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SIV10

「ふん、防がれたか。一撃だと思ったんがな…… 腹が立つ」

 ざっという音を立てて魔族が二人に一歩近づいた。

「天使の力は人間の正の力を魔力で放つもの。言わば電力のワット。電流と電圧の関係だ。魔力と正の感情の強いものが力を持つ」

「何よ……」

 千佳が両手を開いて未だ立てない柚希菜をかばおうとした。

「そちらのキューピッドは己の単純明快さを――そう、明るさを正の力にしているようだな。それを有り余る魔力の素質が余すことなく引き出している」

 魔族はゆっくりと千佳達に近づいてくる。

「……」

「単純だが、我ら魔族にとっては鬱陶しい敵だ」

「ぬおお…… ファイトッス、アタシ!」

 柚希菜がぐぐぐと力を入れて何とか立ち上がった。それに合わせて千佳も立ち上がる。

「だがもっと腹が立つのは、今のお前だ。力の弱いキューピッドよ」

「何よ……」

「魔力もろくにないくせに、仲間を守りたいという正の感情だけで、俺の攻撃を防いだ」

「それが何ッスか? 千佳はやればできる娘ッスよ!」

 柚希菜がふらつきながら弓を構えた。

「鬱陶しいので、消えてももらいたい。そういうことだ」

 魔族が左手を天高く振り上げた。黒い光がその左手にまとわりつくように輝き出した。

「柚希菜…… 大きいのがくるわよ……」

「分かってるッスよ……」

 柚希菜が天使の輪を左手首で輝かせた。だがそれは先程のように巨大化する訳でもなければ、力強い光も放っていない。

「そんな力で防ごうとは。舐められたものだ!」

 魔族が力一杯左手を振り下ろした。一際鋭い黒い光の矢が柚希菜の天使の輪を襲う。

「ぐわ……」

 柚希菜がそれでも左手一本でその攻撃を防ぐ。黒い光が閃光を発して霧散し、天使の輪の光が犠牲を払ったかのように急速にその光を失っていく。

「そう何度ももつかな?」

 魔族が間髪を入れずに黒い光を放った。

「千佳ッチ!」

「柚希菜!」

 二人が名前を呼び合って身を寄せ合う。少しでも力を出さんとしてか互いの体を力強く掴んだ。

 その二人の前に――

「させないわ!」

 そう叫びながら突如空から現れた蓮華が降り立った。同時に左手首につけていた天使の輪で黒い光の矢を弾き跳ばす。

「貴様!」

 魔族が怒りに顔を歪める。

「観念なさい!」

 蓮華が地面を蹴った。一気に魔族との距離を詰める。

「やっ!」

 蓮華が左手をふるった。天使の輪が魔族の身をとらえようとする。その左手を魔族が右手で押さえた。

 代わりに黒い光を放とうとした魔族の左手を、こちらは蓮華がとっさに押さえた。

「おのれ……」

「この……」

 二人は息も触れそうな程間近で睨み合った。

「まるで直接天使の力に触れているかのよう…… 貴様…… 人間ではないな……」

 魔族が蓮華と触れている左右の己の腕を見て呟いた。魔族の両の手から煙が上がっていた。まるで蓮華に触れることで、魔族の身が焼かれているかのようだ。

「人間よ。少なくとも、人間並みに力は落としているわ」

「酔狂な…… 何の為に……」

「人間の力を信じているからよ! 魔優子ちゃん!」

 蓮華がその名を呼んで僅かに身を屈めた。

「――ッ!」

 魔族が驚き目を剥いた。蓮華の背中の向こう。追い詰めた二人の前に、新しいキューピッドが弓を構えて立っていた。

 魔優子だ。

 魔優子は力強いまでの光の矢をその弓に出現させていた。

「食らいなさい!」

 魔優子が矢を放った。

「――ッ!」

 蓮華の肩をかすめるように、その魔優子の矢は魔族の右肩に突き刺さる。

「ぐおお……」

 矢を肩に食らった魔族が、蓮華を突き放してふらつきながら身を翻した。矢が突き刺さった肩から猛烈な勢いで煙が上がった。

「正の感情の力か…… 何だ? ここまでの力の源は何だ……」

 魔族が苦しげに身を捩る。震える体を無理に押さえつけながら、魔族は光の矢に手をかけた。その矢を掴んだ腕からも煙が上がる。

「年頃の女の子なら、当たり前に持っている感情よ」

「おのれ……」

 蓮華の言葉に魔族が吐き捨てるように呟くと、一気に肩から矢を引き抜いた。

「覚えておくぞ、そこのキューピッド!」

 魔族が天使の矢を投げ捨て、魔優子だけを睨みつけて吠える。

「貴様だけは、俺の手で殺す。生まれてきたことなど、後悔する程の負の感情に苛んで死んでいくいい!」

「何よ……」

 魔優子がごくりと息を呑んだ。

「突抜さん? 耳を貸しちゃダメよ……」

 千佳が魔優子の前に出た。

「千佳ッチ。前に出ても役に立たないッスよ」

 柚希菜が二人の更に前に出た。この短い時間で魔力と希望を取り戻したのか、その左手の天使の輪は最初の輝きを取り戻していた。

「蓮華! 皆! 無事なの?」

「焦燥。間に合った。焦燥」

 タクシーがタイヤを軋ませて河川敷の向こうに急停車した。同時に飛び出してきたのは二人のキューピッドだ。加奈子と唯がそれぞれムチと弓を手に駆けてくる。

「おのれ…… 数が揃ってきたか……」

 魔族が病的な眼差しで周囲を見回した。だがやはり最後に目を向けたのは魔優子だ。

「何よ……」

「俺は魔族だ。感謝などという言葉は使わない。だが覚えておけ。お前のお陰で俺は復讐という負の感情で、この胸を満たすことができる。これは魔族にとって限りないまでの喜び。そして力となる」

「な……」

「この人数を相手にする気はない。それに次の仕事が待っているからな。ここでおいとまさせてもらおう。だが、この復讐はいつか遂げさせてもらうぞ」

 魔族の姿がぐにゃりと歪んだ。

「逃さないわ!」

 蓮華は叫ぶや否や後ろに跳んだ。その跳躍で距離をとるや天使の弓を構える。

「ははは!」

 魔族が高らかに笑った。その笑い声とともに、魔族の姿が無数の眷属を組み上げたものに変わる。『笑っている』だけの顔をした眷属だ。

 数え切れない程の『笑っている』だけの顔が魔族の体を構成していた。

「やっ!」

 そして蓮華の光の矢が魔族の体に襲いかかると、眷属が一気に分散した。巣から立ち去るコウモリの群れよろしく、眷属が四方に散っていく。

「ななな……」

 その眷属は駆け寄ってきた加奈子や唯にも、死闘を繰り広げた千佳や柚希菜にも目もくれず、ただ魔優子にだけ『笑っている』だけの顔を何処までも向けながら去っていく。

「不快だわ……」

 やはり眷属に無視される形となっていた蓮華が呟くと、眷属の姿はもう見えなくなった。

「蓮華……」

 千佳が蓮華に近づいた。加奈子が同じくその蓮華に走り寄り、唯が魔優子と柚希菜の下に駆け寄った。

「千佳。大丈夫だった?」

「ええ、蓮華。でも、あの魔族。『次の仕事』がどうとか……」

「そうね。すでに次の悪事を企んで――」

 蓮華が語尾を呑み込んだ。己の頭の中に集中するかのように黙り込んでしまう。

「ええ。分かったわ、那奈」

 那奈からの思念だったようだ。蓮華が真剣な顔で独り言のように呟くと、心配げに見つめるキューピッド達に振り向いた。

「急いで会社に戻るわよ」

 蓮華がいつになく真剣な顔で皆を見回す。

「CDOが――CDSとは比べ物にならない案件が、火を噴きそうよ……」

 蓮華は聞き慣れない略語を口にし、くるりと背を向けると率先して歩き出した。

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