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CDO14

「背中ががら空きよ、ガサツちゃん! ん? 背中? ガラ空き? ――ッ! しまった! もう一人は?」

 マドカが空中でとっさに顔を上げる。いたはずの人間を探してめまぐるしく首を廻らす。

「背中をがら空きにしているのはむしろ――」

 マドカがとっさに空中で身を翻した。

「――ッ!」

 マドカはもう一人のキューピッドが、己の目の前で弓を構えているのを見て驚きに顔を歪めた。

 誰がどう見ても自分の力で飛んでいるようには見えない。自由落下の途中のような動きで、身を翻したマドカの頭の上からそのキューピッドは現れた。

「私の方だったって訳ね……」

 キューピッドと目が合ったマドカが苦々しげに呟く。

 一点しか見ていない半目がマドカの瞳を貫いた。

「この距離なら、外さないわ……」

「――ッ!」

 同時にマドカの左胸に激痛が走った。

「やるわね……」

 マドカは落ちていくキューピッドを見てうめく。

「あーあ。このままじゃ、地面に激突ね。あの半目ちゃん。ま、知ったこっちゃないけど」

 半目のキューピッドはどんどん小さくなっていく。

 飛ぶ力も矢に回したのだろう。そして全力を矢に回した為、飛ぶ力が回復していない。もとより上手く飛べていた訳でもない。

「あの速度で空に身を投げ出すなんて、大した思い切りと度胸だわ。あんな微力な魔力のくせに。無防備で魔族の前に体を投げ出して、たいした勇気だわ……」

 そこまで呟いてマドカは不快げに顔を歪めた。

「ふん…… 度胸や勇気だなんて、正の感情よ。何を感心しているのよ、私ったら」

 マドカはそのまま自分の左胸に刺さった矢に目を落とす。煙を上げてくすぶっていた。力がそこから抜けていく。

「致命傷ではなさそうね。やっぱりあの半目ちゃんの魔力は弱いのね。でもこれ以上の戦闘は無理ね。私の負けか……」

 マドカはため息を一つついて顔を伏せた。

「そうね。今日のところは私…… 身を引くわ……」

 マドカが芝居がかったしおらしいセリフを吐く。目も伏せ、涙腺まで潤ませてみせた。まるで恋人でも失ったかのように、悲しみに身をうち震わす。

 そしてもう一度矢が刺さった己の体を見下ろした。

 それはあるとすれば心臓の位置だ。その位置を確かめたマドカは涙を振りまきながら顔を上げると、一転して満面の笑みで叫んだ。

「何と言っても、ブロークンハートだしね!」

 マドカが楽しげに宙を蹴る。そのまま瞬く間に上昇し姿が見えなくなった。

「……」

 魔力の限りを放った千佳は吸い込まれるように地面に落ちていった。


「そうね! 矢なら使い方は単純。物理的に突き刺せば効果があるはずよ」

 蓮華が光助の意見に賛同する。魔優子に振り返った。

 光助に矢を届ける役目は、もちろん魔優子のものだ。蓮華は力強く魔優子にうなずく。

「どうしたらいいの? どうやったら光助に届けられるの? 光助の両手、塞がっているじゃない!」

「何を言ってるの、魔優子ちゃん? 手はあるでしょ? あなたも気づいているでしょ?」

「……」

「矢を届けるには…… 決まってるよ。射抜くんだよ」

 蓮華は少し余裕を取り戻した。いやむしろこの状況が蓮華を喜ばし力づけたようだ。

 いつもの笑顔が蓮華の顔に見る間に広がっていく。

「射抜く? 射抜くの? 私が? 光助を…… て、何処を……」

「何を言ってるの? 天使の矢で狙う場所は一つだよ、魔優子ちゃん」

「えっと……」

「大丈夫! 光助くんなら受け止めてくれるよ! 魔優子ちゃんの光の矢!」

 会心の笑みを浮かべて蓮華は続ける。

「思いっきり矢に思いを乗せて! そうしないとすぐ消えちゃうからね!」

「ええっ!」

「乗せるのよ! 魔優子ちゃん! あなたの思い!」

「えっ? そんな! できないって!」

「魔優子ちゃん!」

「――ッ!」

「……分かってるでしょ?」

「……」

 魔優子がうなずいた。弓を構え、弦を引く。今までにない力強い光の矢が弓に現れた。

「こいっ!」

 光助が魔族を押さえつけながら、力の限り上半身を上に伸ばした。

 魔優子の位置からかろうじて光助の胸から上が見える。魔族を押さえながらの光助の左胸は、途切れることなく揺れていた。

 だが魔優子は動じた様子も見せずに狙いを定める。

「さぁ、魔優子ちゃん! 彼のハートを射抜いちゃいなさい!」

「――ッ! 光助!」

 魔優子が光の矢を放つ。光の矢は乗せられた思いのままに、光助に向かって真っすぐ飛んだ。

「――ッ!」

 光助の胸に光の矢が突き刺さった。

 その衝撃と閃光に一瞬目をつむりそうになるのを、光助は必死でこらえよとしてか目に力を入れた。

「うおっ!」

 光助が耐えた。目をつむらない。うちに秘めた思いのままに、光助は真っ直ぐ前を向く。

「魔優子! あの時は悪かった!」

「何よ?」

「カフェだよ! 真っ直ぐ見れなかったんだよ! 珍しくしおらしい顔なんてするから! 急に意識しちまってよ!」

「なっ!」

「あの時の俺の態度が、今回の事態を招いた! もう間違わない! 天使の矢云々以前に、俺が見つめたいのは――」

 光助が胸元の光に耐えながら、それでも真っ直ぐ魔優子の方を見つめる。

「ちょっと、光助! 人前で何を言い出すのよ!」

「ふざけろ! 人間!」

「うお!」

 魔族が一際大きく身じろぎをした。その動きに光助は途中で言葉が詰まってしまう。

「いいところで邪魔すんな!」

 最後に激しい閃光が矢から放たれ辺りが光で包まれた。光が収まると光の矢が光助の胸元に突き刺さっていた。

「届いた…… ありがとな! 魔優子!」

「光助……」

 魔優子が小さくうなずいた。

 同時に光助の手元の天使の輪が完全に光らなくなった。

「人間め!」

 魔族が光助の腕ごと光を失った天使の輪を払いのける。

「うわっ!」

 光助には抵抗する間もなかった。天使の輪が弾き飛ばされるやいなや、光助は光の矢を自分の胸から引き抜いた。

 魔族が光助をはねのけるように立ち上がる。光助は弾き飛ばされ、後ろに倒れそうになるのをかろうじて耐えた。

 魔族が両膝を曲げて飛び上がろうとしている。

「だっ!」

 光助が光の矢を必死で前に突き出した。魔族は跳躍を止め、体を反転して避けた。

 光助は魔族を追い越してしまい思わずたたらを踏む。魔族と光助の位置が入れ替わった。一瞬、魔優子の姿が見える。

「この!」

 光助は反転して矢を払った。あらためて飛び上がりかけた魔族の膝に矢がかすめる。

「グッ!」

 魔族が地面に落ちた。片膝をつく。

「かすっただけでこのダメージ。いける!」

 その魔族の様子に光助は勢いづく。

 その背中で遠く魔優子が見守っていた。

「食らえ!」

 その視線を感じ取ったのか、光助が魔族の胸に矢をもう一度勢いよく突き出す。

「舐めるな!」

 魔族は先端が胸に刺さる寸前――己の右手で矢を掴んだ。魔族の右手から肉の焦げる煙と匂いが立ちこめる。鼻を突く匂いを上げて、煙が辺りに漂い出す。不快な匂いだ。

「観念しやがれ……」

 光助が矢を持つ両手に力を込める。

「生意気だぞ! 人間!」

 魔族は空いている左手を上げようとした。光の矢の力か、その動きはまたぎこちなくゆっくりとだった。それでも確実に光助のノドに向かって伸ばされてくる。

「光助!」

 魔優子が魔族の意図を察し悲鳴を上げる。首を狙っているのだ。

「思い知れ……」

 魔族の指先が光助のノドに触れた。ぞっとするような寒気が光助を襲う。

「――ッ」

 殺される――

 本能がそう告げたのか、どっと冷や汗が光助の額を流れ落ちた。

 だが光助はそれでも矢を手放さない。

「悲鳴ぐらいあげたらどうだ? 人間」

「俺が逃げたら次は魔優子達だろ? 舐めんなよ」

 光助が必死に矢を前に押し出した。

 魔族の左手が完全に光助のノドを覆った。冷たい感触が光助の背筋を凍らせる。

「ダメ…… ダメよ……」

 魔優子が必死に体を捩らせた。足に粘り着いた物体はビクともしない。助けにいけない。

「このっ! 仕方がないわ…… 私の全力を――」

 蓮華が何やら呟いた。

 それより一瞬早く――

「光助!」

 魔優子の背中が光輝いた。


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