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せめてゆっくり喋ってください。
ヒアリングが出来ません。
『ディア、通じてないわよ』
ロウェナの言葉は辛うじて聞き取れた。
その言葉に落ち着いたのか、青年はストン、と椅子に座った。
『初めまして。私の名前はディア。君は?』
『イチイ』
残念ながらイチイには、ヘーリング語の敬語が話せない。
年上なんだろうが、敬語は無理だ。
『イチイ・・・私のものになってほしい』
「はい?」
えーと、口説かれてるのではなく、お抱え菓子職人って意味だよね。
「あー、『学生だから、無理』
で、合ってるかな。
『では、卒業後に私のものになってほしい』
専属契約って意味で本当に良いのだろうか。
レンに助けを求めるべく、視線をやるとレンの表情が、ものすごいことに。
こわ!
『イチイは駄目だ』
『何故?』
『イチイは僕の嫁になる』
聞き取れない。早口すぎるんだけど!
『まぁ!そうなの。おめでとう!』
ロウェナだけがゆっくりした口調なので辛うじて聞き取れるが、会話の流れが掴めない。
『嫁?』
今度は割と聞き取れたけど、訳がわからない。
この単語は習ってないな。
『・・・女なのか?』
ぺたり。
・・・。
・・・・・。
・・・・・・・。
動けない。堂々としすぎて逆に動けない。
イチイは胸を触られたまま、悲鳴を上げることも出来ず、茫然としている。
女なのかって言われた。
それは聞き取れた。
男に見えるってことだろう。それはいい。しかしこの確かめ方ってありか!?
『やっぱり男だろう?』
イチイは百のダメージを受けた。
「どうせ!ささやか過ぎる胸ですよ!」
イチイのストレートが炸裂。
ディアは千のダメージを受けた。
『申し訳ない。男だと思ったので口説いた。女には興味ない』
そうか、ホモのひとか。それなら胸を触られるのはイチイルールでいうとOKだ。
何故なら同性のようなものだからだ。
というか口説かれていたのか。専属の話ではなくて。
『お詫びに何でもしよう。欲しいものがあるなら用意する』
「マジで!?『ゼラチンが欲しい。安価で定期的にイスフェリアに流通してほしい』
我儘すぎるだろうか。
『そんなことで良いのか。イスフェリアへの定期便に乗せることにしよう』
『ありがとう』
『・・・男だったらど真ん中だったのにな』
『それは褒め言葉なのか・・・?』