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CDS7

「何が事件よ。自分でイスを蹴り倒したくせに」

 愛由美が雑居ビルの一角でひっくり返ると、丁度ドアから入ってきた蓮華が呆れたように言った。

 両手を腰にやり、シンメトリーな目を軽蔑に細めていた。

 その目の細め方も偏りがない。完全な左右対称だ。

「むっ? 蓮華先生。見てもいないくせに。随分と嫌みね」

 愛由美は腰を摩りながら立ち上がろうとする。

 己の腰よりは携帯端末が大事だったのか、それを持った手をろくに着こうともせずに腰から床に落ちたのだ。

「見なくても、想像がつくわよ」

「ぐぬぬ。おのれ」

 愛由美が痛々しげに立ち上がった。

「大丈夫? 愛由美?」

「マユ。そんな眉間に皺を寄せて心配してくれなくとも……」

「うるさい! 眉間とか言う時だけ、真面目な顔しないでよ!」

 魔優子が眉尻をつり上げた。どうにも魔優子は感情が眉毛に出るようだ。

「事件なら、千佳と柚希菜が追ってるわ。手伝いにいけば?」

「むむ。蓮華先生。ついていこうとしたら、蓮華先生が止めたんじゃないか?」

「そうだっけ?」

 蓮華が済ました顔で答える。覚えてはいるがとぼけているようだ。

「ま、いっか。こっちの話も面白いしね。で? 結局恋の破綻はなかったの?」

 愛由美は席に座り直し、再度ぐっと身を乗り出した。

「そうよ。彼氏さんは、ちゃんと彼女さんの方を見たわよ……」

「むむ。言い淀んだわね。愛由美ちゃんは、誤魔化せないわよ」

 語尾を濁した魔優子に愛由美がぐっと近寄った。

「べ、別に。そんな訳じゃ……」

「ほら、やっぱり自信ないんだ? 破綻はなくとも、何かはあったと愛由美ちゃんは見た」

「むう……」

 魔優子の眉間が曇った。女子としては少々凛々しい眉が、緊張の為からかぴくりと動く。

「そうだよね。ちょっと自信なげに、彼女の方を見たかなって感じだったよね」

 蓮華はそう応えると、ぐるっと机を回り込んで魔優子の横に座った。

「自信なし? でも見たのは彼女さん? じゃあ。少なくとも修羅場はなし?」

「そうよ。破綻もなし。修羅場もなし。もう少し二人で話し合ってみますって。猫の着ぐるみさんにぶつかって、恥をかいただけよ」

 魔優子が少々赤面しながら答える。その理想の恋人同士らしい結論に頬が赤くなったのかもしれない。

「何だ。つまらない。何もなしなんだ?」

 愛由美がいかにもつまらないと言う風に、パイプイスに背中を預けた。こちらもいかにも安物なイスは、それだけでぎぃっと音を立てて軋む。

「そっ。CDSの支払いもなしだよ」

 蓮華が頭の上の光の輪を取り外し、指でくるくると回して遊びながら答える。こちらもつまらないと思っているようだ。

「そのCDSが、いまいちよく分からないんだけど?」

「あはは、魔優子ちゃん。ちゃんと勉強しないと。CDSってはのはね――」

「きーっ! 何の事件性もないなんて!」

 蓮華が何か言いかけると、愛由美がわざとらしくそう叫んだ。愛由美は叫ぶや否や、手に持っていたのとは違う携帯端末を取り出した。

 そのままニヤリと笑うとその端末を魔優子に向ける。

「――ッ!」

「マユが愛しの光助くんと――」

「なっ! ちょ、ちょっと! ななな、何でそこであいつの名前が――」

 隠し撮りと思しき男子生徒の写真が、その携帯端末には大写しになっている。そのことを確かめた魔優子が、机に乗り上げ飛びつくように端末を掴もうとした。

「お話しするネタがないじゃない!」

 愛由美が意地悪げ笑みを浮かべ、魔優子の襲撃をひょいっと避けた。

「てか、それ! 私の携帯じゃない! 何で愛由美が持ってるのよ?」

「ぬはは、このラクシュミ株式会社の情報収集担当――佐倉愛由美ちゃんに、集められない情報などないのだ!」

「関係ないわよ! そんなの!」

「それにしても、マユ! 隠し撮りはよくないわ! 愛由美ちゃんが、ジャーナリストとして告発してあげるわ! 愛しの光助くんに!」

「何言ってんのよ! 返しなさいよ!」

 魔優子が机越しに手を伸ばす。だが愛由美はのらりくらりとその手を避けてしまう。

「魔優子ちゃん! 可愛いわ! 男をとられて、必死になってるなんて!」

「ななな! 何を言って! 蓮華も笑ってないで、手伝ってよ!」

「魔優子ちゃん。恋は戦いよ。自分の男ぐらい、自分で奪い返しなさい」

「何の話よ!」

 魔優子が必死で手を伸ばした。もはや完全に体をテーブルに預けてしまっている。

「戦いって言えばさ、蓮華先生。千佳ぴょん達は、魔族退治?」

「魔族? 何の話よ?」

 聞き慣れない単語を聞いたせいか、魔優子が一瞬全身から力を抜いてしまう。

「魔優子ちゃん。恋は戦いだよ。たとえ相手が――」

 蓮華が魔優子を試すような視線で見る。

「?」

 魔優子の体が前方に傾げた。

「魔族でもね」

「キャーッ!」

 蓮華の最後の台詞は、テーブルの向こうにひっくり返った魔優子自身の悲鳴に遮られた。

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