人は馬が合っていて、これまでの練習試合でも守備で度々よい連携を見せていた。ルーキーながら既に左サイドバックのポジションを手中にしているのは、バドマン監督に友成との相性を買われた点もあった。
(駒田さん…。現役日本代表のあんたを抑えりゃ箔が付くってもんだ。俺の知名度アップに協力してもらうぜ)
再開後、早速関原は攻め上がってきた駒田と対峙する。
「あんた抑えて、株上げさせてもらうぜ」
「俺を出しにするってか?やってみな!」
二人は早速火花を散らす。片や日本代表、片や二部リーグの大卒ルーキー。まともな勝負になるのかという観客の懐疑をよそに、なかなかどうして、関原は見応えのある攻防を披露。アウェーに駆け付けた和歌山サポーターはもちろん、目の肥えた磐田サポーターからも喝采を受ける。
(ただのルーキーじゃないってわけか…)
通常のリーグ戦ならばフォローにきた味方に繋いで展開を図るが、シーズン中のディビジョンの違いや、この試合がプレシーズンマッチであることを踏まえ、駒田は思い切って単独突破を狙った。これに関原は慌てた。事前に、というより、これまで一サッカーファンとして見てきた駒田のイメージで対応していたため、普段見せないプレーに一瞬思考回路が止まった。そのわずかなスキに、駒田は関原を振り切ろうとした。
「ヤバッ!」
そう関原が思ったとき、すぐさま駒田の軸足に足払いをかけていた。不意をつかれた駒田は当然倒れ、レフェリーがホイッスルを鳴らしながら駆けてきた。
「くあー、もったいない…。関原、慌てましたかねえ」
ベンチの松本コーチは頭を抱える。対してバドマン監督は淡々と呟いた。
「経験の差だ。技術というより発想の引き出しの差が出たね。これはルーキー故の弊害だろう。経験にして、学習していくしかあるまいよ。さて、向こうの本気に合わせるとしようか」
そう言ってバドマン監督は、宮脇コーチにチョンを準備させるように指示した。
長くなりすぎたので、さらに次回に続きます。