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王と王妃  作者: くま
2章
4/19

本当の愚者

「それでは、始めましょうか」

 

 いつも通り、お決まりの開始の言葉。

 はい、とこれもいつもと同じで皆で声を揃えて返事をしながら、内心でついついくだらないなぁと呟いてしまう。

 今日で何度目かになる、貴族対象の文官登用試験を受ける、貴族たちのための勉強会。

 王宮でそういった勉強会が開かれるのはそう珍しいことではないが、今自分が受けている勉強会は、この国の宰相自らが教鞭を取るということで、貴族の子弟ならば誰もが一度は受けたいと望むものらしい。

 しかし宰相閣下も決して暇ではないし、むしろ無理をしてお願いしているのだ。

 だから参加できる人数は4名から5名程度と少なく、いつもその席を巡って争いが起きているのだとか。

 でもそんなことは自分には関係ないし。

 何せこの勉強会は、自分の父親が忙しいと断った宰相に何度も頭を下げて実現させたものだから、誰も自分に席を譲って欲しいとは言わない。

 けれどもしも言ってくる人が居れば、喜んで譲る。

 だってこんなの父親のくだらない見栄と下心しかないんだから。

 筆頭貴族である『アリアーデ』の権力を示したいのと、宰相に自分の息子の顔を覚えさせることしか考えていない。

 だってこんな勉強会なんて出なくても、自分が試験に落ちるはずがない。

 今までそう言い切るだけの努力はしてきたし、成果もある。

 宰相の補佐、それも3番手をいく父親よりもうまくやる自信があった。

 アリアーデ――――グランティールと肩を並べる貴族の中でも名門と言われ、多くの当主が宰相として名を残したが、現在当主である父親は宰相の補佐でしかない。

 それはアリアーデの当主としては最低に近い部類である。

 だからこそ優秀だと宰相にも褒められた自分に賭けているのだろうが。

 自分にとっては、すべてどうでもいいことだった。

 そんな息子である自分の内心にも気づかない、本当に愚かな人だ。

 父親を内心で扱き下ろし、頭から消す。

 そんなことよりも、今は一昨日のことの方が気がかりだった。

 宰相に顔を覚えてもらおうと引っ切り無しに質問をする他の貴族の子弟を横目で見ながら、一昨日会った彼を思い浮かべる。

 もう彼は答えを決めただろうか。

 夜会という名の妃選抜会への出席の可否。

 まあ、彼は嫌だと思いながらも受け入れるしかなだろう。

 昨日言った、女性を愛せないのでは、という噂は実際にないことはないが、ほとんど冗談である。

 それよりも『王太子には想い人がいる』という噂のほうが囁かれている。

 ではその相手が誰か。

 必然的に探りを入れる者は増えるに違いない。

 そうして何人かは真実にたどり着くだろう。

 彼の想い人―――――あの小さな国の王女に。

「………」

 ほとんどの国土をフェイアンに吸収され、それでもどうにか国としての形を保っている国の王女。

 光り輝く金の髪、宝玉のような緑の瞳を持つ美しいと名高い王女は、フェイアンの王太子にも妃にと請われた。

 幼い頃から交流があり、並べば似合いだと囁かれた二人。

 けれど彼らが一緒になることはなかった。

 王女はフェイアンではなくイーデンへと嫁ぐことを決め、それを知ったフェイアンの王太子が引きとめようと非公式に求婚したけれど――――断った。

 それを知った人が居れば、なぜと首を傾げただろう。

 自分もその一人だった。

 だから彼女が王太子の求婚を断ったと聞いてから、まだフェイアンに滞在していた王女のもとを一人で訪ねた。


『なぜ王太子殿下の求婚を断ったのですか?』


 幼い頃から何度か言葉を交わしたことはあるから、彼女ならば許容するだろうと約束もなしに庭園に居た彼女に声をかけると、王女は振り返って驚いたように目を瞬かせた。

 それから突然の無礼を咎めるでもなく、


『それを聞いてあなたはどうなさるのですか』


 小首を傾げた。

 年上の王女の幼い仕草に片眉を上げ、

『先に質問したのは私ですが』

 とあえて挑発するように笑い、無礼な答えを返す。

 けれど王女はそれにも立腹した様子を見せない。

 年上らしい、落ち着いた態度にむしろこちらが苛立たしかった。

 王女は、数度瞬きをした後にゆっくりと唇を開いた。

『では、「お教えできません」とお答えします』

『………』

『あなただから、ということでありません。私が「なぜ」と聞かれてお答えするのは、唯お一人だけと決めております』

 だからお教えできません、と。

 その一人が誰か。

 聞かずともすぐに分かった。

 そして恐らくは、その者が『なぜ」と彼女に問いかけなかっただろうことも。

 聞かなかったのではなく、聞けなかったのだろう。

 普段は落ち着いた態度を貫く彼だが、彼女のことにだけ平静ではいられないのだから。

 ―――――彼女を深く愛するがゆえに。

 愚かだな、と心の中で最早口癖となっているそれを呟くと、彼女に非礼を詫びて踵を返そうとした。

 しかし、

『私からもあなたにお聞きしたいことがあります』

『……何ですか』

 促すが、彼女はなかなか口を開かない。

 言っていいのか、迷っているようだった。

 いい加減無視して帰ろうか、と思っていると、やがて意を決したように唇を開いた。


『あなたはまだそのままで良いのですか』


 意味深な問いかけだった。

 思わず彼女の顔を凝視する。

 彼女は、その視線に困ったように顔を曇らせた。

 けれど、

『……いつまでもそのままでは居られませんよ。それはあなたも分かっているはずです。いつか変わらなければならなくなる。そのときが、もう近いのではありませんか』

 諭すような口調には、人を従わせる力があった。

 けれどそれに素直に頷くような性格ではなかったうえに、何よりも彼女の言葉だからこそ頷けなかった。

 ―――――彼女は、気づいている。間違いなく。

 だがそれを認めるつもりも、否定するつもりもなかった。


『それが君に何か関係ある?』


 今まで彼女に一度も向けたことがない、冷ややかな声音。

 それには憎しみや羨望が混じっていなかったといえば、嘘になるだろう。

 本当は、誰よりも彼女が自分を気遣い、言った言葉だとは分かっていた。

 分かっていたのに、素直ではない性格が災いした。

 彼女は少し寂しそうに首を振ると、ごめんなさい、と呟いた。

 まだ彼女は何か言いたげだったが、自己嫌悪のような罪悪感のような思いが沸き起こり、そしてあまりの居心地の悪さに、逃げ出すように彼女から背を向けて庭園を立ち去ったのだった。

 それが最後だった。

 翌日には彼女は、フェイアンを去り、今はもうイーデンへと嫁いでいってしまった。

 彼と自分にそれぞれ想いを残しながら。


「愚かだなぁ……」


 いつまでも彼女を振り切れない彼。 

 そして何よりも―――――終わらせる決断を下せない自分が一番。

 愚かで、くだらない。



 

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