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CDO6

「ジャーン。これ何だ?」

 マドカが得意げに紙片を見せびらかした。もちろん光助からは手を離さない。

「それは…… 手形? やっぱり…… 約束手形ね?」

 蓮華が悔しそうに魔族を見つめる。千佳も一つ息を呑んだ。

 魔優子は状況が分からず蓮華と魔族を見比べる。

「手――グッ!」

 柚希菜が一言話し出そうとした瞬間に、千佳に拳を叩き込まれた。右肺に入った一撃は柚希菜から言葉の自由を奪う。無言の一撃だった。

「容赦ない…… 容赦ないッスね…… 千佳ッチ…… 確かにつまんないこと、言おうと思ってたッスけど……」

 柚希菜が痛みにこらえながら身を捩った。

「そうよ。私達頼まれたのよ。この手形を割り引いて欲しいって。苅田英里奈からね」

「何てこと…… 手形割引を利用するだなんて……」

 蓮華が歯がみをした。

「手形? 割引? 何のこと?」

 魔優子が眉をひそめる。

「魔族による手形の割引よ」

 蓮華は魔族から目を離さずに言った。

「何か得になるの? 何で割引の話がでてくるの?」

「自分が損をする方の割引なのよ」

 蓮華が真顔で答えた。笑顔を作る余裕もなくしているようだ。

「損をする方? 話が見えないんだけど?」

「成就前の恋愛をいち早く叶えてもらうのよ、魔優子ちゃん。本当は何日とか何ヶ月とかかかる成就までの――人によっては何年もの――期間をすっ飛ばして先に、幸せだけ成就させるのよ。その際早めに実現する見返りとして、本来発生するであろういい思いを、少し割り引いて報酬としていただくから『割引』と言われているわ」

「えっと…… 何か聞きたくない話のような……」

 魔優子が戸惑いがちに応える。

「成就までの苦労は後回しになるわ。成就後の喜びや達成感を先に現実化するの」

「へぇ……」

「本来の期日までに待ち切れない人の為の制度ね。受け取る喜びを間引かれるから、本当は損なのよ。でも待ち切れない切羽詰まった人は、利用せざるを得ないわ。普通は正当な機関に割引を依頼するものなのに…… いきなり魔族に持ち込むなんて……」

 蓮華は女魔族を見た。魔族は嬉しくって仕方がないという笑みを浮かべている。蓮華とは正反対の、この世の悪意を喜ぶ笑みだ。

「なるほど…… 魔族から話を持ち込んだのね…… 何も知らない高校生に……」

「どうなるの?」

 魔優子は蓮華のらしからぬ深刻な口調に、思わず眉をひそめて訊いてしまう。

「問題なのは、払えない場合の取り立てね…… 魔族による取り立ては苛烈よ。それにその恋愛がもとより成就しないものだったなら――不良債権だったなら…… 依頼した本人から取り立てるわ…… 合法的なところに割引を依頼したのなら、取り立ても常識の範囲内なんだけど…… 魔族の割引は違うわ。下手をすれば命までとられかねない…… 『デスカウント』と言われているわ……」

 蓮華の説明に、マドカが舌なめずりをする。

 蓮華の言わんとするところを想像し、思わず顔に気持ちが現れたのだろう。

「そうよ私達は違うわ。払ってもらうものは払ってもらう。たとえ地獄の果てまで追いかけてもね」

「――ッ!」

 マドカの視線にさらされ光助の全身を寒気が襲う。

「何だこれ…… 凄い寒気が……」

「本能が危機を悟っているのよ、五條光助くん」

「な……」

「まぁ、いいじゃない。それに『地獄の果てまで』って言っても、むしろそこが私達のホームだし。歓迎するわよ」

 マドカは殺気を一瞬で引っ込めた。その瞬間だけ見れば邪気のない笑みを浮かべる。

「さて、この手形分かる? 五條光助くん」

「何だよ。知らないぞ」

 光助は震える声を何とか絞り出し、マドカがヒラヒラと振る目の前の見慣れぬ紙片を凝視した。

「手形ってのはね証文みたいなものね! そしてこの手形はね『確かにあなたに気があります。いついつまでにちゃんと気持ちに応えます』っていう、約束を交わした際に発行するものよ!」

 マドカは殊更嬉しそうにはしゃいだ。

「なっ!」

 魔優子が声を上げる。もちろん一緒に眉も上がる。

「えっ!」

 光助も大声を出す。

「身に覚えがないぞ! そんなもの!」

「何を言ってるのよ? しっかり手形に光助くんの名前が書いてあるじゃない」

「なっ!」

「気があります! 気持ちに応えます! って、誰によ!」

「違う違う! 俺は知らないって!」

「男らしくないわね、五條光助くん。この手形の振出人はね――義務を履行する人はね。もちろん五條光助くん。そして受取人は――」

 マドカは嬉しくて仕方がないと言わんばかりに、はしゃいで手形を振り回した。

 目の前のキューピッドの一人が必要以上に動揺しているからだろう。マドカは意地悪な顔をして続ける。

「受取人は苅田英里奈さん。私達の依頼主!」

「そんな……」

 魔優子は膝から崩れ落ちそうになる。だがかろうじて耐えた。

「五條が苅田さんに『気があります』…… 『気持ちに応えます』…… ってこと?」

 突きつけられた現実に、魔優子の頭の中が真っ白になる。

「これは正当な業務よ。人の恋路の邪魔しないで下さる? 恋のキューピッドの皆さん! 特にそこの――眉毛な女の子ちゃん!」

 マドカは高らかに笑い出す。

「あはは!」

 そして光助を掴む手に力を入れると宙に浮き始めた。

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