表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王と王妃  作者: くま
2章
8/19

夜会

 ―――――くだらない。


 レティシアは、もう何度目になるか分からないため息を父親にばれないようこっそりとついた。

 馬車の中、向かいに座った父親は、そんな自分の様子に気づくことなく、どこか上機嫌である。

 それは今日に限ったことではなく、この国の王太子がようやく妃選びの夜会を開くと通達を各貴族に出したときからであるが。

 王太子のための夜会が開かれる、と分かった瞬間から父親はそれまでの無関心をどこに置き忘れてきたのかと尋ねたいほどに、レティシアのためにドレスから宝石などの小物に至るまでせっせと用意し始めた。

 すべては娘を王太子妃の地位へと就けるために。

 誰よりも夜会で美しく目立ち、花開くように。

 選ばれたドレスの色は王家の色でもある――――――赤。

 確かに淡い色使いのドレスが可愛らしいと若い女性の間では流行っている中、この色を着ていけば誰よりも目立てるに違いない。

 悪い意味で。

 最早逆らう気も恥じらう気力もないレティシアは、当日、淡々と毒々しいまでに赤いドレスを身に纏い、父親とともに馬車に乗り込んだ。

 弟だけがしきりに「王太子に気を付けて」と言い募り、最後の最後まで夜会の参加をやめるよう説得してきた。

 それは、王太子であるシルヴァンに二人の入れ替わりがばれたからに他ならない。

 2週間前、真っ青な顔で公爵家に帰宅したレティスの顔を見ただけで、レティシアには何が起こったか分かった。

 来るべきときが来たのだと。

 そして同時に彼が騙されていたことが分かってひどく怒っているだろうと思い、ため息をついた。

 恐らくはこの夜会にレティシアが出席することは名簿を確認すればすぐに分かるし、出席することを知れば接触してくるに違いないとレティスに言われるまでもなく、レティシアにも分かっていた。

 できることならばレティシアとて出席などしたくはないが、欠席を父親が許すはずがない。

 うまくいけばこの国で唯一の後継者である王太子の妃に娘がなれるかもしれない絶好の機会なのだ。

 これを逃す親がどこに居るだろうか。

 レティシアからしてみれば、本当に馬鹿げた望みでしかないが。

「………」

 ちらりと視線を馬車の窓へと向ければ、そこには黒髪を結い上げた白い顔が映っていた。

 結い上げられた髪にも薔薇を模した髪飾りが揺れている。

 太陽のよう、と言われた金糸を誇るあの姫君とは似ても似つかない姿。

 ―――――――初めから自分が選ばれる可能性など存在しない。

 そのことは、誰よりも分かっていた。



 父とともに馬車を降りて、夜会が開かれる広間へと足を進め、入り口で従者が受付を済ませる。

 レティシアたちはかなり遅めに公爵家を出たため、最後に近いようだった。

 ほとんどの候補の女性たちはすでに受付を済ませ、中に入っているらしい。

 それでも慌てることなく鷹揚な態度で広間へと足を進める父親の後ろに従っていたが、途中父親が懇意にしている貴族の男性から話しかけられ、待つ。

 すぐに終わると思われた雑談は思いのほか長引き、レティシアに気づいた父がようやく先に入るよう促す。

 レティシアは、二人に頭を下げて一人で広間へと続く階段をゆっくりと上がり始めた。

 雑談の声が遠くなっていくのを感じながら、レティシアは緩みそうになる唇をどうにかして引き締めた。

 またとない好機だった。

 父親が欠席を許すはずがないと分かっていたから、参加することに納得はしていたが、素直に参加するつもりは毛頭なかった。

 適当なところで父親の目を盗んで、夜会から抜け出すつもりだったのだ。

 まさか早々にこんな機会が訪れるとは思わなかった。

 走りたいのを堪えて広間の階段を上がり切ると、目の前には大きな扉があり、その脇には侍従や騎士が控えていた。

 彼らはレティシアの姿を見ると、恭しく扉を開けようとしたが、それを制す。


「忘れ物をしてしまって……」


 人目に付かないよう馬車に戻りたいと困ったように言えば、すぐに上がってきた階段ではなく脇にある小さな階段を教えてくれる。

 同時に親切にも侍従が一人付き添いを申し出たが、すぐ外に従者を待たせているとレティシアは丁重に断った。

 そうしてうまく薄暗い階段を下りると、そこは広間の下に広がる庭園だった。

 目を眇めれば庭園の向こうには、先ほど馬車を降りた場所が見える。

 この庭園を少し歩けば、あの広間の1階出入り口に戻れるが、戻る気など更々なかった。

 月明かりと広間から漏れる明かりを頼りに庭園を逆方向に付き進めば、王宮の中でも使われていない宮がある。

 王族が多い時代は、王子や王女の住まいとして使われていた宮である。

 定期的に掃除の手は入っているが、それ以外は施錠されて閉ざされた宮であることから、『無明宮』と呼ばれていた。

 しかし今回は夜会が開かれる広間から近いこともあり、貴族たちの宿泊施設として開放されている。

 先ほどと同じように忘れ物をしたと宮の入り口に居た侍従に告げれば、あっさりと入ることができた。

 宮に入ると、使われていないであろう部屋を探し、入った。

 ぱたりと扉を閉めると、自然とため息が漏れた。


「冗談じゃない」


 父親の思惑や身分から言えば、まず間違いなく王太子に挨拶しなければならない。

 さすがにレティシアでも騙していた相手に真っ向から顔を合わせる図太さは持っていなかった。

 何よりも父親の前でシルヴァンに入れ替わりをばらされれば、何かと都合が悪いし、貴族の間で広まれば自分はともかく、弟の未来まで閉ざされる。

 どうにかして顔を合わせないようにしなければ、と気を張っていたレティシアはようやく肩の力を抜いた。

 とりあえずはある程度ここで時間を潰し、終わりが近づいたころに馬車で一人で帰るつもりだった。

 父親は怒り狂うだろうが、体調が悪くなったとでも適当に言い訳すればいい。

 ゆっくりと室内にあるソファに腰掛けて休もうと扉から数歩離れたところで、扉が外側へと開く音にぎょっと立ち止まって振り返った。

「………っ」

 漏れそうになった声をのみ込み、すぐさま扇で顔を隠す。

 扉が音を立てて閉まり、次いで薄暗い室内へと足を踏み入れた人影は、見覚えがありすぎるほどだった。

 月明かりが差し込む薄暗い部屋の中、扇で顔をほとんど隠しながらも、ひしひしと当てられる視線に身動きができない。

 まさか、どうして、と胸の鼓動は嫌な音を立てる。

 扇で顔を隠したまま、後ずさろうとしたとき、それよりも早く向かい合った相手が唇を開いた。


「久しぶりだな、レティ」


 確信を持った、滑らかな声音に支配されるような感覚を覚えた。

 どうやらうまく身を隠したつもりで、実は追い詰められていたようだ。

 まるで誘導されたかのような、タイミングの良さだった。

 そうまではしていなくとも、まず間違いなく広間に入らず庭園に降りたレティシアを見て追ってきたのだろう。

 自分から人気のない宮に逃げ込んだレティシアをもしかしたら嗤ってすらいたかもしれない。

 好機を考えて宮に逃げ込んだ自分を想いっきり罵ってやりたい気分だった。

 だが今はそれどころではない。


「……人違い、ではありませんか。私はあなたのことなど、知りませんが」


 往生際悪く、作った高い声を出してみる。

 騙されるわけがない、だが騙されてくれれば儲けものである。

 が、それは逆効果だったようだ。

 無言のまま間合いを詰めてきた彼に、扇を持つ腕を掴まれる。

 華奢な扇を払いのけられ、覗き込んできた赤い瞳には強い感情――――――怒りがあった。


「お前は、どこまで人を馬鹿にすれば気が済む」


 ついぞ向けられたことのない、低い怒りに満ちた声に思わず息をのむ。

 少しでもふざけたことを言えば、切り付けられそうな気配すら感じられた。

 ――――――そこまで自分の行動は怒らせた、ということだろう。

 彼の怒りを目の前にして、レティシアは言葉が出なかった。

 本当は、どこかで期待していたのだ。

 怒っているだろうと思いながらも、どこかでどうせあまり自分に関心を持っていない彼のことだから、もしかしたら大して気にしていないのではないか、と。

 だが、現実はそこまで甘くはなかった。

 彼に握られた腕は怒りを表すかのように力が込められ、痛いほどである。

 癖になりかけているため息をどうにかして飲み込むと、レティシアは諦めて唇を開いた。


「馬鹿にしたつもりはないよ」


 どこか言い訳じみた言葉をどう思ったのか、彼は片眉を上げた。

 相変わらず向けられる瞳は強い。

 その瞳を見返すと、彼はレティシアの腕を握っていた手をゆっくりと下したが、離す気配はなかった。


「お前は……『レティシア・アリアーデ』だな? そして『レティス・アリアーデ』として俺の傍に居たのもお前だな?」


 赤い瞳は、逸らすことを許さない。

 問いかけに、レティシアはため息をつくようにして答えた。

「……それなら弟から聞いただろ」

「俺はお前の口から聞きたい」

 答えろ、と再び促される。

 どうあっても自分の口から言わせて、認めさせたいらしい。

 レティシアは、投槍な気持ちで自分の非を認めた。


「そうだよ。僕はレティシア・アリアーデで、だけど君にはずっとレティス・アリアーデだと偽ってきた」


 あっさりと認めると、彼は眉をひそめた。

 悪びれた様子のないレティシアに呆れたのかもしれない。

 それから、彼は

「何の目的がであんなことを?」

 と問うた。

 当然の疑問と言えるだろう。

 それに対してレティシアは、詰まることなくすらすらちと答えた。

 彼に会えば聞かれることなど予想していたからだ。

「大した目的じゃない。強いて言うなら弟がうらやましかったからかな」

「……うらやましい?」

「君だって知っているはずだよ。僕と弟が半年しか年が離れていないのを」

「…ああ」

「たった半年、そして男だと言うだけで全てを持ってる弟がうらやましかった。周りの者たちに大事にされ、望めば何でも手に入れることができるのが」

 だから自分から入れ替わりを持ちかけ、弟に頷かせた。

 初めは公爵家の中で入れ替わりを楽しむだけでよかった。

 しかしそれは次第にもっと楽しみたいという欲を生み、愚かにも王宮まで広げてしまった。

「……君を騙したことは悪いと思ってる。だから罰すると言うならそれに従う。だけど弟はしないで欲しい。全ては僕が望んだことだから」

 最初は黙ってレティシアの話を聞いていたが、シルヴァンは納得がいかないという顔をした。

「本当にそれが理由か? 本当にそれだけの理由なのか?」

 重ねて問われ、レティシアは顔をしかめた。

「……どういう意味?」

「確かに最初は弟がうらやましいという理由だったのかもしれない。だがそれだけで何年も入れ替わりをするか? お前のように聡明な人間が」

「……買いかぶりだよ」

「俺はそうは思わない。お前は最初は入れ替わりを楽しんだかもしれないがすぐにその虚しさに気付いたはずだ。そして入れ替わりを続ける危うさも。それでも入れ替わりを続けた理由はなんだ? お前はまだ何を隠している?」

 鋭い追及にさすがに言葉に詰まった。

 咄嗟の言葉が思い浮かばない。

 まさかここまで気取られるとは思っていなかった。

 彼を侮っていたと内心反省しながらも、レティシアは惚けた。

「何を言っているのか分からないよ。弟がうらやましかった以外の理由なんてない」

「……あくまで白を切るか」

 睨み付ける彼を見返す。

「だからそれしかないって言ってるだろ」

「嘘だ」

 断言されて、さすがに口を閉ざした。

 自分のことなど気にもかけていなかったくせに。

 何も知らないくせに、今はまるですべて知っているかのように話す彼が憎らしく感じられた。

「……付き合ってられないよ。僕自身がそれ以外ないって言ってるのに」

 肩をすくめ、いつまでもシルヴァンに握られたままの腕を取り返す。

 軽い力しか籠められていなかったそれは、あっさりと解けた。

 結局、その程度なのだ。

 彼にとって自分の価値など。

 痛む胸を無視しながら、


「―――――それで、君は僕を罰する気はあるの?」


 挑むように見上げると、シルヴァンは虚を突かれたように言葉に詰まった。

 まるで考えていなかった、という風な様子に逆にレティシアが驚く。

 もちろんそんなことは表情に出さず、シルヴァンの言葉を待つ。

 だがいつまで経っても唇を開かない彼に焦れる。

「……ないの?」

 苛々と尋ねると、レティシアの声でようやく彼は我に返ったような顔をした。

 そんなシルヴァンに肩をすくめると、

「罰する気がないなら、僕はもう行くよ」

「レティ」

「何せ僕は『王太子さまの妃選びのための夜会』の参加者だし。そして王太子さまとお近づきになれなくても身分ある殿方とお知り合いにならなければならないからね」

 皮肉めいた口調で言い放った。

 今回の夜会に参加する女性の目的は、王太子に見初められることである。

 だが同時に夜会の参加者の付き添い人としてやってくる、貴族の青年と知り合いになることも目的にしているのである。

 それが貴族の夜会での常である。

 レティシアは逃げるようにシルヴァンの脇をすり抜けて、部屋から出ようとした。

 だがそれより一瞬早く彼の腕がレティシアを捕える。  


「お前も弟もどこまでも人を虚仮にしてくれる」


 低く唸るような声音とともに。

 何を、と思う間もなくレティシアの体を抱き上げる。

 何が起こったか分からないまま、腕がとっさに掴んだのは目の前の肩だった。

 見下ろした先には、王家特有の真っ赤な髪が見える。

 それでようやく自分が子どもを抱くようにシルヴァンの片腕に抱き上げられていることに気づいた。

「何を……っ」

 かつてないほど密着した体にさすがに狼狽し、余裕を失う。

 見下ろした彼は、凶暴な色を浮かべた瞳をレティシアへと向けてきていた。

 その瞳に怯んでいる隙にシルヴァンは歩き出す。

「ふざけるなよ。人を散々振り回しておきながらあっさりと姿を消し、ようやく出てきたかと思えば他人の振り、挙句の果てにはさっさと他人に乗り換えるつもりだと」

「ちょっと、人聞きの悪いこと言わないでよ! まるで僕が君を弄んだみたいな言い方……!」

 というかその前に下せと喚くが、シルヴァンは軽く無視して宮の中を出口へと向かって進み始める。

 その足取りは人を抱えていることなど微塵も感じさせないほど揺らがない。

 宮を出る際はばっちりと侍従たちに姿を見られ、背後では戸惑うような声が上がる。

 夜会の参加者である女性を抱えた王太子が人気のない宮から出てくる、それだけで彼らが何を想像するかは簡単に予想できる。

 抱え上げられたまま、レティシアは頭を抱えたくなった。

「下してってば!」

 肩を叩いたり髪を引っ張ったりするが、そんな抵抗などほとんど無意味だろう。

 まるで猫にじゃれつかれた程度、と言わんばかりの態度にさすがに頭にくる。


「シルヴァン!」


 久しぶりに呼んだ名にちらりと赤い眼差しが向けられる。

 二人の身はすでに庭園の中へと進んでいた。

 赤い瞳を睨みつけるように見据えると、彼が足を止めて嘆息した。

「……逃げないと約束するなら、下そう」

「………」

 即答できないところが、レティシアの往生際の悪さだった。

 シルヴァンが片眉を上げ、再び足を進めようとするのを見て慌てる。

「分かった、逃げないって約束する」

「二言はないな」

 シルヴァンの腕がゆっくりと動き、ようやく地に足がつく。

 その感覚にほっと安堵し、地を踏みしめようとしたが、そんな間はなく再びシルヴァンに腕を引かれた。

「ちょっと!」

 慌てて足を前に出し、どうにか転ぶのを避ける。

 先を行く彼はしれっと、

「下すとは言ったが、離すとは言っていない」

 と言い、先へと進んでいく。

 シルヴァンの物言いが癇に障ったが、どうにかして口を噤んだ。

 今、彼に何を言っても彼は聞き入れる気などないだろう。

 それならば声を上げるだけ無駄だ。

 今はすべてがシルヴァンのペースで物事が進んでしまっている。

 以前、レティシアが彼に対してそうしていたように。

 ――――――形勢逆転。

 らしくもなく、その言葉が頭の中に浮かんだ。

 腕を引く彼の背中を見上げながら、同時に広間の明かりが近づいていることに嫌でも気づく。

 まず間違いなく向かっているのは、主役不在のまま開かれている夜会。

 一体何を考えているのか、考えを巡らせるが、とうとう答えにたどり着かないまま、広間の前へと戻ってきてしまった。


「王太子殿下……!」


 ざわりと入り口に立つ侍従たちが戸惑うように揺れる。

 それを彼は手で制し、扉を開けるよう指示した。

 どきり、と目の前で開かれる扉に心臓が音を立てた。

 相変わらず腕は彼に囚われたまま―――――夜会へと足を踏み入れた。


「―――――これがお前が望んだ夜会だ」


 揶揄するように小さな声で囁かれた言葉に、望んでなんかいない、と返せたらどれほどよかっただろうか。

 そんな余裕はなく、ただただ動揺も困惑も押し隠して貴族らしく毅然と顔を上げ、歩むだけで精いっぱいだった。

 彼とともに広間の奥へと足を進めるたびに増えていく視線は、当然のものだった。

 王太子殿下、という声とともに、あの女性は誰か、と声が上がり始める。

 彼はすべてを無視して中央へと進んでいく。

 真っ直ぐ向けた視線の先には、面白そうな顔をした彼の両親、つまりフェイアン王と王妃の姿が見えた。

 同時に喜色を浮かべた父親の姿も目に入り、気分はどうしようもなく沈んだ。

 取り返しのつかないことをしている、それを彼は分かっているのだろうか。

 広間の中央、主催者にしか許されない特権の場に彼とともに向き合って立つと、腕がようやく解放された。

 見上げた彼は、レティシアが何を思っているか、まるですべてを理解しているとでも言わんばかりの笑みを浮かべながら、離したばかりの腕を再び差し伸べてくる。

 この腕を取らない、という選択肢など端から存在しなかった。

 それでも差し出された腕に手を重ねながら、


「これが君の考えた罰?」


 くだらないことを、と彼にだけ分かるよう微笑む。

 彼は思わぬことを言われた、とばかりに首を傾げた。


「これがお前にとって罰になるのか?」


 と。

 そのわざとらしい返しに腹が立つよりもため息が零れた。

「……少なくともこれの所為で僕は嫁き遅れるだろうね」  

 あの期待に満ちた父親の顔。

 娘が王太子妃になるのも夢ではない、と野望を強めて他家に嫁ぐことなど許しはしないだろう。

 無駄だと言えたらどれだけ良いか、とため息をつくレティシアは父親に気を取られてそれを聞きのがした。

 シルヴァンが低く嗤いながら、


「誰が簡単に手放すものか」


 と呟いたのを。

 二人はお互いに思惑を隠し、周囲の思惑を掻き立てながら踊る。

 後に人々の間で話題になるほど、優美に。



 レティシア・アリアーデ――――――その名が表に出たのは、これが初めてのことだった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ