CDS4
「ふふん」
驚く公園の人々の前で蓮華は楽しげに光の矢を放った。まるで挨拶替わりだ。
「――ッ!」
光の矢が男性の左胸に突き刺さった。男性はその場でがくんと首を垂れてしまう。
即死――
そんな言葉が脳裏に浮かんでしまう程の光景だ。遠目に見守る先程の猫の着ぐるみを含め、公園内の多くの人々がその光景に目を見張った。
「ちょっ、ちょっと! 蓮華!」
「やった! 命中!」
驚く魔優子を尻目に、蓮華が嬉しげにその場で飛び上がる。公園の地面に土煙を巻き上げて蓮華が跳ねとんだ。
胸に矢が刺さり死んだように黙り込んだ男性。それをやった少女の嬉しげにはしゃぐ姿。
「蓮華ってば!」
そのギャップに魔優子はオロオロと両者を見比べてしまう。
「キューピッドの皆さんですか?」
矢の刺さった男性をその場に残し、女性の方がベンチを立ってそんな魔優子達に駆け寄ってくる。
「そうですよ。キューピッドスコアのストレステストにやってきました」
「突然すいません。挨拶もなしに。ほら、蓮華も謝って!」
魔優子が一人で頭を下げた。突然現れて矢を放った失礼を詫びるが、当の本人の蓮華は知らん顔で笑っている。
「挨拶なんてしてたら、抜き打ちテストにならないよ。魔優子ちゃん」
「それにしても……」
魔優子は未だに動かない男性に心配げに目をやった。
「あの、これからどうしたら?」
女性が魔優子達の脇に立ち、恐る恐る男性に振りかえった。
「それはですね。この光の矢に貫かれた人間は、恋の本命にまさに視線が釘づけになりますから――」
蓮華が嬉しそうに空の弓を振り回して説明した。
「まあ。後は静かに結果をごろうじろという訳です」
「はぁ……」
「CDS――キューピッド・デフォルト・スワップは言わば恋の保険。恋の債務不履行が起こった場合に、その恋愛感情の補償が受けられる恋愛派生商品。いわゆるキューピッドデリバティブの一つです」
「はぁ」
蓮華の説明に女性はまた気の抜けた返事をした。
「だからこうして、恋の破綻が起こっていないか――」
「……」
見れば魔優子も分からないという顔をしていた。
「魔優子ちゃんも、説明できるようになって欲しいんだけど?」
「だって、訳分かんないわよ。何で恋愛に保険なんて利くのよ?」
「恋愛なんて賭けじゃない。保険が利くならかけたいでしょ?」
「でも、そんなの何か相手を信じてないみたいじゃない? キューピッドの矢まで射っちゃって。人の力とか借りずに相手の気持ちは確かめようよ」
「じゃあ、魔優子ちゃんも確かめたら?」
「う……」
「あはは。それに私達キューピッドがそれを言っちゃ、商売あがったりだよ、魔優子ちゃん。天使の力も持ち腐れだよ」
「でも……」
「で、話を戻しますね。CDSは恋の破綻に際して支払いが発生する契約内容ですので、こうして――」
蓮華はそう言うと男性の方に向き直った。
男性はうっと唸りながら、顔を上げようとしているところだった。
「保険がかけられた恋が破綻していないかどうか、確かめる必要があるという訳です。キューピッドスコアを確かめる、ストレステストをさせていただきました」
「本命の人に、目が釘づけになるんだよね?」
徐々に顔が上がっていく男性。魔優子はその様子を息を呑んで見守る。
「そうだよ。魔優子ちゃん」
蓮華は結果が待ち遠しいようだ。実に楽しげな笑みを、そのシンメトリーな美貌に浮かべている。
「……」
その魔優子の隣で彼女の女性が手を組んで祈るように頭を垂れた。
彼氏が顔を上げて彼女の方を見ないのなら、それはこの恋の破綻を意味する。蓮華の説明によるとそういうことだ。直視できなくても仕方がないだろう。
「……」
魔優子がギュッと蓮華の制服の裾を掴んだ。こちらも結果が心配なのだろう。
「ふふん」
その様子に蓮華の笑みがそれこそ蓮華の花のように花開いた。
「う……」
男性が顔を上げた。
そして――