栗を求めて三千里
この世界の生態系は特殊だ。
植物はかなり元の世界に近いのだが、季節感や地域など、まるっきり無視しているのだ。
温室でもないのに年中苺が生えていたり洋梨が実っていたり。
いつでも食べられるのは嬉しいのだが、情緒がないっていうか。
植物性食品も動物性食品も、流通がうまくいってないからか手に入りにくいものが多い。
そういうものは自分の手か人の手かで現地調達するしかない。
そう、現地調達すれば良いのだ。
「というわけで20日程留守にします」
「何がというわけでなの」
「栗拾いに行きたい。っていうか行く」
「誰と」
「クライスさんたちパーティと」
「却下」
何で、横暴だ、と駄々を捏ねるイチイに、レンの冷たい眼差しが突き刺さる。
「だって栗、美味しいんだよ。栗ご飯、食べたい。醤油なくても作れる和食は貴重なんだよ」
和食という言葉にレンが怯む。
イチイは事あるごとに和食が食べたいという。
でも醤油が、味噌が、と嘆くので、レンもそれとなく調べてみたが、見つからなかった調味料。
それらがなくても作れる和食となればそれは作りたいだろう、食べたいだろう。
和食というのはイチイの今はない故郷の料理だという。
「それにマロングラッセとか甘露煮にすれば長期保存も出来るし。お菓子の材料にも欠かせないんだよ、色々作れるんだよ」
ねぇねぇ、と強請ってくるイチイに、段々絆されていくレン。
「・・・わかった。ただし、条件がある」
今回のクエストは馬車で片道7日の道のりである。
ロハとは逆方向に山脈地帯に向かう。
ニトロプリアを治める貴族の護衛で、この貴族が栗拾いに行くのだという。
メインは栗拾いでなく狩りなのだろうが、イチイにとってのメインは栗拾いである。
わざわざ護衛をするメリットは、その給金と経費である。
馬車3台で野営はせず、途中の町や村で宿を取る。
宿代・食事代は向こう持ち。お金がかからず旅が出来るなんてなんてお得なんだろう。
貴族だということに引っ掛かりはあるが、行ったことのない地域の食べ物、おまけに栗も手に入るだなんて素晴らしすぎる。
他のクエストと被っていないクライス・コヅ・カーク+イチイで護衛を受けることになったのだ。
貴族と20日間も一緒で大丈夫かと心配ではあるが、長旅なので女性はいない。そうなると菓子店であった侍女たちはいないので、まぁ大丈夫だろう。居たらたぶん喧嘩になってしまうだろう。イチイは意外と短気である。
明日の朝、貴族の屋敷に挨拶に行き、そのまま出発となる。
今までで一番長い旅路となるので、万全な準備をしていこう。