決意を込めて
試合は開始から和歌山のペースで進む。目標を果たした、あるいは失ったことによるモチベーションもあるが、プレーに対する責任感、自信が明らかな差があった。常にボールを保持して細かくパスをつなぎ、時にドリブルも織り交ぜながら、確実にシュートシーンに持ち込む。先制点もそんな攻撃が成り立っているからこそのものだった。
「やろっ!」
「遅いっすよ」
襲い掛かってくるサイドバックを軽くいなして、栗栖はゴール前にクロスを上げ、剣崎が相手ディフェンダーと競り合いながらこれを叩き落とす。落下点に走り込んだ竹内は、そのまま押し込むと見せかけながら一旦後ろに下げる。
「はいがら空き〜」
駆け付けた内村が、嘲笑を浮かべながら鋭いミドルシュートを突き刺した。
「すごい…。完璧じゃないの?今の攻撃」
記者席の浜田は唖然としていた。番記者になってから数えるほどしか見なかった淀みのない攻撃。それがこの試合で二年分は見ている。そんな気がした。
「とんでもないチームになったな。アガーラ和歌山は」
隣でオフィシャルライターの玉川が呟く。それに浜田は頷いた。
「J1とJ2の差が年々縮まってると言われている今、ひょっとしたら…という気になりますね」
「…ああ。今年は勝ってばかりだが、元々彼らは逆境に強い。今から楽しみだな。…面子が今のままならって条件がつくがな」
「大森っ!9番抑えろ。ボランチはパサーに張り付け。サイドも集中しろよっ!」
守備においても、和歌山イレブンの安定感は光っていた。
友成はこの試合、ほとんどボールに触っていない。事前にコーチングするまでもなく、味方の守備陣の出足は速く、なかなか鹿児島サイドにチャンスを作らせなかった。ボール保持者へ激しくプレスをかけ、パスコースを遮断。1トップの城島は孤立し、鹿児島のゴールの臭いは皆無だった。
「うーむ…正直手も足もでんのう」
鹿児島の大久保監督は、背中を丸めながら苦虫をかみつぶしていた。策を打とうにも、ベンチには一芸しか持っていない選手ばかりで、スタメンの総合力を補うことも、劣勢を打開することもできない。それだけ和歌山に隙がないのだ。
「鴨池でやったときも厄介じゃったが…。また一段と化けよったわい。冥土に持って行くにゃ豪華すぎるわいの」
すでに退任が決まっているJ最年長監督は呆れ笑いを見せた。
「さってっとぅ。真綿でじっくりといたぶって、プスッと刺そうかい」
ボールを持った内村は、独特のリズムでボールをキープしながら、前線との呼吸を合わせた。そして、相手が焦れた集中が切れた一瞬、虚をついたロングパスを右サイドを走る佐久間に送った。受けた佐久間は、対峙するディフェンダーをかわしセンタリングを打つ。
「うおっしゃあっ!!」
待ち構えていた剣崎は、激しいマークを受けながら、滞空時間の長いジャンプからの強烈なヘディングを叩き込んだ。
「よっしゃあぁ。これで並んだあっ」
剣崎は、いつも以上に力のこもったガッツポーズを作る。J2の通算ゴール数に、ついに並んだ。一シーズンで40もゴールを決めた。完全にゾーンに入っていた。
「もうJ2にゃ戻るつもりねえかんな。今日のうちに抜いてやらぁ」
ハーフタイムを挟み、後半に入っても流れはまったく変わらない。2点のリードを奪いながら守備陣の集中力弛緩せず、攻撃陣はより鋭さを増して攻めた。それが竹内のゴールに繋がった。
そして指揮官は一人の選手を送り出した。
「さて、点差は十分に開いた。選手生活最後のピッチを、心行くまで楽しみたまえ」
「ありがとうございます。監督」
交代のため、第4審判とともにピッチサイドにその選手が立ったとき、スタジアムが歓声に包まれた。交代が認められ、スタジアムDJが選手名をアナウンスすると、それが一層大きくなった。
「アガーラ和歌山、選手の交代をお知らせします。背番号3、ミッドフィルダー内村宏一に代わりっ、背番号13っ、ディフェンダー、村主っ文博が入りますっ!!」
スタジアム全体からの村主コールの中、内村が手を叩きながらやってきた。
「ご苦労様でした。目ぇ潤んだまんまでもプレーできますぜ」
「ハハ。いや、泣かないかと思ってたけど…なんかな」
顔を伏せたままハイタッチをかわし、ピッチに駆け出した村主の背中をポンポンと叩いて送り出した。
今の和歌山サポーターの関心事は、村主の最後の姿を目に焼き付けることと、剣崎のリーグ新記録樹立である。
無論、それは本人も思うところである。剣崎はボールを持てば貪欲にシュートを打っていく。しかし、クロスバーやポスト、相手ディフェンダーの背中を叩くばかりでなかなかこじ開けることができないでいた。
次第にあきらめムードが漂う中で、サポーターが望む絵に描いたような展開が生まれた。関原とのパス交換のあと、ドリブルで仕掛けた村主が、剣崎に向かってセンタリング。これがまた絶好球だった。
「グリさんのはなむけ、確かに受けとったぜっ」
ディフェンダーのマークを振り切り、頭から飛び込んだ剣崎は、ボールとともにゴールマウスに飛び込んだ。
「まずは、今シーズン、皆様の熱く暖かい声援のおかげで、J1昇格とJ2優勝。これらを達成できたこと、まずは御礼申し上げますっ!」
4−0の完勝で有終の美を飾ったあと、メインスタンド前に選手全員が整列し、バドマン監督はあいさつで感謝の意を示した。
「このクラブに就任したおり、私はGMの今石さんから『優勝してJ1に上げてくれ』と言われました。未知の世界に挑む上で実に無茶な要求でしたが、集まった選手たちの実力を肌で感じながら、それが決して不可能でない。そう思いながらシーズンに臨みました。そして選手たちは自分の実力を遺憾なく発揮し、みるみるうちに勝ち点を重ね、栄光をつかみ取りました。この選手たちを指揮することができたのは、我が人生最大の誉れであります」
選手に向かって手を広げながら、バドマン監督の演説は続く。
「そして、数多の強豪クラブと戦い続ける我々に、サポーターの皆様からも、多くの力を頂きました。ゴール裏からは熱い激励、メインスタンドやバックスタンドからは暖かい眼差しを、晴れの日は勿論、雨の日もっ、風の日もっ、雪の日も…雪はありませんでしたね」
瞬間、スタジアム全体が吹き出した。熱弁の中にぽつりとジョークを交えるバドマン節はこの日も健在だった。無論、背筋を伸ばして聴き入っていた選手たちも、多くが腹を抱えながら声を上げて笑った。
「さすが監督だぜ。今のツボだわ」
「…こんな時でもやんのかよ…クククっ、やられたな」
「あの話術は敵なしって感じだな」
笑いが落ち着いてから、指揮官はドヤ顔のまま続きを始めた。
「来シーズン、我々は日本のトップカテゴリーに舞台を移します。楽な戦いではありません。むしろ、今シーズンをひっくり返すような、無残な戦いばかりかも知れません。一つ言えることは、勝って笑う回数は格段に減ると断言します。しかし、選手たちはその試練を乗り越えようと、研鑽を積み、高めたポテンシャルを発揮せんと、全力で戦います。そこに、皆様の熱く暖かい応援が、今一度必要です。どうか皆様、来シーズンも変わらぬ、いやより一層のエネルギーを私たちに分けて頂きたい。それに対して全力で挑み、全力で戦い、全力で勝ち点を勝ち取ることを我々の決意とし、お礼とお願いのあいさつといたします。一年間、本当にありがとうございましたっ!!」
指揮官が深々と頭を下げるのに合わせて、選手たちも頭を下げた。
こうしてアガーラ和歌山の2013年は、幕を閉じたのである。
今回だいぶ長くなりました。
シーズンは終わりましたが、もう少し続きます。




