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夢見堂見聞録

作者: 音

……とある下町に、『夢見堂』という店がある。

煉瓦造りのこじんまりとした、神秘的な雰囲気を持つ店である。

その店には、年若い主人がいる。

黒髪の22、3歳と思しき青年である。

チョコレートのような扉を開けると、その青年がこう言うのだ。

「いらっしゃいませ、夢見堂へようこそ。私は主人の翠葉と申します。貴方は此処でどのような夢をお求めになられますか――?」



少女は焦っていた。初恋の人に恋人がいると知り、自分には望みがないことが分かったからである。

何とか2人が別れないかと考えていたその時、クラスメイトからある話を聞いた。

『夢見堂』という、夢を叶えてくれるという不思議な店の話を。

少女は半信半疑だったが、モノは試しとある日の放課後、その店に行ってみた。

瓦屋根の建物が多い下町で、煉瓦造りのその店は一際目立っていた。

チョコレートのような扉を開けると、カラン、と鈴が鳴った。

その音に気付いたのか、中にいた男性が振り向き、言った。

「いらっしゃいませ、夢見堂へようこそ。私は主人の翠葉と申します。貴方は此処でどのような夢をお求めになられますか――?」

と――。


約1年と6ヶ月振りにやって来たお客様は、近くの女子高の制服を身に纏った少女だった。

「いらっしゃいませ、夢見堂へようこそ。私は主人の翠葉と申します。貴方は此処でどのような夢をお求めになられますか――?」

翠葉がそう言うと、少女は翠葉を睨むように見つめて尋ねてきた。

「……わたしの夢を、叶えてくれる?」

「ええ、勿論ですとも」

まだ疑いがあるのか何なのか、翠葉の言葉を聞いても、少女は動こうとしなかった。

「外は寒かったでしょう、此方へどうぞ。温かい紅茶を淹れましょうか。それともココアがよろしいですか?」

「……ミルクティーをお願いできますか」

迷うように少女は言うと、翠葉のいるテーブルに近付いてきた。

ティーカップを置くと、少女が椅子に座りながら

物珍しそうにきょろきょろと店内を見回している。

店内には翠葉が集めたティーカップの数々が、ガラス棚に並べて置いてある。

翠葉は少女の向かいの席に座ると、用件を済まそうと口を開いた。

「それでは、お話を聞かせてもらっても?」

少女は頷くと、迷い迷い、たどたどしく言葉を紡いでいく。

「……わたし、この近くの星月学園女子高校に通っています。通学は電車を使っているんですけど、その最寄り駅で毎日見かける男性を好きになってしまったんです。……ありがちだと思われているでしょうけれど、わたしは本気でした。恥ずかしながら、これがわたしの初恋でしたから。初めは見ているだけで幸せでした。ですが、見る回数を重ねる内に、わたしの心にある欲望か生まれました。あの人と喋りたい、という欲望でした。そんなある日、わたし、みてしまったんです。彼が、いつものあの駅で女性といるところを。……彼も男性ですし、わたしと同じ年頃ですから、恋人くらいいても不思議ではありません。ですが、わたしにとっては酷いショックでした」

そこで話を区切ると、少女は翠葉を見た。

翠葉は「それで?」と話を促す。

「それで、貴方の叶えたい夢はなんなんですか?」

少女は翠葉を見つめたまま、その願いを口にした。


「彼の恋人を殺して。そして彼がわたしを見るように仕向けて」


少女の瞳の中に、どす黒い欲望が渦巻いているのを翠葉は見た。

醜い、と思った。

いつの時代も、恋愛に関しては誰でも醜くなる。

「殺すのは簡単です」

少女の顔が喜びに輝く。

それを眺め、翠葉は更に言葉を続けた。

「ですが、彼が貴方の事を好きになるように仕向けるのは無理です」

喜びの表情から一転、少女の顔が醜く歪む。

「……どうしてですか」

「当夢見堂では、夢は一回に一つしか叶えられないという決まりですので」

少女ががりっ、と親指の爪を噛む。暫く思案した後、「……そう」と呟いた。

「……殺すのは簡単なんでしょう?じゃあ殺して。その後は自分でなんとかするから」

「承りました」

翠葉はにっこりと笑った。

少女が立ち上がりながら、学生鞄から財布を取り出した。

「……お代は」

翠葉は少女の手を止めさせながら、自分も立ち上がった。

「初回のお客様はお代は結構ですよ」

「……ありがとうございます」

扉へ向かう少女の後に続き、翠葉は扉を開けてやりながら浅く礼をとり言った。

「またのお越しをお待ちしております――」



夢見堂へ行った2日後、少女は駅の彼の恋人が亡くなったという話を聞いた。

――夢見堂がやったんだわ。

少女は嬉しくなった。

彼の恋人は通り魔にやられたらしい。

いい気味、と少女は笑った。

ひとしきり笑って、少女は行動に移した。彼と、仲良くなるため。

彼の家、彼の学校、血液型、身長、体重……彼の全てを調べ尽くした。

そうして、彼の恋人が亡くなってからひと月後、少女は駅のベンチに座る彼に話しかけた。

「こんにちは!」

彼の驚いた顔を眺めながら、にこにこ笑って続ける。

「先月は彼女さんが亡くなって残念でしたねぇ?でも大丈夫です!これからはわたしがいますから!わたし、貴方の事が好きなんです!貴方の事、ずっと見てきたのに貴方全然気付いてくれなくて、わたし、寂しかったんですよぉ?」

その時、少女は彼が嫌悪の表情をしている事に気付いた。何故そんな表情をしているのか分からなくて、首を傾げた。

「……何でそんな表情をしてるんです?嬉しくないんです――ッ!!?」

「お前か!?」

どんっ、と押された感触と共に、彼の怒号が耳に届く。

彼に初めて話しかけられたことに嬉しくなったが、それが怒号だったことに悲しみを感じた。

彼はそんな少女には構わず、言葉を続けた。

「お前、お前だろ!!美沙が死んでからずっと俺をストーカーしてたのは!!朝昼晩、毎日毎日写真撮ったり後尾けたり!!気持ち悪いんだよ!!」

「……なぁんだ、バレてたんですね」

「……は?」

少女はすうっと表情を消すと、彼を見据えた。

「貴方がわたしを見てくれないのが悪いんですよぉ?あの美沙だとかいう馬鹿女にばっかり構って。わたしの方が、こんなにも貴方を愛してるっていうのに!!」

「……はッ、んだよ、キモいんだよ!!」

2人の様子に、周りがざわつきはじめる。

遠巻きにちらちらと2人を見て、「やばくないか」と言っているのが聞こえる。

「キモイってなんですかぁ!?わたしは、わたしは貴方に好きになってもらうためにやっただけですよぉ!?なのに、何でそんなことを言うんですかぁ!?わたしが好きになった人はそんなこと、言う人じゃないです!!だから、だからぁ……」

少女は学生鞄から果物ナイフを取り出した。

周りからきゃあっという叫び声が聞こえる。

彼も、顔をひきつらせて一歩後ろへ下がった。

虚ろな目をした少女は、彼にナイフを突き付けて、ぼそりと呟いた。


「だから、死んでください」




「……全く、女の愛というものは怖いですねぇ」

翠葉はお気に入りのカップで紅茶を飲みながら呟いた。

「私は彼女の行方は知りません。私にとって彼女はどうでも良い存在でしたし。知ったところでどうこうするつもりはありませんし」

紅茶を口に含み、くすりと笑う。

「……まぁ、夢を叶えさせた代償はしかと頂きましたけどね。――え、どうやって夢を叶えたか?それは企業秘密というものですよ」

ゆっくりと椅子から立ち上がって、新しく手に入ったカップを手に取る。白磁に濃い赤で精緻な模様が入った、禍々しくも美しいカップである。

翠葉がそれをうっとりと撫でていると、カラン、とドアの鈴が鳴った。

「おや、お客様のようですねぇ」

カップをガラス棚に直すと、ドアに近づく。

浅く礼をとり、微笑みながらいつもの文句を言う。

「いらっしゃいませ、夢見堂へようこそ。私は主人の翠葉と申します。貴方は此処でどのような夢をお求めになられますか――?」





初めまして、作者のナナオと申します。

この度は【夢見堂見聞録】を読んで頂きありがとうございました。

まだまだ拙いところはありますが、これからも人から面白いと思っていただけるようなお話を書いていきたいと思います。

感想などありましたら是非お書きください。


ご拝読有難うございました。


これからも是非よろしくお願いします。


それでは、作者のナナオでした。


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