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SIV6

「ハイッ!」

 加奈子が左手をふるう。眩い閃光とともに、再度公園の地面にムチを打ちつけた。

「やっぱり天使のムチなの? 何それ?」

「そうだよ。でも正確に言うと違うかな」

 素っ頓狂な声を上げる魔優子に、蓮華が笑いながら答える。

 加奈子が下から上にムチをふるった。魔優子の目の前でムチがしなる。

「ひゃっ!」

 魔優子が悲鳴を上げる。

 自分の顔を叩かんばかりの近さ――文字通り目の前でムチはしなった。ムチは魔優子の眼前でピンと伸び切り、慣性と重力の釣り合った状態で空中に止まっている。

 魔優子は目の前のムチを見た。小さな輪が数珠つなぎになっていた。その輪は一つ一つが光っている。小さな天使の輪のチェーンだ。

「て、天使の輪?」

「そう、天使の輪のチェーン。あたしのムチ。気持ちいいわよ。味わってみる?」

 加奈子がムチを、魔優子の足下の地面に打ちつける。衝撃とともに地面がえぐれた。

「え、遠慮します……」

「……」

 唯が黙って弓を構えた。魔優子のそれとは違う、細く長い矢がその手元に現れた。

「あら残念…… じゃあ! こっちで!」

 加奈子がムチをしならせた。高速の一撃が魔族の右手の甲を直撃する。

「くっ! 痛いわね!」

 魔族が思わず右手を高次のアゴから外した。だがまだその懐に高次を抱え込んだままだ。

「興奮。くらいなさい。興奮」

 そう言うと唯は弦から手を離す。その瞬間――

「――ッ!」

 一条の光が魔族の頬をかすめて消えた。

「なっ?」

 声も出せなかった魔族が愕然と目を見開く。

「何、今の? 光の矢? 速すぎない?」

 驚いたのは魔優子もだ。あれでは光の矢ではなく、光そのものだ。

「疑問。驚いた。疑問」

「驚いたわよ…… そりゃ」

「自慢。これは光の力。そう、これは光の量子としての特性を生かした力。光はもとより波のようにも振舞い、粒のようにも振舞う量子というもの。魔力で光子を集めたものが天使の矢だとすると、その力は光子の粒をぶつけることでできていると私は仮説を立てた。この場合は光子と電子の関係、つまり光電効果が参考になる。つまり光の粒を力任せにぶつけている感じ。でも光は粒のようにも振る舞い、波のようにも振舞うもの。光は量子井戸と呼ばれるものを利用して波長を揃えることで、何処までもまっすぐに発射することができる。これは光の波としての特性。普通の光の矢をうまく使いこなせない私は、粒としてではなく、波として光の矢を扱うことに――」

「はは、唯。今取り込み中だよ。物理講釈はまた今度にお願いね」

 長々とそれでいて淡々と話し出した唯に、蓮華が呆れて口を挟む。

「つまり波長の揃った光――レーザ。天使のレーザ。これが私の武器。自慢」

 唯が最後は魔族に向かって言う。心の中では不敵に笑っているのだろうが周りには伝わらなかった。

「く…… これじゃ、矢じゃなくって、光そのものね。私、大ピンチかしら?」

 魔族は身じろぎもできずに呟いた。

「唯! カッコいい! やっちゃえー!」

「興奮。モチよ。興奮」

 加奈子がムチを踊らせて叫ぶと、弓を構え直した唯が応えて次々と弦を弾く。

 レーザ光線としか呼びようのない光が、瞬く間に連射されていく。

「発奮。連射も効く。発奮」

 光を魔力で無理に集める必要がないせいか、唯の光の矢は集まった端から射ち出されていく。

「高次!」

「痛い! 痛い!」

 実際高次の体を貫いて幾条もの天使のレーザが、後の魔族ごと串刺しにする。天使の矢は人間には痛みも害もない。だが思わず高次は悲鳴を上げてしまう。

「この……」

 魔族が毒づく。

 光の矢はやはり目にも止まらない。そして人質は盾の役割すら果たさない。

 何本かのレーザが魔族の脇に外れる。実のところ狙いはうまくいかないようだ。

「真っ直ぐ飛びすぎるからかしら。手元の微妙な狂いが、実際に届くまでに大きな誤差となっているのね…… 狙いが甘いわ。それに一本一本の威力も弱い……」

「拒否。答えない。拒否」

「なるほど。全ての長所短所をひっくるめての、この連射なのね」

 魔族は不敵に笑うと右手を振り上げた。魔力を放つ左手を空ける為、右手に人質を持ちかえる。

「させないわよ!」

 その隙を狙って加奈子が左手を一閃した。人質を持ちかえようとした魔族の虚を突き、高次の足下にそのムチを叩きつける。派手な土煙が周囲に舞った。

 休みなく撃ち込まれるレーザ。舞い上がる土煙。

「ちぃ!」

 魔族は堪らず舌打ちし、思わず片目をつむってしまう。

 加奈子はその魔族の死角にムチを放つ。そして高次の足をからめ捕ると、一気に引き寄せた。

「痛て!」

 高次は地面に背中を叩きつけながらひっくり返る。背中を打つと同時に体ごと足を引き寄せられた。

 先程まで高次を掴んでいた魔族の左手が、宙にぶら下がっていた。

「この! 痛いわね!」

 魔族は毒づき後ろに飛ぶ。体中に焦げ跡を作りながら、魔族が背後に着地した。

「痛て! 痛て! 痛いって!」

 高次が悲鳴を上げる。背中が見るからに痛そうに地面をすっていた。

 そして突き刺さったレーザの矢は、幾本かは貫通せずに体に刺さっている。

 顔や肩、腹に刺さったそれは、まるで剣山のようだ。光の矢による痛みはないが、その姿は見るからに痛々しい。

「高次!」

 小百合が腰を抜かしたように座り込んだ。その目の前に高次が滑り込んでくる。

 小百合は高次の上半身を慌てて抱え起こした。天使の矢のうち一本が高次の左胸に深々と突き刺さっていた。

「高次…… 大丈夫?」

「小百合……」

 高次が小百合に見入っていた。

「えっ……」

 小百合の胸がキュンと締めつけられる。

 浮気ばかりするダメ彼氏。しかしいつも最後は許してしまう。そう、本当は自分だけを見ていてくれている。最後はやっぱり自分のところに帰ってきてくれる。

 今も天使の矢に射たれて自分を見つめてくれている。

 その事実が小百合の胸を締めつけた。

「あら。残念」

 魔族の声がした。傷ついた箇所を手で押さえている。ダメージの回復に努めているようだ。

「新入社員ちゃん!」

 そして高次はその声に、あっさり魔族の方を見た。光の矢は胸に刺さったままだ。

「なっ! ちょっと! 高次!」

「あらら。お姉さんも大変ですね」

「天使さん!」

 高次が今度は加奈子の声に振り返りそちらに見入った。胸の光の矢はやはりまだ健在だ。

「この……」

 小百合の手が怒りに震える。

「えっと…… 何本も刺さっているせいよね?」

「違うよ。魔優子ちゃん」

 蓮華が口を押さえ肩を震わせて答える。さすがに笑ってはいけないと思っているらしい。

「そうよ…… こいつはこういう奴よ……」

 小百合が低い声で言った。前髪が垂れて目が隠れていた。表情が見えない。

 高次の体から天使の矢が消え始めた。

「あっ、逃げた!」

 加奈子が叫んだ。

 天使の矢が全て体から消えると、小百合の手を振り払って高次は一目散に走り出した。

「唯、魔族見てて。しばらく動けないかもしれないけど…… 魔優子ちゃんはちょうどいいから、あの人に天使の輪を使ってみて」

 蓮華が逃げる高次を指差した。

「ええ!」

「実際やってみるのが一番よ。円盤投げみたいに放り投げたらいいから」

「そうかな……」

 魔優子は戸惑いながらも天使の輪を、頭の上から右手に移し替えた。天使の輪が不可視の力で勢いよく回転し出す。

「あら。いい回転」

 加奈子が魔優子の天使の輪の勢いに感心する。慣れていないとは思えない程の回転速度だった。輪をムチにしてまう加奈子ですら目を見張ってしまうようだ。

「えいっ!」

 魔優子が見よう見まねで、天使の輪を右手で放り投げた。

 高次はもう、公園の出口を出てすぐの歩道にまできていた。歩道を越え、ピザの配達員のバイクにぶつかりそうになりながら、大通りを渡って逃げようとしている。幸い道路に車は通りかかっていなかった。高次はその分ためらいもなく公園を飛び出そうとした。

 天使の輪が高次の体めがけて飛んでいく。天使の輪が光ったかと思うと、高次は両手と体をその輪で捕らえられていた。上半身を一瞬にして縛られた高次は、その場でつんのめる。

「やった! できたよ、蓮華!」

「痛っ!」

 高次は顔からアスファルトの上に倒れてしまう。右の頬を強打した。

「縛られるなんて、まっぴらごめんだ!」

 だが高次がそう叫んで力を入れると、天使の輪は難なく打ち砕かれてその場で霧散した。

「何で?」

 魔優子が立ち上がろうとする高次を見て叫んだ。

「もっと相手を『ちゃんとつかまえていたい』って、思わないとダメだよ。魔優子ちゃん」

 そう言うと蓮華は、嬉しそうに天使の輪を放った。

 走り出していた高次が、またもや天使の輪で捕らえられてつんのめる。今度は左の頬で地面に激突する。ピザの配達員も道いく人も皆、この不思議な天使の輪に見入っていた。

「加奈子」

「はーい! 任せて、蓮華!」

 加奈子が天使の輪のムチをふるった。ムチは見る間に長さを増す。距離がある分だけ輪が次々と追加されていく。もはやムチと言うよりは、水面に尾を引いて泳ぐ蛇のようだ。生き物さながらに自らの身を左右に振りながら、ムチは高次に向かって伸びていった。

 高次は道路の上で、天使の輪から逃れようと暴れている。その胸元にムチが襲いかかる。

「あれ?」

 高次が間抜けな声を出した。ムチが絡めとるや高次の体が宙に浮いていた。高次は気がつけばお尻から着地している。お尻を打った痛みが高次を襲った。その高次を影が覆う。

「高次」

 小百合が座り込んでいる高次の顔を覗き込んだ。にっこりと形だけは微笑んでいた。

「小百合……」

 高次が卑屈に笑う。小百合が体を起こし高次の襟首を掴んだ。

「あっ……」

 魔優子が制止する間もなく、小百合は高次を引きずって魔族の方に近づいていった。

 小百合は臆することなく魔族に近づくや、引きずってきた高次をその前に転がした。

「痛い!」

「あげるわ」

「小百合……」

 高次が情けない声を上げる。

「いらないわ」

 魔族がヒールのつま先で高次に遠慮なく蹴りを入れた。冷たく薄い笑みを浮かべている。

「イテッ! 新入社員ちゃん……」

「そう。気が合うわね…… お友達になれそうだわ……」

 魔族と同じ笑みを浮かべてそう言うと、小百合もヒールで高次に蹴りを入れる。

「痛いって!」

「ふん!」

 そして小百合は何のためらいも見せず、後ろに振り返った。

 その背中で魔族が空に飛び上がる。

「逃げるわ!」

「いいわ、魔優子ちゃん。放っておきましょう。もう興味を失ったみたいだし」

 蓮華が瞬く間に小さくなる魔族を見て言った。

 小百合が力強い足取りで魔優子達の下に帰ってくる。

「いいんですか?」

 魔優子が訊いた。

「お騒がせしました。CDSの補償を受けて、新しい恋に生きたいと思います」

「小百合…… おーい」

「いきましょう。皆さん」

 弱々しい声を上げる高次に振り返らず、小百合は公園の外へ――新しい恋に向かって力強く歩き出した。

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