CDS1
キューピッド=恋の開始(に際し)
デフォルト =恋の破綻(があった場合)
スワップ =恋の補償(として貴方に――)
長大な光が天を貫いた。
矮小な何かがその光に慌てて宙で身を翻す。黒い陰のような矮小なものだ。それが空を逃げ惑うように飛んでいた。勿論逃げ惑う相手はその光だった。
その長大な光は次々と矮小なものに襲いかかる。
「当たってないわよ……」
眠たげに半目を開けた少女が、昼の明るい空を見上げて呆れたようにそう呟く。その眩しげな眼差しに相応しい寝起きのような小さな声だ。
少女は人気のない市民グラウンドで興味無さげに昼下がりの空を見上げていた。
少女の背中には天使の羽よろしく、白い翼が生えていた。頭上には光の輪が浮いている。その手には矢のない弓を持っていた。
そう、それはデザイナーズ制服顔負けの天使のコスチュームだ。
「分かってるッスよ!」
長い髪を両サイドでまとめた別の少女がその声に元気に応えた。こちらも同じ姿をしている。
同時に少女の手元でギリリと何か竹をしならせるような音がした。
やはり弓だ。
このツインテールの少女は天を目がけて弓を構えていた。少女は矢のない弓を天に向かって引き絞っていた。
「オリャ!」
だが少女が気合いを入れると当時に、その弓に矢が現れる。
現れたのは光の矢。
放電をそのまま固めたかのような荒々しい光が、その手元に光の矢として突如現れていた。
少女の狙いは空を舞う黒い矮小なものだろう。光の矢が現れるや、その狙いを定めるために矮小なものをその矢の先で追いかけだした。
「食らうッスよ!」
ツインテールの少女がそう叫び上げると、光の矢は音を立てて放たれた。そして弦を放れるや否や、その矢は光の尾を引いて飛んでいく。
だがその長大な矢は、あっさりと矮小なものに避けられる。そのふらふらとした小さな陰の動きは、何処か人をバカにしているようにも見える。
「もっとよく狙いなさいよ……」
「自分でちゃんと射れるようになってから、言って欲しいッスね」
「ふん……」
矮小なものは空中で矢を避けながらも、逃げ出そうとはしなかった。
グラウンドにいる少女二人に今にも飛びかからんとしてか、空中でバランスをとり地面の様子をうかがっている。
顔はない。顔と言うか表情がない。黒い顔らしき部分に、目と口の穴が白く空いているだけだ。それも厭らしい笑みの形に。確かに記号として『笑っている』。だがそれが表情だとはとても思えない。
その顔らしき部分の下に、おざなりな黒い体がついていた。手足があって、尻尾があり、羽が生えている。そんな簡単な体だ。
「オリャ! オリャ! オリャ!」
そんな黒い謎の存在に、ツインテールの少女は矢を乱射した。何もない弓に光の矢が現れるや、少女は次々と引き切った弦を解き放つ。
「外れ。外れ。外れ……」
そしてその度に矮小なものに避けられ、半目の少女に呆れられた。
「だぁー! 魔族の眷属風情が、ちょこまかとし過ぎッスよ!」
「そんなんじゃ、我が社のエースの座は、三組の新人さんに奪われるわね……」
「何を! 魔族退治はアタシの仕事ッスよ!」
ツインテールの少女が目を剥いた。己が魔族の眷属と呼んだ矮小なものを、その瞳の光で先に射抜く。
「――ッ!」
次の瞬間、長大なだけでなく鋭利な光の矢がその矮小なものを実際に貫いた。
「……」
矮小なものは己の体に空いた穴に一瞬目を落としたが、やはり『笑っているだけ』の顔をもう一度上げると力なく落ちていった。
「魔族の眷属を撃破。やればできるじゃない……」
散り散りになってグラウンドに落ちてきた矮小なものの残骸。それを見下ろして半目の少女が呟く。
「魔族退治も、恋のキューピッドも! アタシがこの会社のエースッスよ!」
「恋のキューピッドの方は、あなたは別にエースでも何でもないわよ……」
「何を! ひどいッスね!」
と抗議の声を上げるツインテールの少女の剣幕を余所に、半目の少女は地面でまだもがいている矮小なものを見下ろした。
「ふん…… 魔族――人の幸せを踏みにじるもの……」
半目の少女はそう呟くと、嫌悪感も露に矮小なものの残骸を踏みつけた。