マヨイガ
迷い家、それは山奥深くに迷い込んだ者が希に見つける立派なお屋敷。屋敷の庭は綺麗に整えられ、牛や鶏などが飼育され、屋敷の中は清潔に保たれ、火鉢の火はついたまま、囲炉裏には沸いたばかりのお湯、台所にいけば出来立ての食事の数々。人がついさっきまでいたような痕跡があるのに、呼びかけても誰の姿も見つけられない。迷い込んだ者はしばしの休息をとった後、その家からたった一つだけものを持ち出すことができ、それは幸運を呼び込むという。
そんな迷い家と呼ばれる存在がとある山奥にひっそりと暮らしていた。………ひっそり、と……。
『ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!!!!人の気配がするぅぅぅぅぅ!!こっちにきたらだめ!!あっち!あっちが正しい道!麓へ行って!!しっしっ!』
ひっそり?
人の姿はおろか、気配でさえ怯え、身(家)を震わせ迷いそうになった人間をありとあらゆる手を使って迷子から救い、何がなんでも招いてやるものかと全力を持って人を拒絶している、己の存在意義を無視しまくった迷い家は今日もせっせと山に入った人の動向を窺う。
おかげでここ百年ばかりの間、この山では遭難者および死者が出ていない。
今日も山に山菜を取りに入りうっかり迷った麓の村に住むとめさん(五十歳、長生きだ)を無事に正しい下山する道まで誘導した迷い家は「ふう」といい笑顔で汗をぬぐった(家なので気分です。気分)。
『ああ、今日も人間に会わずにすんだぁ。よかったよかった』
「いいわけありませんわ!!!!」
さわやかな笑顔を浮かべる(くどいようだが主人公は家なので気分)迷い家の前に(立派な日本家屋)突如現れた金髪縦ロールを華麗にきめ、異国のフリフリたっぷり貴族風の装束に身を包んだ美少女が常人には聞こえぬはずの迷い家の声に突っ込みを入れながら全力で玄関の引き戸を蹴り飛ばした。
『あ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!なにするのぉ~~~~~!!』
家なので痛覚はないが自分を蹴られていい気分になどなれない。当然抗議の声を上げる迷い家を見上げながら場からとことん浮いた少女は玄関から堂々と家のなかに入ると優雅にスカートの裾を直し、びしっ!と迷い家を指差し、黙らせた。
どうやらこの二人(?)………一人と一軒?は顔見知りのようである。
「なにするの?ではありませんわ~~~~~~~~~~~~~~~~!!あなたことそ何していらっしゃるの?迷い家が人を招かずしてどうするのですか!!」
正論に迷い家がうっと言葉に詰まる。心の片隅にちらりとあることだったからかもしれない。
『だ、だって、人間怖いんだもん!!』
「家が対人恐怖症ならぬ人間恐怖症でどうするのですか!あなたそれでも迷い家ですか!!」
『迷い家だもん!立派な迷い家だもん!!人間が怖くても迷い家なんですぅ!』
逆きれしたのか迷い家自体が震え、瓦がかたかた鳴り、迷い家の怒気に庭にいる動物達が怯えていた。
「人間怖くて招くことができない時点で迷い家の存在意義を見失っていますわ!!いいから人を招きなさい!!この駄々っ子!!」
『駄々っ子でいいもん!赤ちゃんだもん!だから人なんて招かないもん!!ばぶぅ!!』
「まぁ、せっかく同じ迷い家として心配しているというのに!なんですかその口のきき方は!!」
どうやら少女もまた迷い家らしい。人間嫌いの同胞を心配し分身を同じ迷い家の元へと送ってきたらしい。………低レベルな口げんかに発展してしまっているが。
『うっさい~~~~~~!!おせっかい!わたしのことは放っておいてよ!!』
「放っておけますか!!あなたこのままでは迷い家ではなくただの家ですわよ!!い・え!しかも住む住人のいない廃墟ですわ!!」
『廃墟!!失礼な!!日々家の手入れ、庭の手入れ、動物達の世話………身(家)を磨きあげることを怠ったことはないわたしが廃墟!!ありえない!!』
「そこまでしてるなら人を招きなさい!!人を!!」
『い~~や~~~!!人間怖い~~~~~~~~~~~~~~~~!!』
以下、エンドレス会話。
「人招け!」
「いやだ!」
両者譲らぬ応酬は日が暮れるまで続いたという。
「あ、また迷い家たち喧嘩してる」
「あいつらこりないなぁ」
山に棲む他の妖怪たちは木霊する怒声にヤレヤレと肩を竦めた。