CDO15
「ひどいッスよ! これ絶対ほどけないッスよ!」
柚希菜が後頭部に手を回して言った。自慢のツインテールが力づくで結ばれている。
「大丈夫。柚希菜ならショートも似合うわ」
千佳がすました顔で言った。
「えっ…… そ、そう…… てっ! 切るの前提ッスか?」
柚希菜は一瞬本気で照れてから公園で声を荒らげる。
この少し前。地面に激突する寸前、千佳は柚希菜に拾われた。間一髪だった。
地面をかすめた二人の肩は、擦り傷からにじみ出る血と、ついた砂で汚れていた。
千佳をキャッチした柚希菜は近くの公園に降り立った。無茶をした友人を降ろしてやる。その友人はせっかく助けてやったのに、素知らぬ顔で人の意見を無視したことを言った。
「後、飛び降りるとは聞いてなかったッスよ。地面に激突する前に拾えとも……」
柚希菜が珍しく語尾を濁らせた。無謀な賭けに出た友人を叱ってやりたいが、いつもと立場が逆なのでどうしたらいいのか分からいのだろう。
「ちなみに、『背中を見せ続けて相手の注意を引きつけろ』とも言ってないわ。お互い様よ……」
千佳が反論する。
「そうッスか」
柚希菜がふてくされて言う。
「そうッスよ……」
珍しく千佳が笑顔を浮かべて言った。滅多に見られない満面の笑みだった。
閃光が辺りを一瞬にして覆う。眩い光が全てを覆い屋上一面に一片の影すらなくなる。
「魔優子ちゃん?」
蓮華は驚いて魔優子を見る。その眩しさに目も開けられない。かろうじて目を開けてみると、光に埋もれて魔優子の姿すら見えない。
魔優子が光の中から、背中の巨大な光の翼とともに現れる。飾りの翼とは比べ物にならない大きさだ。両手を伸ばしてもその先端には届かないだろう。まるで本物のキューピッドの羽だ。
「すごいわ…… 魔優子ちゃん……」
蓮華が呟く。
魔優子が翼を羽ばたかせた。しかし魔優子の体は浮かない。魔優子が必死に翼を羽ばたかせた。その度に周りの空気が巻き上げられていく。
「いけるわ。魔優子ちゃん。そのまま!」
蓮華は魔優子の足下を見た。何度も羽ばたくうちに、魔優子の体は少し浮き出していた。魔優子達の足を絡めとっていた粘液質の物体が、上昇する力に負けて伸び始める。
「何……」
魔族が魔優子を見て愕然と呟く。想像以上の力だったのか呆然とそちらを振り向いていた。そして思わず注意が逸れたのかその手から力が抜けた。
「これで!」
その隙に光助が更に力を込めた。一気に前に光の矢を押し出す。ノドにあてられた左手の恐怖を押し殺して前に出る。
「貴様!」
魔族が光助のノドから左手を放し、両手で矢を持ち直す。左手からも煙と匂いが立ちこめた。
魔優子が一気に上昇する。魔族が自分の力を全て矢に集中したのか、粘液質の物体が急速に力を失い引きちぎられた。
「光助!」
魔優子は背中の羽で一直線に光助に向かって飛んだ。光助の背中が瞬く間に大きくなる。
「魔優子!」
光助は風を切る音を背中に感じた。魔優子が飛び込んでくるのを肌で感じた。
魔優子が鉄さくを飛び越え、光助の隣りに降り立った。
光の矢を持つ光助の両手に、魔優子が自分の両手を重ねた。
「人間め!」
魔族が怨嗟の声を上げた。
魔優子と光助は、お互いを支え合うように肩を触れ合わせた。
光の矢が今まで以上の輝きを放つ。二人分の思いを乗せた矢が、更に明るく輝く。
「ガッ!」
魔族がのけぞり悲鳴を上げた。光の矢が魔族の胸に完全に刺さっていた。
「人間め……」
魔族がもう一度毒づく。そして光の矢が刺さった胸から黒煙が上がる。
その黒煙と一緒に力が漏れるかのように、見る間に魔族の体がしぼんでいく。
魔族の体から水分という水分が、蒸発しているかのようだ。
「そうよ。人間よ」
「何か悪いかよ?」
「くくく……」
魔族は笑いながらひからびてしまうと、
「カハ……」
そのまま灰になって崩れていった。