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バドマン監督の意図

 2013年を迎えて一ヶ月超。未だに県内で調整を続けるアガーラ和歌山。その取材陣は連日頭を悩ませていた。

「いったいバドマン監督ってどんなサッカーするんだ?まるで見えてこねえよ」

「一日の練習試合で前後半ごとにまるっきりオーダー代わったりするからなあ」

「うちもうすぐ新チームのフォーメーション予想たてる企画あんだけど…絞れないときついんだよなあ…」

 灰皿が設置された喫煙所では、記者たちがぼやきながらタバコをふかしていた。


 この輪には加わっていないが、専門紙Jペーパーの和歌山番である浜田も、連日予想オーダーの絞り込みに腐心していた。しかし、他の記者よりはある程度メドは付けていた。その中でバドマン監督の意図を自分なりに汲み取っていた。

「バドマン監督が試そうとしている布陣は2つ。ひとつは去年までの、いえ、クラブの伝統でもある4−4−2。もうひとつはこれまでのチームになかった3−4−2−1。最初は日替わりランチみたいにいろんな布陣を試してたけど、ここ最近、2月以降の練習試合ではこの2つが基本になってきた。シーズンもおんなじようにいくでしょうね」

 ただ問題はサイドの人選である。昨シーズンのサイドハーフは、西谷が左、竹内が右を担っていたが、以前の会見で監督自身が明言したようにここまで一度としてサイドでプレーしていない。左サイドは関原や栗栖である程度固まったように感じていたが、右サイドは本格的にコンバートされた小西が一歩リードしたようだがまだまだ決まった様子はない。

 さらに気になるのは剣崎の起用方である。バドマン監督は「彼はエースだよ」と常々口にはしているものの、実際のところ時々剣崎を使わない場合がある。特に1トップの布陣になった場合は、1トップ鶴岡、その後ろの2シャドーに西谷、竹内が選ばれるばかりで、剣崎は2トップの一角でしか使われていない。

「このあたり…、剣崎選手はどう思ってるのかしらね」

 浜田は剣崎本人に聞いて見ることにした。


「そりゃ気に食わないっすよ。やっぱ出なきゃアピールできないし」

 開口一番、堂々の監督批判である。あまりにもはっきり口にしたので、浜田は苦笑する。

(ホント正直よね…。まあ魅力的だけど、ちょっとねえ)

 ただ剣崎はこうも続けた。

「まあでも2トップで出たときは、より集中するようにはなったっすね。やっぱ出る機会も限られてるし。あとはシャドーのコツをコーチに聞いたりしてますね。試合出たいし」

「試合に対しての取り組む姿勢が変わった、ということですか?」

「うーん…まあ、試合前に何か考えるようにはなったっすね。でもまあ、点をとりゃなんとかなるでしょ」

(その辺はずいぶんあっさりしてるのね)



「点を取ればなんとかなる。確かにその通りだ。ただ、その理屈が当てはまるのは彼だけだね」

 バドマン監督に取材した時に、浜田は剣崎の様子を伝えると、監督は笑みを浮かべながら答えた。

「彼がエースであることに変わりはない。同時に守護神も友成だ。このクラブの軸はやはりこのモンスター二人だからね。ただ、シーズンをたった11人で乗り切ることはテレビゲームであっても不可能だ。剣崎を使わないのはそういう状況を想定しているのもあるからね」

「なるほど…。確かにケガや出場停止はつきものですからね」

「あとは彼の探究心を煽る意味もある。1トップや2シャドーは、求められる役割が違う。別にできる必要はないが、彼が一皮向けるにはそのような汎用性を身につけることも必要だ。彼がプレーするクラブはこの和歌山だけかもしれないが、彼が仕える監督は私だけとは限らないからね」

「…ちなみに、剣崎選手が1トップやシャドーをこなせるFWになったとしたら、どれくらいすごくなるんですか」

「そうだねえ。…リオの金メダルも夢ではなくなるでしょうねえ」

 笑みを浮かべながらも、バドマン監督の目は本気だ。浜田もまた、その夢にワクワクとした。ただ、バドマン監督は最後に笑いにくいジョークをかました。

「まあ、そういう訳で記者の諸君には、もう少し開幕前のフォーメーション予想に悩んでもらうとしましょう。何せ私は記者を引っかきまわすのが大好きですからねえ。ハッハッハ」

 満面の笑みで手をふるバドマン監督の背中を見て、浜田はひきつった笑いを浮かべた。

「…つくづくついていけないわね、あの人」





 そして2月も折り返し、各地でプレシーズンマッチが開催されるようになった。リーグ戦開幕までカウントダウンが入るようになったこの時期に、アガーラ和歌山はJ1ジュエル磐田との試合に臨んだ。

「さて諸君。今日の試合は我々にとって、優勝しての昇格が無謀か可能かを示す試金石となる。結果いかんでは今年の命運すら決まりかねないだろう」

 会場である磐田スタジアムのロッカールームで、バドマン監督は選手にゲキを飛ばしていた。

「今や中位をさまよう古豪という地位に甘んじているが、選手個々の質はいまさら語るまでもない。だからこそ、腕試しには打ってつけだ。…実際に使うのは脚だがね」

 時折出るジョークに選手たちもずいぶん慣れた。今では緊張をほぐすいいアクセントになっている。そしてジョークのあとは、バドマン監督は大概顔つきを変える。

「積み上げた歴史は及ばないが、今の力量であれば十分互角、あるいは上回って戦うことも可能だ。…勝ちにいこう。いいね!」

 選手たちは一同に「おうっ!」と気合いのこもった返事をした。


スタメン

GK20友成哲也

DF14関原慶治

DF5大森優作

DF15園川良太

DF10小西直樹

MF8栗栖将人

MF2猪口太一

MF27久岡孝介

MF38結木千裕

FW9剣崎龍一

FW16竹内俊也


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