CDS11
「あら、蓮華。新人さん。もう飛べるの?」
「そうだよ。凄いでしょ? 加奈子」
蓮華がモニターに向かってニヤニヤしていると、馥郁たる香りが辺りを包み込んだ。まるでその芳香が即席のステージを作り出したかのように、その中心に豪奢な少女が主演女優のような堂とした態度で現れる。
霧島加奈子だ。
加奈子はすらりと高い背をスッと伸ばし、凛とした姿勢でモニターの向こうで自在に飛び回る魔優子を見つめる。
「確かに凄いわね。新人さんって、三組の突抜さんよね?」
「そうよ。私の古い友人の子供なの」
蓮華はろくにモニターから振りかえらずに加奈子に答える。
「『古い友人の子供』? 何よ? 何の話よ?」
「あっ! 私のお母さんの話だよ。魔優子ちゃんと、私のお母さんがお友達なの。魔優子ちゃんは知らないみたいだけど」
「ふーん」
加奈子が魔優子の特訓の様子に目を凝らす。
「私達キューピッドの力は、人間の正の感情を魔力で引き出すことで発動するのよね?」
「そうだよ、加奈子。あなたなら、自分に対する絶対的な自信がその正の感情だろうね。魔力は柚希菜には負けるけど、その揺るぎない自信が加奈子の力になっているわ」
「唯は科学を信じる心ね。柚希菜は素質としか言い様のない魔力な上に、あの単純明快な性格。キューピッドの力はぴか一ってことね。逆に千佳は魔力があまりない上に、あのオープンじゃない性格からろくにキューピッドの力を使えないって訳よね。じゃあ、あの新人さんは? どんな感じ?」
「魔優子ちゃんも、魔力の資質はあるわ。柚希菜に負けないぐらいにね。何と言っても私の友人の娘。もとい私のお母さんの友人の娘だもの」
「正の感情は?」
「それは、今が一番いい時とも言えるし、今が一番不安定な時期とも言えるわ。まあ、その内分かるわよ」
「ふーん。ま、蓮華がスカウトしてきたんなら、問題ないとは思うけど」
加奈子がもう一度モニターに目を凝らす。
その魔優子は光の球を矢で射っていた。
ゆらゆらと揺れる光球がその場で漂っている。
大きさはテニスボール程。二十メートル程の距離をおいて浮いているそれは、魔優子から見れば豆粒のように見えただろう。
「魔優子ちゃん! 弓を構えて。射ち落とすのよ!」
「何よ?」
「私がやってみせたでしょ? それは人の思いを光の矢に変える天使の弓なんだよ」
「人の思い?」
「そうよ、魔優子ちゃん。人の正しい感情を力に変えるの。それでね、その光の矢で恋人の心臓を打ち抜くと、相手の気持ちを確かめることもできるわ。私がやってみせたでしょ? 魔優子ちゃんだって、練習すればできるから。これは揺れる光の球を心臓に見立てた訓練なんだよ」
「えっと。こうかな……」
魔優子が戸惑いながら弓を引いた。現れたのは光の矢。それは単純なものだった。先端が鋭く伸びきっている以外は、ただの細長い流線形の光の塊に見える。
「いい光だわ…… 流石魔優子ちゃん……」
蓮華がモニターの向こうの魔優子に呟く。その表情が光り輝いているのは、モニターの光のせいだけではないようだ。
「当たんないわよ…… こんなの……」
魔優子は自信が持てないのか、眉間に皺を寄せて弓を引く。見よう見まねで構えてみたが、狙いを定めようとして逆にふらふらと指先が揺れる。
「えいっ!」
魔優子が気合いとともに矢を放った。だが当たるどころか、矢は真っ直ぐ飛ぶことすらない。
「魔優子ちゃん。技術で当てようと思っちゃダメよ。当たったイメージだけして」
「当たったイメージ……」
「そうよ。誰かを具体的にイメージしてもいいわ」
「誰かをって……」
魔優子が一瞬眉間に皺を寄せて考え込んだ。
「ふふん」
その様子に蓮華が満足げに頬を緩める。
「――ッ! 何であいつの顔が……」
魔優子は一瞬誰かの顔を思い浮かべたようだが、そのイメージを振り払うかのように首を激しく振った。
「魔優子ちゃん。可愛いわ……」
蓮華の笑みは更に気色を帯びていく。
「まだ怒ってるんだからね。でも、これで当たったら…… 少しは許してあげる……」
魔優子はその怒りに身を任せてか力一杯弓を引いた。
「やっ!」
気合いとともに放たれた光の矢は、ものの見事に光の球の真ん中を射ち抜いた。
「やったー!」
「その調子! 魔優子ちゃん!」
「へぇー。流石蓮華が見込んだ娘。やるわね」
「でしょ?」
「あはっ! 結構簡単じゃない! 任せて! 蓮華!」
その言葉とともに、魔優子は面白いように光球を射ち抜いていく。
光球は射ち抜かれる度に、その揺れる速度を上げた。漂っているというよりは、跳ね回るように空中を動き回り出した。
その光球の内いくつかが、魔優子めがけて飛んでくる。
「魔優子ちゃん! じゃんじゃん射ち抜いて!」
「オッケーッ!」
魔優子は自分に向ってくる光球を、苦もなく射ち抜いていく。魔優子が弓を放つ度に、光球は光の矢に射られて弾けて消えた。
「レベルを上げるわよ!」
「任せて!」
モニターの向こうの魔優子はそう応えると、文字通り矢継ぎ早に矢を放っていく。そしてそのほとんどを正確に打ち抜いた。