CDS12
「あら、本当に凄いわね。もう自分のものにしてるわ」
モニターを覗き込み加奈子が素直に感嘆の声を上げる。
「でしょ? 加奈子もうかうかしてらんないわよ」
「あら、ご冗談? あたしのムチさばきが、あの子にできるかしら?」
「何度も言ったと思うけどさ。天使の道具にムチなんてないから」
蓮華が苦笑いで応える。
「いいじゃない。あたしはこれが――」
そう言って加奈子は、嗜虐的な笑みを浮かべて左手を頭上の天使の輪に添えた。
「性に合ってるもの!」
加奈子が触れた天使の輪が消え、代わりに鋭い一振りとともに光のムチが現れた。
加奈子が左手をふるうと虚空をつんざく風切り音とともに、そのムチが司令室の床を叩きつけた。
「ひゃっ!」
先に慌てふためいていた背の小さな少女が、その突然の衝撃音に驚いて肩をすくませる。
「あはは。ゴメンゴメン、那奈ちゃん」
「加奈子さん。ひどいです」
「あはは、ゴメンね。愛由美のやつは? また一人で仕事押しつけられてんの?」
背の高い加奈子がウインクを一つしながら、背の低い那奈と呼ばれた少女に尋ねる。
「はい。思念も送ってるんですが――」
那奈はそう言うと、頭の小さなマゲを指差した。まるでそれが思念のアンテナでもあるかのようだ。
「愛由美さん、全然応えてくれなくって」
「思念中継が仕事の那奈の思念を無視するとは。愛由美の奴、自分から思念を切ってるわね」
「そうなんですよ、加奈子さん。愛由美さんの分も一人で仕事してるから、さっきから大慌てです」
そう答えると那奈は、小さなマゲを揺らして慌ただしくも機械の操作に戻ってしまう。
「まったく。加奈子は今からSIV案件でしょ? 早くいきなさいよ」
「あはは。急かさないでよ、蓮華。すぐにいくわよ。でも、そうね。その前に――」
加奈子の目が怪しく光った。同時に光のムチを部屋の片隅目がけて放つ。光のムチが持ち主の意思に応えるかのように、正確にその物陰に飛び込んだ。
「うお!」
同時に聞こえてきたのは、突然のムチの襲撃に驚いた少女の悲鳴だ。
「ぬおおおっ!」
愛由美が女子らしくない叫びとともに、ムチに縛られて加奈子たちの前に飛んでくる。呆れる三人の前に愛由美が尻餅を着いて着地した。
「あいたたた……」
「自分の仕事さぼって、あたしの後をつけるつもりだったんでしょ?」
「何をカナやん! SIV案件を前にして、愛由美ちゃんにこの地下に閉じこもってろって言うの?」
「大人しくしてなさい。あなたがいくと、話を引っ掻き回すだけでしょうから」
「むむ! 蓮華先生! 権力には屈しないわ!」
「はいはい」
蓮華がため息まじりに愛由美の首根っこを引っ掴んだ。
「離して! 蓮華先生! SIV案件なのよ! 待ちに待った――ぐふっ!」
「大人しくしてなさい」
「ぐぬぬ…… 首を締めるのは、流石に反則っすよ。蓮華先生……」
「じゃ、あたしはいってくるわね。唯も連れてくから」
その様子に優雅にくるりと背中を見せて、加奈子はファションモデルよろしくすたすたと歩いて入り口に向かう。
「SIVなのに! 『それはそれこれはこれ』案件なのに! 帳簿外案件――いえ、本命外案件! 人、それを二股と呼――」
「うるさい」
尚も叫び上げる愛由美の首筋を蓮華が軽く捻った。
「きゅう……」
愛由美が悲鳴とも、ただ息が漏れただけともとれる音を漏らして動かなくなった。
「あわわ……」
その様子に那奈が真っ青になり、
「あはは! キューピッド最高!」
魔優子はモニターの向こうで一人上機嫌に矢を放っていた。