SIV9
「おりゃ!」
柚希菜が突き出していた右手を引っ込めるや、まるで何かの変身のポーズかのように天に左手を突き上げた。
突き出した左手は天使の輪の中に入るや、触れてもいないのにそれを持ち上げた。
一瞬で柚希菜の光の輪が巨大化する。
「ほほう」
瞬きするような時間で何倍もの大きさになった天使の輪。その輪が作り出した目に見えない力場のようなものに阻まれ、魔族が放った黒い光の矢が全て弾き跳ばされた。
「見たッスか? 魔族の力なんて、アタシには効かないッスよ!」
「そのようだな。だがそちらの力の弱い方のキューピッドはどうかな?」
「……」
柚希菜の天使の輪の中に入り込み、完全に守られる形となっている千佳が魔族を睨みつけた。
「おやおや、態度だけは一人前だな。仲間に守ってもらわなくては、リーダー風一つ吹かせられない半端な天使のくせにな」
「だ――」
「黙るッスよ!」
千佳が口を開く前に柚希菜が吠えた。その一瞬で掲げていた天使の輪が更に巨大化する。
もはや輪は二人を守る防具ではなく、まるでそのような武器でもあるかのように巨大化して魔族に襲いかかった。
「はは! 凄まじいまでの魔力だ! だが――」
魔族は満足げに叫ぶと宙に飛び上がった。その跳躍で巨大化した天使の輪を避けると、上空から千佳と柚希菜を見下ろす。
「そんなに巨大では、むしろ中心の防御が疎かではないのかな?」
魔族が上空から左手を振り下ろした。その振り下ろした腕から放たれたのはやはり黒い光の矢だ。
「やらせないッスよ!」
柚希菜が左腕を更に天に突き出すと、その巨大な天使の輪が空気を押し上げて持ち上がる。
魔族の黒い光の攻撃が天使の輪の作り出す力場にやられて次々と消滅する。
「柚希菜!」
「任せるッスよ!」
「何をかね?」
魔族が降下してきていた。先の攻撃が霧散する衝撃と閃光を目くらましに、魔族が足裏を向けて降下してくる。
「物理的な攻撃にも強いかね?」
「当たり前ッス! 直接攻撃でも、アタシには効かないッスよ!」
その言葉通り魔族の蹴りは柚希菜と千佳の直前で止まる。光の輪の力が魔族を押し退ける。
「はは、何処までも単純なキューピッドだ!」
だが魔族は余裕を見せるかのように笑う。
「柚希菜! 下よ!」
「何と!」
そう、魔族本人に気をとられていた二人は、下から回り込んでいたその眷属達に気づくのが遅れた。いつの間にか魔族によって放たれていたらしきそれは、コウモリが巣に群がるかのような数と勢いで二人に襲いかかる。
「最初から、こっちが本命だったのね……」
地を這うように二人に近づく矮小な黒いもの達。それはやはり『笑っている』穴を見せつけて、天使の輪の下をくぐり抜けるように二人に迫る。
「く……」
柚希菜が天使の輪をもとの大きさに戻した。
「この! 舐めるなッス!」
そのまま左手を振り払い上空の魔族を振り払うや、柚希菜は勢いよく体を翻した。河川敷の砂砂利を巻き上げて柚希菜の体が一回転する。
「……」
魔族の眷属――矮小な黒いものが『笑った』まま次々と弾き跳ばされた。
「この数を一瞬で! やるな!」
弾き跳ばされた眷属。その合間を縫って、一度は振り払われた魔族が地面を蹴った。
「しまったッス!」
眷属を弾き跳ばす為に一回転していた柚希菜は、その魔族の攻撃に背中を曝していた。
「キャーッ!」
だが悲鳴を上げて弾き跳ばされたのは千佳の方だった。自分でも天使の輪で身を守ろうとしたようだが、千佳はなす術もなく宙を飛んでいった。
「千佳ッチ!」
柚希菜がその千佳を助けるべく、砂砂利を蹴り飛ばして地面を蹴る。
「土台、足手まといを守りながら戦うは、無理なのだよ。こんな風にな!」
「――ッ!」
「柚希菜!」
千佳を空中で抱えた柚希菜。その柚希菜の背中を魔族の蹴りが襲った。柚希菜が声にならない悲鳴を上げ、千佳がその名を思わず呼ぶ。
柚希菜が千佳を抱えながら、めり込むように地面にうつぶせに突っ込んだ。だがあくまで柚希菜は千佳を守ったようだ。千佳が地面に激突しないようにか、柚希菜だけが地面を滑るように着地していた。
「……大丈夫ッスか?」
「自分の心配をしなさいよ……」
千佳が柚希菜の腕を振りほどき、とっさにその場で立て膝で座り込んだ。
「指示役がいないと、アタシは戦えないッスからね……」
柚希菜が半身を砂利塗れにしながら立ち上がろうとした。
「ぐ……」
だが柚希菜はそのままもう一度突っ伏してしまう。
「柚希菜!」
「大丈夫ッス! 千佳はアタシが守るッスよ……」
「まだ、そんなこと言って!」
「終わりだな……」
魔族が余裕からかその場を動かず左腕だけをふるった。一条の黒い光の矢が千佳と柚希菜を目がけて放たれる。
「この…… させないわ!」
千佳がとっさに天使の輪を左手につけ替えた。そのまま防御に前に突き出そうとする。
だが千佳の天使の輪は――
「キャーッ!」
構える間もなく黒い光に弾き跳ばされた。