攻撃的システム
前半は互いにちぐはぐさを見せて終了。ゴールレスで折り返すことになった。引き上げる選手の表情は様々だったが、どちらかと言えば磐田の選手たちの方が、首を傾げたり訝しんだ表情を浮かべていた。
特に、前半剣崎と竹内の2トップを抑えこんだ磐田のセンターバックコンビは戸惑いを見せていた。
「あの剣崎って、こんなもんだったのか?手応えはあったけど、もっとすげえって思ってたけどな。藤井、おまえどうよ」
「そりゃ菅原さんが意識しすぎたんじゃないですか?いくら得点王とMVPだと言っても、結局はJ2だったってことでしょ。まあ、俺も振り切られそうにはなったけど…」
「まあ、向こうの攻撃がちくはぐすぎたからな。…約束事を決めて攻めてきたら、どうなるんだろな」
「…その時は、いつも通りにプレーしましょ。J1のレベルを教えてやらないと」
「だな」
磐田のセンターバックが後半に向けて決意を固めたころ、和歌山のロッカールームでは、バドマン監督が前半を総括していた。
「前半は特に攻撃の約束事を決めていなかったが、個々に面白そうなアイディアを見せてくれた。ちぐはぐになってしまったのは致し方ないが、その中でよく守備を破綻させなかった。これは非常に評価したいね。さて」
講評を終えると、バドマン監督はペンを片手にホワイトボードにマグネットを付けながら作戦を説明した。
「後半からは選手を入れ替える。結木は残念ながらここまでだ。代わって入る鶴岡には1トップの位置に入ってもらおう」
交代を告げられた結木は肩を落とし、鶴岡はその肩を叩いて慰めた。
「お前の分までがんばってやるさ」
「っす。たのんます」
「そしてもう一人。久岡アウトで西谷イン。剣崎、西谷、竹内の3人には鶴岡のすぐ背後で3シャドーを形成してもらおう」
「うえっ?俺もうお役ごめんかよ」
バドマンの指示に久岡は露骨に不満げな表情を浮かべた。そんな久岡にバドマンは笑顔を見せる。
「そうしょげないでくれたまえ。君のアイデンティティーは十二分に理解した。今後も試合では頼むよ」
「はぁ…。ま、シーズン始まったときにスタメンであればいいか。はい」
そうぼやいて久岡は渋々納得した。
「3シャドーのポジションについては、西谷が左サイト、剣崎が中央、竹内が右サイドだ。合わせて栗栖は猪口とダブルボランチを組みたまえ。最終ラインは高い位置をキープ。インターセプトで奪ったり、こぼれ球を拾ったりしたらすぐに前線へ繋ぐんだ」
バドマン監督の指示に、ふと竹内が率直に感じた疑問をぶつけた。
「あの、監督。僕とか敦志をサイドでは使わないって言ってませんでした?」
対しバドマン監督は、悪びれる様子もなく、笑みを浮かべて答えた。
「うむ。確かに私はFWとしてしか君達を使わないとあちこちに言い触らしている。だが、1トップの後ろに4人もいたら狭いだろう。君達の破壊力を活かすならば、1.5列目のスペースをフルに使ってもらった方がいいだろうと、考えを温めていたのさ。前後どちらからもチャンスボールがくるのだ。一度、試させてもらえないだろうか」
「面白そうじゃねか」
バドマン監督の策に乗り気だったのは、FWの3人ではなくキーパーの友成だった。
「いいんじゃねえの?お前ら3人ボールヘの反応早いし、嫌だと思うぜ。ただでさえ鶴さんがでかくて空中戦で主導権とられて、この上でお前らが攻めくるんだぜ」
珍しく饒舌に語る友成の様子に、西谷が面食らっていた。
「お前がそこまで褒めるとはねえ…」
「誰がキーパーでも嫌だと思うぜ。俊也はもちろんお前も技術もあるし、その単純バカも一応得点王だしな」
「バカで悪かったな」
評価しながらもいつも通りの悪態に、剣崎も当たり前のように反応した。ただ、剣崎もまたバドマン監督の策に興味を見せていた。というか、早く試合がしたいという感じだ。友成と同じように鶴岡もこの作戦が面白いと思っていた。
「まあ、お前らには監督の思い通りに点とってくれよ。俺は黒子に徹してやるからさ」
「随分と大きい黒子ですよね」と、竹内は苦笑した。
攻撃陣にハッパをかけた一方、バドマン監督は守備陣、特にセンターバックの大森と園川に厳しい表情を向けた。
「この布陣は、攻撃をよりシンプルにした一方で、君達ディフェンスの選手たちには高い位置での守備と攻撃の起点という難しい仕事を強いることになる。ただし、この2つをこなしてもらわなければ困る。可能だと考えるから君達を使っているのだ。期待しているよ」
「ウスッ」
「は、はいっ」
園川は力強く頷き、大森は顔を強張らせて返事した。最後にバドマンが選手たちに言った。
「この作戦は相手チームを叩きつぶすことに主観をおいた攻撃的なシステムだ。私の予想では、磐田“程度”ならば3点は取れる。それくらいのポテンシャルは我々は持っている。今日に限らず、私は諸君に無茶な指示を出すことは今後もありうる。だがポテンシャルを逸脱した無謀な指示は絶対にしない。私が出す作戦は可能な作戦であることを覚えてもらいたい。さあ、この緑豊かな磐田のピッチを火の海にしたまえ」
「うーし、前半は何にもできなかったからな。バッチリ点取ってくるぜっ」
剣崎は肩肘を張りながら拳を掌に打ち合わせて笑みを浮かべた。
「確かにね。俺達の残した数字がフロックじゃないことを、しっかり見せつけておかないとね」
竹内もまた自信満々の表情を浮かべる。対して西谷は獲物に襲い掛かる猛禽のような目つきをしていた。
(ここんとこ矢神や俊也に遅れとってたからな…。絶対に結果残してやるっ!)
かくして心に火を付けたストライカーたちが、後半のピッチに放たれた。