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SIV8

「もう、早く会社に帰るわよ」

 いつまでもショーウインドウに釘づけになっている少女三人に、蓮華が呆れたように声をかけた。

「……」

 猫の着ぐるみがその中でも魔優子の背中に近寄ろうとしてか、意を決したように一歩前に出た。

「ん?」

 その様子に蓮華が振り向く。

 だが――

「――ッ!」

 その脳裏に何かが煌めき、蓮華の興味を一気にそちらに引っ張った。

 思念だ。

 見ればキューピッド全員がはっと顔を上げている。皆が一斉に思念を受信したのだろう。

「蓮華さん! チームブライドから応援要請です!」

 皆の脳裏に那奈の悲鳴めいた思念が届けられた。

「どうしたの、那奈?」

「先に追いかけていた魔族をセンサーで発見! これを追跡にチームブライドの二人が出ました! でも、柚希菜さんがやられちゃったらしくって!」

「えっ?」

 魔優子が驚きに眉を跳ね上げた。

「分かったわ、那奈! 愛由美、場所は!」

「場所は近所の河川敷だよ、蓮華先生! 愛由美ちゃんがナビるから、とりあえずそこから北東に飛んで!」

 那奈の思念に続いて愛由美の思念が皆に届けられる。

「魔優子ちゃん! 飛ぶわよ!」

 そう言うや否や蓮華が空に舞い上がった。

「待って、蓮華!」

 魔優子がその後を間髪入れずに飛び上がる。背中の羽が光を放ちながら羽ばたいた。

 猫の着ぐるみが驚いたようにその姿を見上げた。

「飛ばすわよ、魔優子ちゃん!」

「分かったわ! あれ? あの二人は?」

 魔優子は地上に振りかえり、アクセサリー屋の前を慌てて走り出した加奈子と唯の姿を確かめる。

「誰でも魔優子ちゃんみたいに、自在に力が使える訳じゃないの。あの二人は飛ぶより、近くで車を拾った方が早いわ」

「えっ? そうなの?」

「そうよ。魔優子ちゃんは特別なの」

「そうかな?」

 魔優子はもう一度地上を振りかえった。

 地上にはタクシーに駆け込む二人の他に、一人取り残された猫の着ぐるみの姿が見えた。

「……」

 猫の着ぐるみはアクセサリーのチラシを片手に、いつまでも魔優子の姿を目で追っていた。


「腹立つッスよ!」

 ずぶ濡れになりながら柚希菜が水中から現れた。水しぶきを盛大に立ち上げて柚希菜は落ちたと思しき川の中から空中に飛び出した。

 自慢のツインテールがべったりとコスチュームに張りついていた。髪は瞼にもかかり柚希菜の視界を塞いでいた。柚希菜は首を振りながら己が元いた場所へと飛んで帰る。

 飛沫をまき散らすそんな柚希菜の目に入ってきたのは、魔族に弾き跳ばされる千佳だ。

「――ッ! 千佳ッチ!」

 柚希菜同様川の中に落ちそうになった千佳を、柚希菜がとっさに受け止める。

「大丈夫ッスか?」

 柚希菜がぐんと急上昇した。人一人抱えているというのにまるでそれを苦に感じていないようだ。柚希菜は安全な位置まで上昇すると急降下し出した。

「大丈夫じゃないわ。ずぶ濡れじゃない。私まで風邪引くわ……」

「何を! 助けてあげたッスよ!」

 柚希菜が河川敷に着地した。市民の憩いの公園を兼ねた広い河川敷だ。ベンチや木陰で休んでいた人々が突然の騒ぎに目を見張っていた。

「私は大丈夫。天使の輪に守られたし。それと思念で応援も呼んでおいたわ……」

 柚希菜に降ろしてもらいながら千佳が口を開く。

「応援なんていらないッスよ!」

「盛大に川に突き落とされておいて、説得力なんてないわよ……」

「ぐぬぬ……」

「ほう、天使の輪に守られたか? 力の弱そうな方のキューピッドよ」

 男の魔族が嫌みな笑みを向けていた。少しばかり胸を張り、何処までも人を下に見ようとしている笑みをしていた。

 先に千佳達四人が退けた魔族だ。あの時と同じく一見の見た目だけは普通のサラリーマンに見える。

 だが魔族が放つ気は違う。その異様な雰囲気に周囲の人々がとっさに逃げ出した。本能で寒気を感じさせる何か。それがゆきずりの人間を訳も分からず逃げ惑わせた。

「黙れ……」

「黙れとはつれない。それに、俺が何をしたと言う?」

「恋路を語る河川敷の恋人達の邪魔だ……」

「見ていたか? 確かに。恋人達の耳元に囁きかけてやった。本当にその相手でいいのか? とな」

「余計なお世話よ。自分の恋人ぐらい、皆自分で見極めるわ……」

「だが心の奥底で疑問を抱えている人間の実に多いこと。人の負の感情を扱う我ら魔族には丸分かりだ。誰かがそれを教えてやるべきではないのか?」

「何を! お前ら魔族が――」

「柚希菜、黙ってなさい……」

 何か言いかけた柚希菜を千佳が手で制する。

「妥協や、猜疑、欺瞞の思念が漏れ出ている言っているのだ。本命が他にいるのに、とりあえず今はこの相手でいいという考え。本当は遊ばれているだけではないかと、相手を信じていない気持ち。相手の悪い点は何かの勘違いに違いないと思い込もうとする自己暗示にも似た現実逃避の心――」

「……」

「それらに向き合えるように、少々魔力的な力を乗せて耳元で囁いてやっただけだよ」

「それが余計なお世話だと言っている…… お前らが望んでいるのは、破局という人間の負の感情の爆発する瞬間だけだ……」

「それはそれで恋の一面はず。何故打算や虚偽をうちに抱えたままで、その破局を避けようとする? 問題を先伸ばしているだけな上に、己と相手を騙しているのはいいのか? 今だけ楽しむのは、人間の本当に正の感情の発露か?」

 魔族が口元をにっと開いた。勿論人を見下した笑みで歪んでいる。

「黙れ」

「『黙れ』とは、やはりつれない言葉だな。もう少し口数を多くしたらどうかね?」

「黙れ。お前ら魔族は口が上手い。人を惑わせる為の口数ならいくらでも増えるお前らと一緒にするな……」

「ほほう……」

「それに元より人間に完璧などない。それなのにお前らは人の話を引き出し掻き回すことで、人々から罪悪感を引き出し混乱させる……」

「何が悪い? 正義だ愛だとほざきながら、一皮むけば自分の為だけに言葉を選び、物事を決めるお前ら人間が悪いんだろ?」

「黙れ」

「都合が悪くなれば、それか? 見ればリーダー気取りのよう」

「?」

「さぞかし、一言で人を動かすのは気分がいいものだろうな」

「何を……」

「お前は自分に酔っているだけだよ。魔族という分かりやすい悪に対峙し、恋のキューピッドになり切り他人の幸福を手助けしている自分にな。そして同年代の人間を一言二言で動かす自分にな」

「な――」

「何を! 千佳ッチはシャイだから、あまり他人に心を開かないだけッスよ!」

「柚希菜…… 黙ってなさい……」

「くくく。そちらのキューピッドの方が、余程人間らしい。君はもしかすると、我々魔族寄りの人間かもな」

「な……」

 千佳がギリリと奥歯を噛んだ。

「そうだ。そんな風に感情を表に出せばいいのだ。そうすれば自由が待っている。誰が誰を傷つけようとも、何とも思わない自由がな。他人を気にしないという自由がな。そして君が信じる正しいことを思う存分口にすることのできる自由がな」

「黙れ!」

「おやおや。恋愛は口数多く、口が上手い方が有利だよ。何故黙る必要がある?」

「何が恋愛だ! お前ら――グワッ!」

「黙れ!」

 柚希菜が一際声を張上げようとしたところを、千佳が肘打ちを脇腹に入れて制した。

「魔族と同じ扱い…… あんまりッスよ……」

 柚希菜が膝をつきながら脇腹の痛みに耐えた。

「お仲間に肘打ちとはひどいな」

「黙れ、魔族。柚希菜の心の隙はつかせない……」

 千佳が弓をぐっと握り締めた。

「千佳ッチの心の隙もッスよ……」

 柚希菜も心底痛そうに脇腹を捩りながら、見せつけるように右手で弓を前に突き出した。

「ふん。最後は力による制裁か? それの何処が正の感情の為なのだ?」

 男の魔族はそう言って笑うと、おもむろに左手を二人のキューピッドに向けた。

 その手の平から妖しい黒い光が放電するように輝き出す。

「まあ、望むところだがな!」

 その言葉とともに魔族は黒い光の矢を放った。

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