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CDO1

 コラテライズド =担保(は)

 デット     =債務(で)

 オブリゲイション=証券(化)


「CDO?」

 魔優子が地下施設で眉をひそめた。また知らない単語だ。

「そう、CDO――債務担保証券。債務そのものを担保に証券化した、ある意味究極のキューピッドデリバティブの一種だよ」

 蓮華が地下司令室で皆の前に立っていた。心なしかその表情にはいつもの余裕が感じられない。

「はぁ?」

 魔優子以下、全てのキューピッドがオペレーションルームに集められていた。眉間をこれでもかと疑問に寄せた魔優子同様、蓮華の説明に皆が分からないという顔をした。

「CDOはそうね。誰かが借りている債務があるとするわね。その債務を回収する権利――つまり債権の持つ資産価値を裏づけに、もう一度証券化するの。最初に債権を持っていた人は、その時点で最初の債権にあったリスクを他の人に移し替えることができるわ。こうして作られた証券は、高い利回りがついているものが多いから、買った人も喜ぶんだよね。こうすることで、最初の債務に対するリスクが分散されるの。そしてより多くリスクをとっても安心だから次の債務への需要と供給が生まれるの。勿論新たに供給されたそれも証券化して、他の人にリスクを移転するわ。利回りが高いから引き受け手も引きも切らないしね。で、最終的にリスクを広く薄く多くの人が持つことになるって訳。それとこのCDOには幾つかの種類があるわ。何て言うか人の欲望の数だけね」

「ええっと……」

「そして今回はその中のシンセティックCDOってやつ。シンセティックは『合成された』って意味なんだけど。幾つか種類のあるCDOの中でシンセティックCDOはCDSのようなキューピッドデリバティブを、参照して作られているの」

「債務? 担保? 合成? 参照?」

 魔優子の眉間のシワはますます深くなる。

「そうだよ。沢山の――それこそ百以上のCDSを参照対象に選んで、シンセティックCDOとして契約するの。その参照するCDSの内、何パーセントかがデフォルトになったら、そのシンセティックCDOもデフォルト――という契約を作るの。証券であるいくつかのCDSをひとまとめにして、もう一回証券化して取引を成立させるのね」

「はぁ……」

 魔優子は気の抜けた返事しかできない。

「愛由美、分かる?」

「ぐう……」

「やっぱりね」

「まあ、大事なところは組み込まれているCDSのいくつかが破綻したら、それを条件に発動ってところね。数件のCDSの破綻で、残りのCDSも破綻と同じ扱いになるんだよ。残りが実際に破綻していなくても、そのシンセティックCDOの契約を結んだ者同士の補償としてはね。だから、実際に破綻したその数件のCDSとは、比較にならない規模の補償が発生するわ」

「分からないわ」

「だろうね、魔優子ちゃん。まあ、今問題なのは、一つ一つのCDSはそれを契約した本人の、基本的には単独の問題だったんだけど、シンセティックCDOに組み込まれたCDSは、そうはいかないというところだよ。多数のCDSを、一つにまとめているから規模が違うの。シンセティックCDOに組み込まれたCDSは簡単に破綻してもらっては困るんだよね」

「ただのギャンブルのようにも、聞こえるけど……」

 千佳が尋ねる。

「それに、もはや補償でも証券でも、何でもないような気がする……」

「そうだね、千佳。そう言う人もいるのは、確かかな」

「でも何で最初から、そんな危ない保険をかけるんだろ?」。

「それはね、魔優子ちゃん。CDSを考え出したり、保険を組んだ時は危ないとは思わなかったんだよ。こういうのはその債権が安全かどうか確かめる格付けをする会社があるんだけど、その格付けも完璧じゃなくってね。元より劣後構造や再証券化とか。工学技術を使ってリスクを分散しているつもりだったからね。その格付け会社の高い格付けが得られているシンセティックCDOは特にね。格付けが甘かったのではないかということと、サブブライドローン問題で信愛収縮が始まったことが、今になって二重に重しになっているかな。何と言うか互いの背中を押し合っている感じでね。恋の破綻が信愛収縮を呼び、信愛収縮が恋の破綻をまた発生させる。負の連鎖だね」

「不可抗力ってこと?」

 魔優子が何とかそうとだけ質問する。

「確かに。中にはCDSのプロテクションの買い手――つまり破綻時に補償を受けられる方になって、そのCDSをデフォルトさせようとする人もいなくはないわ。そうすれば払ったプレミアム――つまり保証金以上の感情を、回収することができるからね」

 蓮華はここで一息置いた。

「自分自身のデフォルトに対して、大きなCDSをかける。このことで自分自身は『大き過ぎて潰せない』状態にする。結果周りに助けてもうらう。公的な正の感情を使ってでもね。最初から意図したものかは分からないけど、結果そうなっていることもあるかな。強欲だとか、恥をしれとか、禿鷹だとか言われる人もいることはいるわね。ホント人間って欲深いわ」

 蓮華が皆を見回した。

 真面目な顔。不真面目な顔。それぞれだが皆が蓮華の話に聞き入っている。

「でもね、CDSを組んだことも、格付け会社が格づけすることも、サブブライド層に貸しつけたのも、どれも絶対的に悪いことではなかったんだよ。保険をかけたくなる気持ちは誰にでもあるし、誰かがそのための基準を決めなきゃなんないし。そして何より、誰だって夢を見たい…… それにできることなら、少しでも多くいい思いがしたい。そこに目をつけて、後のことを考えずに、自分だけいい思いをしようとした人とかもいて、皆少しずつ間違ったんだね」

 魔優子が真剣な顔で頷いた。蓮華はその様子に満足げに頷いた。

「だからといって、哀しい結末は誰だって嫌なんだよ。信愛収縮――キューピッドクランチや、世界同時不信。ましてや信愛危機――キューピッドクライシスなんていう外的要因で、実る恋も実らないなんて、あってはいけないことだよ」

「どうしたらいいの、蓮華?」

 魔優子が誰もよりも先に口を開いた。

「そうね。世界同時不信も信愛危機も、人を信じない世の中が不幸を加速させるわ」

「……」

「だから世界の為に、キューピッドの力で皆の心の絆を確かめるんだよ」

 蓮華の最後の一言に、皆が一斉に頷いた。

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