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CDO5

 駅前の商店街。ビルの谷間の陰から四人のキューピッドが半身を乗り出していた。

 いや、正確には三人だ。蓮華と千佳と柚希菜がビルの向こうの様子を窺っている。蓮華と千佳は真剣に、柚希菜は楽しげに。

 だが魔優子だけはビル陰に隠れたままそちらを見ようとしていなかった。

「お? 出てきたッスよ」

「えっ?」

 柚希菜の言葉に思わず魔優子は振り向いた。先程までとは打って変わりぐっと身を乗り出す。

「むむ? やっぱり何かプレゼントみたいッスね」

 ちょうどアクセサリー店から出てきた光助は、店のロゴの入った小さな紙袋を手に持っている。心なしか顔が上気しているように見える。そしてかなり嬉しそうにも見えた。

「何よ…… 嬉しそうな顔して…… 何買ったのよ…… 誰によ……」

 その様子に魔優子が小さく呟く。

「あれは、魔族ね……」

 光助が外に出たところで、女性の店員が見送りに出た。その店員を見て蓮華が呟く。

「魔族? どうして?」

 千佳が疑問に口を開く。

「そうだね。魔族が店員になりすましていたのなら、プレゼントの購入に手を貸したことになるわね。どちらかと言うと恋の破綻を企んでいるというよりは、仲を取り持っているようにも見えるわね」

「それじゃ、魔族の目的に合わない……」

「多分、魔族の罠ッスよ。プレゼントを開けたら蛙か何かが飛び出して、二人の仲は結局は破局――グワッ!」

「黙れ」

 千佳の正拳が、柚希菜の脇腹にえぐり込まれた。

「――ッ!」

 柚希菜の悲鳴か。千佳の正拳か。どちらかに気がついたのか、女魔族が魔優子達の方に振り向いた。

「気づかれたわ! 魔優子ちゃん、千佳、柚希菜! 気をつけて!」

「こそこそしてないで出てきたら。キューピッドの皆さん」

 女魔族が不敵な笑みを浮かべた。よく見ると先程のSIV騒動の時の魔族だ。

「キューピッド?」

 女魔族の言葉に、その場を去りかけた光助が振り返った。蓮華がまず姿を表す。千佳と柚希菜が続いた。魔優子は物陰で躊躇する。

「ほら。しっかりする……」

 千佳が魔優子の手を引いて、ビルの物陰から引っぱり出した。

「眉っ娘……」

 光助が呟く。

「……」

 魔優子は目を合わせられない。

「光助くん! ダメよ! 下がって!」

 事情が呑み込めないのか、光助は無警戒に女魔族の下に戻ろうと近づいてきた。その様子に気がついた蓮華が叫ぶ。

 だが遅かった。光助は女魔族の横に既に並んでいた。

「はーい。あらためて自己紹介させてもらうわ。気前のいいの値引きで、あなたのお買い物をお手伝いした、気のいい店員さんは仮の姿……」

 女魔族が気さくな感じで光助の肩に右手を回す。

「なっ!」

 女魔族のそのあまりに馴れ馴れしい態度に、魔優子は声と眉を上げた。

「な……」

 光助も一瞬で浮かんだ鳥肌とともに声を上げる。

 女魔族の手の感触はあまりに冷たい。人の温もりが、生命の燃焼が感じられない。

 先程まで気軽に買い物の相談に応じてくれた店員。それが何か急に別の存在に感じられたのだろう。どっと光助の体中に冷や汗が湧き上がった。

「何だ? 何だこの力?」

 光助は逃れようと反射的に身を捩ったが、肩に回った女魔族の腕はビクともしなかった。

「魔族……」

 蓮華が苦々しげに呟く。光助が人質にとられたのだ。

「そう! 私は魔族! 清く、悪く、美しく! あなたの心の隙のパートナー! 魔族よ!」

 女魔族が声だけは陽気に言った。

「さっき会ったキューピッドの皆さんね? まだ名乗ってなかったわね。そうね…… 私の名前は…… マドカ! 円・キャリー・トレード! マドカって呼んで!」

 マドカと名乗った女の魔族は、飛び跳ねんばかりに喜んでいる。自分で名づけた名前が気に入っているようだ。

「あからさまに偽名じゃない」

「いいじゃない! 人の勝手でしょ! まあ、私は魔族だけどね!」

「何だ? ま? 魔族?」

 光助がキューピッド姿の一団と、ただの店員のはずの女性を交互に見やる。嬉しげにはしゃぐ魔族の顔はあまりに近い。思わず顔が赤くなる。

「何赤くなってんのよ!」

「知るか! 俺は顔が赤くなりやすいんだよ!」

「どうだか? 鼻の下まで伸ばしちゃって!」

「お前には関係ないだろ? 眉っ娘!」

「何ですって!」

 魔優子の非難の叫びに光助が叫び返し、これまた魔優子が叫び返す。

 蓮華がその様子にクスクスと声を殺して笑った。

「魔族…… 恋の破綻をもたらすもの……」

「えっ? でも……」

 千佳の呟きに光助が戸惑う。

「『恋の破綻』? 後押しじゃなくって? いい感じの商品選んでくれたんだけど、この店員さん」

 光助が手に持っていた手提げ袋を思わず持ち上げた。

「あ、後押しって、何よ? いい感じの商品って、何のことよ?」

 魔優子が眉をつり上げる。

「だ、だから! ま、眉っ娘には、関係ないだろ!」

「何ですって!」

 往来のど真ん中で、怒鳴り合う二人。片やキューピッドの少女。片や年上の美女に肩を抱かれている少年。道行く人は興味深気に、そして遠巻きに通り過ぎていった。

「『恋の破綻』? 失礼ね。意を決して足を運んだおしゃれなお店。そこで己の場違い感に、罪悪感すら感じている様子の高校生男子」

「なっ? 俺のことか?」

「そう! そんな初々しい男子に声をかけ、目的から予算からすべての相談に乗った親切な美人過ぎるカリスマ女性店員さんがこの私よ」

「自分で美人過ぎるとか、カリスマ店員とか言ってんじゃないわよ」

 蓮華が苦々しく突っ込んだ。

「五條光助くんは、ほくほく顔で店を出たわ。可愛いわよね。恋愛に不慣れな、ウブな高校生男子は!」

「こ、こら! 必要以上にそんなとこ強調すんな!」

「それに、いいプレゼント買ってもらう為に、どんなけ値引きしてあげたと思ってんのよ。思い出して欲しいわね、五條光助くん」

「どんなけッスか?」

 柚希菜が至極真面目に質問をした。かつてない深刻な顔をしていた。

「グ……」

 そんなところに食いつくとは思わなかったのか、千佳は柚希菜の的外れな質問に突っ込みが遅れた。

「ゼロを一個削ったわ…… 大赤字ね……」

 女魔族は眉をひそめて、いかにもさすがに苦しい、痛恨という顔をしてのけた。

「ま、勝手に入り込んだお店が、どんなに赤字でも私には関係がないけどね!」

「羨ましいッス! グワッ!」

 素直な感想を口走る柚希菜に、千佳が二言分の威力を込めたような強烈な回し蹴りを放った。背中を蹴られた柚希菜がその場でのけぞる。

「魔族…… あなた達の目的は、人間の間に負の感情を蔓延させること…… 読めないわね。何が目的なの?」

 蓮華が一瞬の隙も見逃すまいとしてか、一際目を細めてマドカを睨みつけた。

「あら私はこの子の恋の成就にきたのよ。勘違いしないで」

 マドカが不敵な笑みを浮かべながら答える。

「――ッ! まさか!」

 蓮華が何かに気づいたのか魔族の言葉に反応した。

「何を言っている。お前達魔族が、そんな…… 殊勝なことをする訳がない……」

 千佳が抑揚を押し殺した声で言った。だがいつもと違い抑揚を押さえることに失敗している。千佳も何かに気がついたようだ。

「そう思う? いいわ。人の期待を裏切るのって最高!」

 マドカは嬉しげに身震いした。そして懐から何やら、チケット大の大きさの紙片を取り出した。

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