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最終試験

 Jリーグ昇格を果たしてから6年、新興の貧乏クラブでしかなかったアガーラ和歌山は、念願のJ1昇格を果たした。その勢いのままに、次の徳島戦で一気にJ2優勝も手中に納めた。その後、無敗記録はアウェー最終戦の水戸戦で敗れてストップしたものの、クラブ史上最高のシーズンを締め括らんと、シーズンラストゲームの鹿児島戦に向けて選手たちは調整に余念がなかった。この日は退団の決まっている選手や、リーグ優勝を祝うセレモニーも行われるため、是が非でも勝利したいという気概が、誰からも感じられた。

 一方で、それに水を差す話題もちらついている。来シーズンに向けた選手の編成である。





「…しかしまさかだったな。横浜からの連絡は」

 ある日の編成会議。今石GMがため息混じりにぼやいた。編成部の社員も同調する。

「あれはホントに参りましたよね。完全移籍の交渉をしようとした矢先、『佐久間を返してくれ』ですからね」

「まあ、右サイドは今シーズン固定できてないしな。見てる人間は見てる訳だ」

「加えて小西も磐田への移籍話、相当乗り気でしたからね。また右サイドの人選に苦労しますね」

 移籍担当の川辺スカウトも、景気の悪い話をぼやく。

「一応、降格が決まってる大分や磐田、他に監督が変わるクラブあたりに漏れそうな選手の目星づけをしてますが…何しろ」

「予算の問題か?」

 今石は予想される障害を呟くが、川辺は首を横に振る。

「いえ、うちの選手たちと馴染めるかどうかです。何か一つ抜きん出て、かつうちのテンションに乗れるかってのが一番大きいです。こう言っちゃなんですが、うちは非常識の集まりですから」

 戸惑いながらも真顔でそれを言い切り、会議室は笑いに包まれる。来シーズンの命運がかかる場で不謹慎ではあるが、何より今石が一番笑っている。ある程度笑ったところで本題に戻った。

「まあ、なんとかするしかねえ。とんでもないサプライズは用意している。それ以外のとこを二、三埋めていくぞ」





 会議が一段落して各々が部屋を出た後、今石は川辺をそばに呼び付けた。最後に言った「サプライズ」について、その進捗を聞くためだ。

「で?どうなんだ。向こうさんの要求は」

「それが…」

 川辺が耳打ちした内容に、今石は自分の瞳孔が限界一杯まで開いているのを自覚し、一度生唾を飲み込んでから言葉を出した。

「『背番号10でA契約ならなんでもいい』だと!?」

「しかも、その金額は3桁でもいいと」

「…お前、ホントにあいつと接触したのか?詐欺じゃねえだろうなあ」

「直接本人と面談して、その口から聞きました。『一度剣崎を飼ってみたいからだ』そうで…」

「『飼ってみたい』…か。まあ、生まれながらの王様の言葉だな。しかし、脈ありどころかほぼ合意だな。うちにゃかなりのプラスだ」

「でも、サッカーは一人抜きん出ていたところで変わりはしません。ましてや、奴はかなり旧式のファンタジスタなところが…」

「なるようになる。とりあえず、引き続き慎重に進めろ。ばらすのはシーズン終わってからだ」

「わかりました」






 そして迎えた11月24日。クリスマスイブの一ヶ月前に、今シーズンのJ2リーグ最終戦が行われた。

 J1昇格とJ2優勝。両手に花を得たクラブは、この試合終了後にそれらを祝うセレモニーが行われる。ただ、悲しいかな、ニュース性を失ったスタジアムの観衆は、昇格を決めた試合と比べるとそのときの八割弱と芳しくなかった。

 しかし、ピッチに立つ選手たち、とりわけバドマン監督の気の入れようは相当だった。試合前のロッカールームはバドマン監督就任後で一番ピリピリしていた。

「はっきりと言っておこう。今日この試合で勝ち点3を奪えないようであれば、我々が再来年戦う舞台はJ2である。と、断言しておこう。有力選手の海外流出で空洞化を指摘されて久しいが、決してJリーグのレベルは低くない。ブンデスやセリエAでレギュラーを張れる選手がいること、さらにはプレミアリーグにも選手を排出していることからも、Jリーグを巣立つ選手のレベルが高いことは明らか。この試合は日本のトップカテゴリーに挑む上での卒業試験であるっ」

 いつものような笑みもジョークもない。この試合への意気込みがヒシヒシと伝わってくる。

「これから君達がJ1で戦う。その覚悟を見せてもらいたい。なければ今すぐにでも0円の契約書を渡そう。…期待しているよ」

 その意気込みは、選手たちにも伝わっていた。選手入場の際の和歌山イレブンの表情は、誰もが険しくも凛々しかった。


 試合前の記念撮影。剣崎は肩を組む竹内と友成に呟いた。

「俊也、友成。この試合、どんなことしても勝つぞ」

 二人は目を見開く。事あるごとに「自分のゴールで勝つ」と言ってきた剣崎から、勝利にこだわる言葉が出てきた。

「まさかお前がそんなことを言うとはな…」

「ああ?悪いかよ」

 友成のつぶやきに剣崎は眉をしかめる。友成は憮然とした表情で睨みながら言った。

「…悪いね。てめえは変わらずゴールにこだわれ。じゃなきゃ俺が完封にこだわる意味がねえ」

 竹内が続く。

「勝ちにこだわるのは結構だけど、『友成が完封して剣崎が点を取る』。このスタイルは貫こうぜ。気合いはそのままにな」

「お前ら…。ぅしっ!!」





スタメン


GK20友成哲也

DF10小西直樹

DF5大森優作

DF6川久保隆平

DF14関原慶治

MF3内村宏一

MF2猪口太一

MF11佐久間翔

MF8栗栖将人

FW16竹内俊也

FW9剣崎龍一




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