SIV5
「ユッキー! 聞いてよ!」
ラクシュミ株式会社が入るビルの地下施設。そのオペレーションルームにチームブライドの二人――須藤千佳と南柚希菜が帰ってきた。
その柚希菜に帰ってくるなり愛由美が泣きついた。
「ちょっと…… 邪魔なんだけど……」
入り口で柚希菜をつかまえた愛由美。そのままその場所に居座り、後ろから入ってこようとした千佳の道を塞ぐ。
「何ッスか? 愛由美ッチ?」
「待ちに待ったSIV案件なのに、やっぱり置いてけ堀にされたのよ!」
「おっ? 残念ッスね」
「SIV案件発生! 情痴か? 修羅場か? ドロドロか? ああ、新聞部魂がうずくのに!」
「あはは」
柚希菜が愛由美を引きずるように、入り口を離れてオペレーションルームに入っていく。
「たく……」
やっと前が空いた千佳が呆れて後に続いた。
「ひどいのよ。素知らぬ振りして一緒に出かけようとしたら、蓮華先生にまたもや襟足掴まれたのよ」
柚希菜に抱きつき、愛由美はわざとらしくすがるように訴える。
「ダメッスよ。蓮華ッチの後ろを歩かないと」
「そういう問題じゃないわ……」
千佳が空いている席に腰をかけた。
「ハチまで、私の邪魔をするし……」
「だって、私一人じゃバックアップできないです……」
「ハチ! そんなんだから、いつまでたってもロクにもゴにも、なれないのよ!」
「那奈ですって」
「少なくともこの愛由美ちゃんと二人っきりになりたいのなら、センセーショナルな恋話の一つでも、持ちネタで持っておきなさい!」
「そんな…… 愛由美さんだって、自分の恋話は持ってきたことないです――」
「コラッ! キュウ!」
「那奈です!」
「愛由美ッチ。テンション上がりっぱなしッスね」
「そうなのよ、ユッキー! 聞いてよ! 今まさに修羅場が展開されているのかと思うと、じっとしてなんかいられないの! ああ、それにしてもこの愛由美ちゃんがSIV担当じゃないなんて…… チームエンジェルに――カナやんとゆんゆんに担当できて、愛由美ちゃんにできない訳ないじゃないの! この不当性をペンに訴えるべき? 何処に投書すればいいの? キューピッドの業界新聞とかないの? 投書欄の充実したやつよ! ハチ! 知らない?」
「聞いたことないです」
「知ってるわよ! 聞いてみただけよ! ああ、愛由美ちゃんに何が足りないと言うの?」
「当たり前だわ……」
「何だと? 千佳ぴょん?」
「千佳ぴょんとか呼ばないで…… たく。下世話な下心丸出しで、どんなキューピッドの仕事をするつもりなのよ? 足りないんじゃなくって、余計なものだらけだよ…… 蓮華じゃなくっても、誰だって担当からはずわ……」
「何を! どんなに楽しみにしてたか! 千佳ぴょんには分からないんだ!」
「分かりたくないわ…… てか、その呼び方やめてって言ってるでしょ……」
千佳が半目で愛由美を睨みつける。もとより半目だが、殊更その半目から軽蔑の視線が見て取れた。
「SIVだぞ! 二股だぞ! 修羅場だぞ! 首を突っ込みたくなるのが、人情ってもんじゃない! 興味あるでしょ? 千佳ぴょん!」
愛由美が柚希菜から離れて千佳を指差した。
「ないわよ……てか、わざとぴょんぴょん言ってるわね……」
「愛由美さん…… 熱弁ふるい過ぎです」
真剣に熱弁を振るう愛由美に、那奈が顔を赤らめた。
「笹竹さん。蓮華と新人さんは? すれ違ってばかりで、挨拶もろくにできてないの……」
「私もさっき初めて会いましたよ。今は蓮華さんが、その…… SIV案件に連れ出しました」
「ふーん……」
「ああ! ぽっと出の新人のマユですら、修羅場に飛び込んでいるというのに! 何故この愛由美ちゃんが!」
「分かるッス! 分かるッスよ! 愛由美ッチ!」
余り分かってはいないのだろう。だがここは同調した方が面白い。そうと見たのか柚希菜が話に乗ってくる。
「柚希菜……」
調子に乗り出しそうな柚希菜。千佳は思わず拳を握ってしまう。
「分かってくれる? ユッキー!」
愛由美が柚希菜の両手をとった。そしていつの間にか用意したデジカメをそっとその手に握らせる。
「何ッスか?」
「頼みがあるの……」
愛由美が千佳と那奈に背を向けて、柚希菜に小声でささやきかける。
「実働チームには、応援要請があるかもしれないじゃない……」
「そうッスね……」
愛由美に合わせて柚希菜が小声で応じる。何やら楽しそうな予感に柚希菜の頬が緩む。
「せっかくのSIV…… ストラチャード・インディペンデンス・ビーグル案件。ぶっちゃけ二股事件。新聞部の愛由美ちゃんとしては、写真の一つでも欲しい訳ですよ……」
「なるほどッス……」
「……」
かがみ込み小声で話し出す二人は、千佳がスッと立ち上がったことに気がつかなかった。
「ユッキー…… これはミッションよ……」
「ミッ?」
「シッ…… 声が大きい……」
「……ミッション…… ッスか?」
柚希菜の心の琴線に、その言葉が触れたようだ。柚希菜は思わず身を乗り出す。『ミッション』などと言われては、柚希菜のテンションは上がらざるを得ないのだろう。
「……」
「あわわ……」
千佳が二人の背後に無言で近づき、その後の惨事を想像してか那奈が真っ青になった。
「そのミッションは、インポッシブルっぽいッスか?」
「そうね…… ちょいインポッシボーね……」
真剣そのものの口調で愛由美が答える。
「インポッシボー…… 燃えるッス…… 燃えるッスね……」
不可能な作戦と告げられ、柚希菜のハートに火がついたようだ。
「ぐふふ……」
思惑通りに進む話に、愛由美が思わず笑みをこぼす。
「……」
そして話し込む二人は、千佳が背後に立ったことにやはり気がつかない。
「ユッキー…… 何でもいいわ…… 二股っぽい構図の写真が撮れたら、私が適当にキャプション入れるし……」
「適当? いいんッスか?」
「いいのよ…… 多少の演出は、ノンフィクションを構成する為の必要悪よ」
「面白くなってきたッス……」
「成功報酬は、二パフェでどう?」
「ウッヒャーッ! 二パフェッ! パフェ二つ分ッスか!」
柚希菜の瞳が、チョコレートパフェとフルーツパフェに変わる。
「しぃー…… 声がでか――」
「――くなくても、聞こえてるわよ!」
「グハッ!」
千佳の肘打が柚希菜の頭にめり込んだ。
「――ッ!」
千佳はそのまま愛由美を睨みつける。
「チッ……」
愛由美は思わず顔をそらし、ミッションはインポッシブルに終わった。
「――ッ!」
その背後で何かの異変を告げるかのように、警告の赤ランプが警報とともに光り出した。