51・Side とある菓子好きの生徒
最近の密かな楽しみ。
それは、自販機でお菓子を買うことだ。
魔法学校に入学するために、王都に引っ越してきた。
自販機が設置される前は城下町で色んなお菓子屋さん巡りをしたわけだ。
その中でも一番美味しいのは一番高いお店で、小遣いは結構な額をもらっているので休日の度に買いに行っていた。
それが休暇が明けて学校へ来てみると・・・。
銅貨を1枚入れるとお菓子が1つ。
値段はいつものお店より安い。
そして美味しい。
種類は少ないし、クリームを使ったお菓子はないけど、十分に美味しい。
いや種類はもっと増えてほしいし、クリームを使っお菓子も食べたいけど。
珍しい魔道具にも感心したけど、お菓子の方により心をひかれるわけで。
弟子入りしたい。
別に魔法使いになりたいわけじゃない。
卒業後はヒツジ商会で働きたい。
今まで見たこともなかったお菓子の作り方を知りたい。
自分で作れるようになりたい。
自販機の中には常に5種類のお菓子が並ぶ。
毎日買っているので、たぶん全種類食べている。
定番のパウンドケーキ、フィナンシェやマドレーヌ、マフィンも好きだが、1番といえばシフォンケーキだ。
たまに味が変わるのだが、一番美味しいのは茶葉の入ったものだと思う。
裏面にあったオススメの通り、クリームを添えて食べるとますます美味しくなったのでびっくりした。
実家でもこんなの、食べたことなかった。
城下町のお店にも売ってない。
ふわふわの、しっとりのケーキ。
しゅっとなくなってしまうのが、惜しい。
カカオ味を作ればもっと良いのに。
そういえばこっちに来てから食べてないな。
というより売ってない?
また家からいっぱい送ってもらおう。
ヒツジ商会にプレゼントしたら美味しいお菓子を作ってくれるかもしれない。
ヒツジ商会は、薬学の担当教諭からの紹介でこの学校に自販機を持ち込んだという。
ならばその教師に会いに行こう。
それでヒツジ商会の代表者にコンタクトをとり、それから・・・。
浮かれてスキップしてしまい、廊下で同級生とぶつかってしまった。
「あ、ごめん。大丈夫?」
謝る前に謝られて、とりあえず頷く。
なんていうか威圧感が・・・身長差が・・・。
「けが、してない?」
しゃがみ込まれて、顔を覗きこまれる。
「大丈夫、です」
「立てる?」
手を差し出されたので、手を取り立ち上がる。
「ありがと」
「いいえ、ごめんね?」
「こっちが、ごめん。浮かれてスキップした。ぶつかった」
ぶつかった相手は王子さまだった。
いや勝手に王子さまって呼んでるだけだけど。
黒髪で神秘的な顔立ち。左目の下に黒子があって、それがまた妙な色気というか。
1年のとき、月末テストで何度か1位をとっていたので有名人なのだ。
噂に疎い自分でも知っている。
「スキップ?」
「スキップ。ヒツジのカカオ味が、食べれるかもしれない」
しまった。変なことを言ってしまった気がするぞ。
「ちがう、カカオがヒツジの、???」
ああ。だから嫌なんだ。
イスフェリアになど来たくなかった。
いやしかし来なければ自販機が・・・。
「ヒツジのカカオ味はあまり美味しくなさそうだなぁ」
「!きっと美味しい」
「そうなの?」
「カカオ味、ヒツジが作る」
「ヒツジが作るカカオ味かぁ・・・」
伝わらない。
そもそも商会がわからない。
イスフェリア語の商会ってなんだっけ。
「・・・ヒツジってヒツジ商会?」
「そう!」
「なるほど。ヒツジ商会がカカオ味のお菓子作ってくれないかな、って感じ?」
「そうそれ!」
「そうだね。私もカカオ味好きなんだけど・・・。カカオ、こちらでは見ないからなぁ」
「くに、ある」
「くに?」
「リリスフィア」
「リリスフィアっていうと友好国か」
「そう、カカオある。いっぱいある」
そう、だから早くいかなくては。
「取引する」
「え?」
「カカオあげる、作ってもらう、弟子入りする!」
はやく、はやく行かなくては。
薬学の担当教諭に、紹介してもらうのだ。
カカオと交換条件、悪くないと思う!
「・・・弟子入り?」
行ってしまったちびっこの背中を眺めながら、イチイはぽつりと呟いた。