CDO2
「で、那奈がもらった情報。あるシンセティックCDOに組み込まれた格付けのいいCDSが一件、魔族に狙われているらしいんだよ。このシンセティックCDOはいくつかの参照CDSが既に破綻していて、契約上後一つでも破綻すると、支払い義務が発生するんだよね」
「結局、どうなるんですか?」
那奈がオロオロと訊いた。
「保険の引き受け手は大損。シンセティックCDOはその性質上、破綻するCDSそのものに比べて被害規模が大きくなるからね」
「自業自得では? 保険の引き受け手は何事もなければ、保険料がもらえる。何かあれば、保険を支払わなくてはならない。リスクは充分承知のはず……」
千佳が半目を冷たく光らせて口を開いた。。
「そうとも言えるけど、保険を引き受けてくれる側があるから、安心してリスクをとることができるんだよ。一概に引き受け手だけを責めるべきじゃないよ」
「払う側がいるってことは、受け取る側もいるってことでしょ? その…… 全体としてはバランスが合うんじゃないのかな?」
魔優子は難しいことは分からないが、思ったことを率直に口にする。
「想定されている以上の確率で簡単に破綻されては困るんだよね。格付けのいい――つまりそうそう破綻しないと見なされていたレベルまでがあっさり破綻したら、引き受け手は割に合わないよ。それにCDSの市場はお互いのCDSを持ち合っているからね。一度に想定以上の破綻があって、一つでもデフォルトに応じきれないところがあったら、他にも一気に波及するんだよね。システマティックリスクって呼んでいるわ。信愛のドミノ倒しが起こるのだと思ってね。『恋愛大量破綻兵器』と呼ばれる所以ね。そして何より――」
蓮華が一同を見回した。特に魔優子の顔を長く見つめる。
「何より今回は魔族が絡んでるんだよ。破綻する必要のない恋が、歪められて破綻する。そんなの許せる? 魔優子ちゃん?」
「それは――」
魔優子は少し考えようとてしか眉をひそめた。
だが考えるまでもなかったようだ。魔優子は即答する。
「許せないわ」
「そうだよ。キューピッドでなくても許せないよね。では出動よ。那奈、状況を説明して」
「はい。えっと、今回のCDSは女子高生がかけました」
那奈が慌てて資料をめくり出し、その内容を読み上げ始める。
「女子高生…… 同年代なの? すごい」
「内容は恋の成就です。告白して万が一成功しなかった場合に、補償を受けられるようにCDSをかけたとのことです。本人は性格もいいし、ルックスもいい。男女問わず人気があることから、告白されて断る男子はまずいないと判断されて、CDSに高い格付けがついています。これに魔族がからでいるらしいです」
「……」
魔優子が弓を持つ手にぐっと力を込めた。
「魔優子ちゃん、力入ってるね」
「当たり前じゃない、蓮華。自分から告白しようなんて、凄い勇気だよ。私なら無理。応援してあげないと」
「そうッスよ! 悪い魔族はアタシが倒すッスよ!」
「あなたは、暴れたいだけよ……」
「あはは! 千佳ってば、柚希菜のことは何でもお見通しなのね。柚希菜だって、正義感から動いているかもしれないじゃない?」
「うるさい、黙れ…… 加奈子も似たようなもんでしょ……」
「同感。加奈子もムチをふるいたいだけ。同感」
「ええーっ! 評価散々! がっかり!」
「盛り上がってきた! 愛由美ちゃんも、突撃取材にいかなければ!」
「愛由美さんは、私とお留守番です。バックアップどうするんですか?」
「ハチ! 今こそ兄弟のイチとニとサンを呼ぶ時よ! 手伝わせなさい!」
「そんな兄弟いません! てか、那奈です!」
「ほら、那奈。愛由美は縛ってでも、置いていくから続きをお願い」
蓮華が好き勝手に話し出した話題の流れを切るべくか、那奈に続きをうながした。
「はい。余談になりますが、この女子生徒は私達の学校の生徒です」
「うちの?」
「ええ、魔優子さん。それどころか、魔優子さん達のクラスメートの娘です」
「えっ! 知ってる娘?」
魔優子は驚いて目を見開き、これ以上はないぐらいに大きく眉を吊り上げた。
「知ってらっしゃると思いますよ。美人で有名ですし、私のクラスでも話題になったことがあります」
「美人で有名……」
まさか――
という言葉を小さく魔優子は呑み込んだ。
「名前は苅田英里奈さん。告白対象は――」
「――ッ」
苅田英里奈――その名前に魔優子の心臓は大きく一拍鼓動を打った。魔優子の動きが一瞬で固まる。
「五條光助くん。同じくクラスメートの男子です。知ってらっしゃいますか――」
その後の那奈の言葉はもう耳に入らなかったのか、蓮華がその顔を盗み見ても魔優子は全く反応しなかった。