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エピローグ

「蓮華? こっちはなんとかなった。そっちは?」

 千佳が思念で蓮華に訊いてきた。思念でも感情を抑えようとしているようだ。

「終わったところよ。ううん。始まったところかな?」

 蓮華は隣のビルで座り込んでしまい、頭しか見えなくなった二人に目を向けて言った。

「? 何? 何の話?」

 状況が分からない千佳は返答に困ったようだ。

「何でもない。大丈夫よ。後は若い二人に任せて私達は退散よ」

 蓮華は二人に背を向け、屋上の出口に向かった。

「若い? だから何の話、蓮華?」

「それも何でもない。終わったわ。皆ありがとう。事務所に戻って」

「ういッス! 任務終了ッス! 残ったシュークリームを――グワッ!」

「お前の分はもうない!」

「……はーい……」

 加奈子のげっそりとした返事が返ってきた。

「興奮! この人! 離れない! 興奮!」

「えっ? 何? カナやん! ついに禁断の花園へ? あっちゃーっ! 前から少女歌劇団ぽいっと思っていたら――やっぱりか! まぁいいいわ! オッケーよ! むしろ愛由美ちゃんは、スキャンダルは大歓迎よ! あ、でも! 私は巻き込まないでね! 私はノーマルよ!」

「うるさい!」

 加奈子がありったけの思念を、拒否の意志とともに辺りにまき散らす。

「歓喜! あはは! 加奈子怒ってる! 歓喜!」

「ああカナやん、今どんな感じ? 見たいわ! 聞きたいわ! 知りたいわ! ハチ! 思念だけじゃもどかしいわ! 生温いわ! しっかり映像も送って! ライブよ! 生よ! 中継よ! 愛由美ちゃんがリポートしてあげる! ピューリッツア賞だって狙うわ!」

「無理です……」

 那奈の弱々しい思念が届けられた。愛由美に体ごと揺さぶられでもしているのだろう。

「でも、蓮華。これで終わりでいいの……」

「千佳? そうよ。一段落よ。まあ、魔族は追っ払ったけど、残念ながらCDSとしては破綻として処理だよね。このCDSを参照しているシンセティックCDOも清算。週明けの月曜日には、キューピッドデリバティブ市場を激震が襲うかもね。怒号が飛び交うわよ。結局魔族にとっても、望む結果になっちゃったわね。だけど、まあ、しばらく退屈しなくて済みそうだよ」

「あんまり慌ててないわね…… むしろ楽しそう……」

「あはは。仕方がないよ。他人の為に誰かが思いをねじ曲げる必要なんてないもの。CDSの補償もあるし、苅田英里奈さんは大丈夫だと思うわ。シンセティックCDOの方は、こっちも仕方がないよ。リスクはリスク。契約は契約。正しく機能しただけよ」

「何? 最初から期待してなかったの……」

「期待はしていたわよ。ちゃんと正しく恋が実るようにね」

「なるほど……」

「まあいいじゃない。英里奈さんは新しい恋も始めたみたいだし大丈夫よ。やっぱ実際に恋をする現場が一番強いわ。問題ありと言えば問題ありなんだろうけど、それこそ仕方がないわ。愛情の形は人それぞれだものね。加奈子は大変だろうけどね」

 加奈子にしがみついている英里奈。それを想像してか蓮華が苦笑いをしながら呟いた。

「じゃあね……」

 思念を終わらすと、蓮華は隣のビルに振り返った。

 魔優子と光助の二人は肩を寄せ合うのを止め、何やら話してはうつむいていた。

 もう二人でいることに何の不自然も感じない。

「ふふん」

 蓮華が満面の笑みを浮かべる。そのまま蓮華は思いっきり背伸びをした。

 そしておもむろに微笑むと、

「やっぱりこれだから、キューピッドはやめられないわ」

 左手の指を一つ鳴らした。


 魔優子と光助はお互いの肩をもたれ合わせて座り、それぞれ息を整えていた。肩を通じてお互いの温もりを伝え合っているかのようだ。

「あっ?」

 魔優子が突然何かを思い出したのか、驚いたように一声発すると光助に向き直った。

「何だよ。突然」

 支えを失った光助が一瞬倒れかける。

「あ、アクセサリー屋さんに、何の…… よ、用だったのよ?」

 魔優子はわざとらしくヒザをきちんと揃えて正座した。そこのところをはっきりさせたいのだろう。

「何改まってんだよ?」

「真剣な話だからよ。何の買い物だったのよ?」

「な、何でもいいだろ……」

「何でもって……」

「……」

「……」

「ももも、物欲しそうな顔してた…… から、だぞ……」

 光助はアクセサリーの化粧箱を、ぎこちなくポケットから取り出した。手の平に余らない程の大きさの、小さな四角い箱が小刻みに震えている。

「――ッ! それって!」

 光助が買ったプレゼント。その箱。その中身。その化粧箱の形と大きさ。

「もしかしてそれって……」

「……」

「も、もしかしてそれ、指輪? わ、私に! ゆゆゆ、指輪!」

「お、おう……」

 光助は震える手で蓋を開けた。

 シンプルだが材質の良さそうな指輪が一つ、小さく輝いていた。

「な、何で?」

「何でって…… その…… 日頃世話になってるし……」

「でも指輪って!」

「べ、別に、ふふ、深い意味はないって! その、俺だって最初は違うものにするつもりだったんだって! それが、あの、その、魔族とかいう美しすぎるカリスマ女性店員さんにそそのかされて…… その、おだてられて、のせられて…… かつがれて、はやされて…… 気がついたら、指輪を買わされてたんだよ…… さ、流石だよな…… 魔族……」

「ダメね…… だまされるタイプね…… 光助は……」

 魔優子が自然と『光助』と呼んだ。

「別にいいだろ…… 魔優子……」

 光助も『魔優子』と呼んだ。これからも照れた時は、『眉っ娘』と呼ぶのかもしれない。それでも魔優子は満足げに頷いた。

「でも、その、サ、サイズは? 私だって測ったことないのに」

「えっ? えっと…… サ、サイズは適当に…… その、どっかの指には一つぐらい合うだろうと思って……」

「もう!」

「そんな…… 何で怒られるんだよ?」

「何処の指につけるかも重要なの! バカね!」

「そんな! 一生懸命バイトして、自分の買いたい物もあきらめたんだぞ! 一人でアクセ屋さんに入るという、罰ゲームみたいことにまで耐えたのに。あんまりだ」

「まあ、いいわ。つけて……」

 魔優子はそっと右手の甲を差し出した。手の指を伸ばし薬指の両サイドだけは大きく拡げる。

「ええ! そこまで!」

「サイズは適当とか、言ったんだもの! それぐらいフォローしてもらうわよ!」

 魔優子は更に右手を突き出す。

「何だよ。これじゃまるで……」

「――ッ! わ、私だって、そこまでの意味に取ってないわよ! ほら、もらってあげるから、早くつけなさいよ!」

「何だよ……」

 光助は照れくさそうに、魔優子の右手の薬指に指輪をはめようとした。二人してかなり震えている。光助はおぼつかない様子でなんとか指輪をはめてくれた。

 魔優子は直ぐにぎゅっと胸元で指輪を腕ごと抱きしめた。ひとしきり抱きしめた後、目の前にかざして見てみる。

 特に派手な飾りはないが、シンプルな曲線が優雅に描かれているリングだった。

「嬉しい……」

「……」

 光助が息を呑む。魔優子が己がプレゼントした指輪に見入っている。目を輝かせている。その光景に光助はいつまでも視線を外せない。

「こ、光助のは?」

「えっ? 俺の? 指輪? 何で?」

「何でって…… その…… も、もしからしたら…… ペペペ、ペア…… リングかなって?」

 魔優子は思わずうつむいてしまう。言ってから真っ赤になっていた。

「な、何だよ、ペアリングって! そんな訳ないだろ! 自分向けの『ご褒美用』とかいうやつを、一個だけだって!」

「もう! そこまで力一杯否定することはないじゃない!」

「もうって何だよ…… 恥ずかしいのをかなり我慢して、買ったんだぞ……」

「だって……」

「……」

「……」

 二人はまた黙ってうつむいてしまう。ケンカをしたい訳ではないのに上手くいかない。

「……」

「……」

 二人は何から始めていいのか分からないのだろう。

 その時――

「――ッ!」

 その時何処か遠くで指を鳴らす音がした。

「?」

 魔優子の頭上で輝いていた天使の輪が力をなくして落ちてくる。


 『ちゃんとつかまえていたい』って、思わないとダメよ――


 魔優子の心の中で、蓮華の声がしたような気がした。

 魔優子の頭に落ちた天使の輪は、そのまま音もなく目の前に落ちてくる。

 魔優子と光助が、二人して天使の輪に目を奪われた。

 天使の輪は輝きながら小さくなる。

 魔優子と光助はそのまぶしさに思わず目をつむった。

「――ッ!」

 輝き終わって目に入ったのは、魔優子のリングと瓜二つのリング。

 

 光助の右手の薬指に、魔優子の天使の輪が光輝いていた。


参考文献

『サブプライム問題の教訓証券化と格付けの精神』江川由紀雄(商事法務)

『はじめて学ぶ金融のしくみ第2版』家森信善(中央経済社)

『サブプライム逆流する世界マネー経済危機が投資チャンスに変わるとき』中井裕幸(実業之日本社)

『よくわかる格付けの実際知識』山澤光太郎(東洋経済新報社)

『デリバティブキーワード300』住友信託銀行マーケット資金事業部門(財団法人金融財政事情研究会)

『スタンダード&プアーズ金融用語集』ヴァージニア・B・モリス、ケネス・M・モリス共著、アイ・エス・エス・インスティテュートマグロウヒル・エデュケーション

『デリバティブのすべて増補版』藤井睦久、中村恭二共著(財団法人金融財政事情研究会)

『サブプライム危機はこうして始まった決定版アメリカからの最新リポート』ブルース・E・ヘンダーソン&ジョージア・ガイス共著橋本碩也訳(株式会社ランダムハイム講談社)

『スーパー入門手形・小切手の知識』多比羅誠(日本実業出版社)

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