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王と王妃  作者: くま
2章
3/19

誰でもいい

『祝福の鐘』


 高い音と低い音が重なり合い、響く鐘の音。

 ふと聞こえたその音に手を止めて、顔を上げる。

 時刻を知らせるためではないその音は、恐らくは神殿が新しく夫婦となった者たちを祝うために鳴らす『祝福の鐘』だ。

 離れた王宮にまで聞こえるその鐘の音は、もう何度も聞いたことがあった。

 この鐘の音は、どの国でも同じものだろうか――――。

 ふと思いを馳せていると、


「――――君って女々しいよね」


 物思いに耽るシルヴァンを軽やかな声が嘲笑った。

 思わず左手に持っていた紙を握り潰しそうになる。

 それをどうにか堪え、視線を声の方にやると、室内の壁際に置かれた長椅子に腰掛け、行儀悪くもほっそりとした両足を目の前のテーブルへと乗せた少年の姿があった。

 数多いる貴族の中で最も高貴な家柄のうちの一つを担う者とは思えない、無礼な振る舞いだった。

 15歳になったばかりの彼は、シルヴァンの側近候補であり、将来は公爵位を継ぐ人物である。

 しかしその彼は、今日も勝手に自分の執務室に入ってきたかと思うと、これまた勝手に自分が手に入れたばかりの本を読み始めた。

 王族である自分に対してこの態度、いっそ天晴れと言いたくなるほどである。

 最初はどうにかして追い出してやろうと躍起になったが、今ではもう諦めた。

 相変わらず傍若無人、唯我独尊の彼を無言のまま見つめると、

「どうせあの王女のことを考えてたんだろう」

 と本に目線を落としたまま、唇を開いた。

 完全に図星だったが、だからといってそれを表情に出すのは、誇りが許さなかった。

「何のことだ」

 惚けて見せるが、それで許してくれるような相手ではない。

 むしろ楽しそうに唇が弧を描き、さらに追い打ちをかけるように、

「分からないなら教えてあげようか? 今日、今まさにこの時間は君が10歳から7年間も執拗に愛していたけれど1か月前に儚くも失恋した相手である王女の結婚式で、その王女の名は――――」

「レティ!」

 耐え切れず、途中で遮るように少年、レティスの愛称を叫ぶ。

 同時に両手は目の前の机を叩いていた。

 取り繕っていた平静があっさりと崩れ去ると、目の前の少年の口角が意地悪く上がった。

「何?」

 本からやっと顔を上げ、向けられたその顔の何と憎らしいことか。

 いつだってこの2歳年下の少年は、平然と自分の心を抉る。


「―――今すぐ自分の足で出て行くのとつまみ出されるのとどちらがいい?」


 唸るような低い声を出すも、目の前の彼は堪えた様子を欠片も見せず、あっさりと首を振った。

「どっちも嫌」

「おい」

 本当にどうなっているのだ、公爵家の躾は。

 仮にも王家、さらには王太子である自分に対する態度がこれで本当にいいのか。

 もう一人の側近候補である、これも公爵家の跡取りだが、寂しくなるぐらい臣下として礼儀正しい彼を見習えと言いたい。

「だって僕には、王妃さまから任された重要任務があるからね。それを全うするまでは出て行かないよ」

「……任務? 母上から?」

 どう追い出そうか考えていたシルヴァンは、その言葉に思わず身を乗り出す。

 どうせ碌なことではないに違いない。

 そもそもなぜ母もこの少年に頼むのか。

 前々から思っていたが、贔屓しすぎではないのか。

 息子である自分よりも可愛がっている節があるのだ。

「そうだよ。その任務はね―――――君を、君が先日拒否した夜会に出席させること」

「………」

 ほら、やはり碌なものではなかった。

 鏡を見なくても分かる、今の自分は苦虫を潰したような顔をしているだろう。

 そんな自分などどうでもいいとばかりに、レティスは肩をすくめた。

「というわけで、夜会に出なよ」

 端的極まりない言葉だった。

 思わず、

「待てなんだその投槍な態度。というか言葉を選べ、俺は王太子でお前は臣下だろうが」

 無礼な態度を咎めてみるが、相手はどこ吹く風だ。

 驚いたといわんばかりに目を丸くする。

「何その権力を笠に着た発言」

「全然笠に着てないだろうが! むしろ何も着てないぐらいだ」

「今度は裸の王様発言?」

「……疲れる、お前と話すると疲れる」

 どこまでも舐めた態度だった。

 毎度毎度こうなのだから、本当に手に負えない。

 幼い頃は、まだ可愛げがあった。

 だが年々何があったのか、自分に対して反抗的というか、どこか突っかかるような態度をとるようになった。

 相手にしないのが一番なのは分かっているのだが、それでもまだ自分も若さゆえか挑発されれば乗らずにはいられない。

 そして結果、大概ひどい目に遭わされる。

 こんな側近候補もう嫌だと頭を抱えていると、その側近候補が軽やかに長椅子から立ち上がった。

「まあ、いいからとにかく出なよ。君、もう17歳にもなるのにまだ一人も妃が居ないんだから」

 手に持った本をこちらに差し出しながら歩み寄ってくる。

 それを受け取りながら、再び顔をしかめた。

「……本当に余計な世話だ」

 放っておいてくれと声を大にして言いたい。 

 だがそれが通らないのが、王家であり、貴族だ。

「そうかな? 17歳にもなって妃の一人もいない君を危ぶむ声が出ているのに?」

「危ぶむ声?」

 世継ぎとして相応しくない、ということか。

 どこで、どんな声だと聞くと、あっさりと少年はとんでもないことを言ってのけた。

「そう。要するに――――君が女性を愛せないんじゃないかって」

「は?」

「特定の女の影もないし、その代わりにいつも一緒にいるのは僕やクロウヴィアスだからね」

 意味は分かるだろう、と言われて理解できないと言えればどれだけよかっただろうか。

 残念ながら心当たりはありすぎるぐらいあった。

 この目の前のレティスももう一人の側近候補も無駄に美しいのだ。

 レティスが『美少年』ならば、もう一人の側近候補のクロウヴィアスは『美青年』といったところだ。

 老若男女問わずもてる二人と四六時中とまでは言わないが、割と一緒にいる機会が多い自分と噂になっても確かにおかしくはない。

 いや、むしろ特定の妃や愛妾を持たない自分が彼らと噂にならないほうがおかしいのかもしれない。

 ようやく気づいた可能性に愕然とするシルヴァンにレティスは微笑んだ。

 一部では『神々しい』とまで言われる、シルヴァンにとっては『憎たらしい』笑み。


「さてこのままでいいのかい?」


 よくはない。当然ながら全然よくない。

 だがここでそれを認めるのは、腹立たしかった。

 無言のまま視線を彷徨わせる。

 答えは保留。それしかなかった。

 その態度に、端から分かっていたと言わんばかりにレティスは軽く肩をすくめると、

「答えは次に聞くことにするよ」

 それまでゆっくり考えるんだね、と最後まで余裕の態度を崩さず出て行った。

 本当にどちらが年上か分かったものではない。

 だが実際――――助かったのも事実だった。

 大きくため息をつきながら、椅子に腰を下ろす。


「夜会など……」


 貴族の年頃の娘を集めた、夜会という名の妃の選抜会。

 そんな悪習捨ててしまえと心の中で吐き捨てる。

 が、周囲は決して捨ててはくれないだろう。

 こんなものはシルヴァンにとって無意味でしかないというのに。

 本当に妃として傍に居て欲しかった人は、もう手が届かないところに行ってしまったのだから。

 

「ローザでないならば、誰でもいい」


 目を閉じれば、今でもすぐに思い浮かぶ、彼女の姿。

 それは決してシルヴァンを捕らえて、離さない――――。 

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