CDS2
「だから! 何で私が恋のキューピッドなのよ!」
突抜魔優子は周囲の状況も、己の姿も忘れてそう叫び上げた。勿論、とたんに集まったのは、公園でのひと時を楽しんでいた人々の視線だ。
今は土曜の正午過ぎ。長い平日が終わり、そのご褒美のような穏やかな陽光がもたらされた休日を、多くの人々が満喫しているところだった。
「はっ!」
恥ずかしい格好をしている自分。その恥ずかしさ故に叫び上げてしまったが、返って注目を集めてしまっている。
そのことに気づいたのか魔優子はとっさに蓮華の後ろに隠れた。
「そんなに恥ずかしがらなくっていいのに。素敵なコスチュームに、素敵な仕事でしょ? 胸張ってよ。それにバイトはしたいんでしょ?」
蓮華が呆れた顔で振りかえる。
「だって…… 蓮華が私にだってできる、簡単な仕事だって言うから……」
魔優子の眉が下がった。女子としては少々凛々しい眉だ。それがしょんぼりと下がっていく。
「素敵だよ。だって、似合ってるもの。魔優子ちゃん」
「そ、そう? そうかな……」
「五條くんにはもう見せたの?」
「――ッ! なっ? ななな、何でここで! 何で、あいつの名前が出てくるのよ?」
「自分の胸に訊いたら?」
「ななな! 何か勘違いしてない? わ、私別に光助とは何にもないわよ!」
「光助って呼んでるんだ?」
「――ッ! 呼んでないわよ!」
「今言ったじゃない?」
「ちょ、ちょっと勢い余って口に出ただけよ! 昔の癖が出ただけよ!」
「ふーん」
「ごごご、五條は関係ないの! 私が恋のキューピッドなのが問題なの! あいつはただの幼なじみなの! キャーッ!」
捲し立てながら歩いていた魔優子が悲鳴を上げて何かにぶつかった。
「ごめんなさい!」
魔優子がぶつかったのはふわふわでもこもこの猫の着ぐるみだ。
アイスクリームの移動販売。その脇でチラシを配っていた猫の着ぐるみの背中に、魔優子は自分から思いっきりぶつかっていった。
猫の着ぐるみが何事かと慌てたようにキョロキョロと辺りを見回した。
「ごめんなさい! 私うっかりしてて! 大丈夫ですか? あ、アイス屋さん、今日からなんですか? これチラシですよね? いただいていいですか?」
魔優子は慌てて猫の正面に回り込むや、その手からチラシを一枚受け取った。
猫の着ぐるみが困惑気味に何度も頷く。
「もう蓮華のせいで、要らない恥かいたじゃない!」
魔優子がやはり真っ赤な顔で蓮華を追いかけた。
分かりやすい顔だと言わんばかりに、蓮華がクスクスと笑って迎える。その背中を猫がいつまでも見送った。
「ま、五條くんのことは、今はいっか。それに今胸の内を訊くのは――」
蓮華が不意に立ち止まるとすっと目を細めた。その視線の先には驚いた顔をした男女が公園のベンチに座っていた。
喧噪とともに現れた少女二人。その二人の少女の容姿。
背中の羽に、天使の輪。矢はないが弓も持っている。
どう見てもキューピッドだ。格好だけは。
「こちらの依頼者の彼氏さんだしね」
蓮華はそのシンメトリーの顔に笑顔を浮かべる。だが先程魔優子に向けた笑みとは違い何処か作り物めいている。
そしてその左右対称さ故か、何故か見る者に左右どちらにも逃げ道のない印象を与えていた。
そう、正面にとらえられるとその視線から逃れなれないような錯覚を見る者に覚えさせた。まるで公明正大に人々に接する女神様の前に立ったような錯覚だ。
「CDS――キューピッド・デフォルト・スワップの契約条項にある、抜き打ちのストレステストです。キューピッドスコアを確認させていただきますね。ご協力をお願いします」
蓮華はそう言うと矢のない弓を構えた。
ベンチの男女は驚いたように目を剥いた。
だが何もなかったはずのその弓に光の矢が突如現れ煌めくと、
「ふふん」
蓮華は二人の驚く顔を無視し、実に何げなくその矢を放った。