魔法使いの冬休み
妄想部2011年5月企画の転載です。
153に続いている為、転載することにしましたが、修正加筆等一切行っておりません。
魔法陣で移動する時は、気付いたら地面の上、という感じだ。
しかし今回の移動は魔方陣ではなく魔法なので、少々違うパターンらしい。
イチイは現在、落下していた。
「マジですか」
音にするならひゅるるるるってところだ。
実際は風の勢いでごうごう耳に響いてるが。
地球人に視えない仕様とはいえ……。
ラピュタ気分を味わないながら落下。
着地場所に重力の魔法を掛けて、衝撃を殺す。
軽快に着地して息を吐いた。
人間が降って来たというのに、近くにいたサラリーマンは気にも留めずに歩いていく。
向って歩いている主婦も同じ。
うん、問題なし。
そんなわけで、日本です。
念願の、中華街。
ちょっとしたアクシデントで、今日は店が休みになったのでプチ冬休みにしてみました。
「ここが中華街かぁ」
実は初めての中華街。
前々から興味はあったが中々来る機会がなかったのだ。
「みてみて! 空から人が降って来たよ!」
「お前はまた……何言ってんだ」
「……はい?」
まさかそんな筈はない。
着地した後、周辺の人皆自分のことをスルーしていたではないか。
見える筈がない。
そろりと後ろの様子を窺う。
「でも今、そこの彼女空から降りて来たよ?」
黒髪の小柄な女性が、明らかに自分を見ていた。
嫌な汗が滲む。
幸い目撃者は彼女一人のようだ。
モスグリーンのセーターを着た男性は否定しているし。
ならばしらばっくれるのが最善。
「この世界の人も空が飛べるんだねー」
……ん?
この世界の人、も?
もう一度、彼女を見る。
魔力は感じられない。
見た目はごく普通の日本人。
が、翔君の例もある。
「もう、本当なのに!」
見間違いだろうと宥める男性に、かわいらしく憤慨している。
何だか微笑ましい。
いや問題が自分なのは頂けないが。
「見間違いじゃないですよね?」
おっと。
まさかの確認。
その剣幕につい頷いてしまう。
「ほら!!」
彼女が嬉しそうに笑うので、つられてしまった。
「もしかして、アレコマッターナの人ですか? 私、タナナコスの出身なんです」
「えっと……ルード・ミルのイスフェリアから来ました。違う世界かな……?」
「…………」
連れの男性から痛いものを見るような目で見られている。
わかってる!
現実味がないのはわかってる!
「元々は日本人なんですけどね」
「そうなんですか! 私も最近日本人になったんですよ」
えっと……。
戸籍つくったってことかな。
「私、佐々木マリアです」
「日辻イチイです」
名乗られたので名乗り返す。
「ほら、泰介さんも」
「……佐々木泰介です」
うわあ嫌そう。
デートの邪魔してごめんなさい。
しかし同じ苗字か。
カップルじゃなくて夫婦なんだな。
「あ、そうだ! よかったらイチイさんも一緒に中華街に行きませんか?」
そんなふうに軽く推理をしていると、突然、マリアさんが顔をあげてそんなことを言い出した。
「え? マリアさんデート中ですよね……?」
見れば、佐々木さんも憮然とした顔でこちらの顔を見ている。
うん、その目は断れって言う意味だよね。
言われなくても人のデートを邪魔なんてしませんよ。
馬に蹴られたくないし。
「せっかくですけど、私、他に行くところが……」
「ね、いいでしょ? 泰介さん!」
が、マリアは無邪気な笑顔全開で、腕を取って道路の向こうへとグイグイ引っ張って行く。
「すまないが諦めて付き合ってくれないか。 あいつの強引さには勝てん」
「……そのようですね」
私たちは顔を見合わせ苦笑いを交わす。
でもまぁ。
佐々木さんには悪いけど、どうやら一人で歩くよりもずっと楽しい休日になりそうだ。
「あ、あれ食べたい!」
鼻をひくひくさせてマリアさんが吸い寄せられていったのは、何人もの観光客が行列をつくる中華饅の店。
なんともいえない食欲をそそる香りに、ついお腹のあたりがぐーっと音が響く。
「そういえば、昼から何も食べてないんでしたっけ」
店の商品はおろか賄いまで食べ尽くした珍妙な客を思い出し、思わず苦笑いが浮かぶ。
あれだけ無茶苦茶なことをしてくれたのに、まったく怒る気になれない。
なんとも不思議な雰囲気の客だった。
「だったら、あれ食べましょう! うん、あれがいい!」
マリアさんが一人飛び出して中華饅を求める列に紛れ込む。
「おいっ! 俺から離れるな。また迷子になるぞ!!」
「なりませんよーだ! 私は子供じゃありませんっ!」
苦い顔をしながらも、なぜか佐々木さんの顔は幸せそうに見えた。
……いいな。 あぁ言うのも。
私の脳裏に、異世界で出会った仲間たちの姿が次々と浮かぶ。
でも、今のところあんな風になりたい人はいないな。
うん。
「おいしーい!」
「おまえな、たまには他の感想も言ったらどうなんだ?」
「だって美味しいんだもん」
満面の笑みを浮かべて肉まんをかじるマリアさんに、佐々木さんが深々と溜息をつく。
「ほら、口にパンくずがついてる」
「ありがとう、泰介さん」
しかめっ面をしながらも、かいがいしくマリアさんの世話を焼くその姿は、なぜかとても温かい。
いいなぁ……。
空気が甘い。
あー、本当に邪魔者だな。
「ねぇ、次はマシュマロの専門店に行きましょう! 私、下調べしておいたんですよっ!」
パソコンからプリントアウトしたらしき地図を取り出しながら、マリアさんが佐々木さんの手を引いて歩き出す。
「ほら、イチイさんも早くっ! もたもたしていたら、今日中に全部回りきれないよっ!」
「お前な、一日で全部回りきるつもりか、この馬鹿っ!」
「馬鹿じゃないもんっ! せっかく来たんだから、めいっぱい楽しまないと!」
「無鉄砲な奴だな」
「……やだー! 泰介さん。鉄砲なんて持ってるわけないじゃないですか! 持ってたら銃刀法違反だよ?」
「……帰って辞書引け」
「なんで!?」
イスフェリアより断然人が多い。
中華料理、ベトナム料理、飲茶、茶葉屋、雑貨、マシュマロ屋、色々あって楽しい。
中華包丁とか蒸籠とか、キッチン用品も欲しいな。
「ねぇねぇイチイさん、これって何て読みますか?」
そう言ってマリアさんが見せてきたのは犬用の服だった。
オレンジ色の光沢のある生地には、白い丸い円の中に亀と書かれている。
「メイドイン……チナ?」
「だよね! チナだよね!! ほら、泰介さんどうだ!!」
「どうだって言われてもなぁ……」
made in China
うん、チナだよね。
確かにね。
何故かマリアの天然発言の話題に。
イチイの場合は天然ではなく、英語が苦手なだけであるが。
「それでねー、私ずっとゲッキョクさんって大地主だなーって思ってたの」
「ゲッキョク……大地主……」
「でも読めるよね? 月極」
「そうだよね。小学生の頃は勘違いしてたかな」
他にも出てくる出てくる、天然発言。
世界が違えば常識も変わる。
言い回しも直訳じゃわからないことってあるし、特に最近の日本語って崩れてるし。
おもしろいなぁ。
昼食はふかひれラーメンになった。
やたら目につくと食べたくなるよね。
「あ!」
「どうした?」
「漢字Tシャツ欲しい! ねぇ、ここの近くなんだけどちょっと移動していい?」
漢字Tシャツが近くで売っていると聞いていたのを思い出したらしい。
面白そうなのでついていく。
「すごーい、いっぱいある」
”富士山””武士”普通だな。
”やんちゃです””意地悪””八方美人””お転婆” うん、あんまり着たくはないかな。
「これ、先生に送りたい!! 見て“自惚野郎!”ピッタリ!」
聞けば故郷の先生は日本好きらしい。
漢字Tシャツを集めているそうだ。
Tシャツを握りしめて説明してくれる。
自惚野郎……それは褒めてるのか。
「あーでも送る方法がないのか。おばあちゃんにお願いできないかな」
「おばあちゃん?」
「うん、神様のおばあちゃん。私がこの世界に来たのもね、おばあちゃんのお陰なの。ただ、突然現れて消えちゃうからタイミングが合わないと持って行ってもらえないだろうなぁ……」
なるほど。
突然現れるんじゃあ、待つしかないか。
タイミングよく現れるとは限らないし……。
「……あ、翔君に頼んでみようか。たぶん彼なら出来ると思うし」
「本当? カケル君に悪くない?」
「無理だったらおばあちゃん探そう。一旦預かるね」
「ありがとう! イチイさん大好き!!」
見られない様に、段ボールごと縮小・軽量化の魔法をかける。
つくづく魔法は便利だと思う。
しっかし、Tシャツ箱買いする人、初めて見た。
しかも漢字Tシャツ……。
その後は茶館でティータイム。
中国茶美味しい。
こういうお茶も扱えると楽しいかな。
かわいい茶器もセットでお土産だ。
「おばあちゃんに頼んだらこっちの世界にも来れるのかな」
「おばあちゃんならきっと出来るよ。神様だし」
「そっか。その時はヒツジ菓子店で待ってるね」
「今日のお礼に泰介さんが、たくさん売り上げに貢献するからね!」
「俺か」
「他に誰がいるの?」
「……そうですね」
今からルミナリエを見に行くと言うので、ここでお別れ。
目的地は同じだが、さすがにそこまで邪魔をするのは悪いだろう。
しかしそれにしても。
右を見ても左を見ても、前も後ろもカップルだらけ。
思わず苦笑いも浮かぶってものだ。
ちょっとばかり居心地は悪いけど仕方がない。
せめてよーく観察してお店のディスプレイにでも活かそうか。
許可が取れれば城下町を飾っても面白いかもしれない。
「時間だ」
何故かタイマー音が鳴り響く。
荷物はしっかり持っている。
忘れ物はない。
引っ張られる感覚が始まった。
すごいな、もう店の前だ。
店内は照明がついている。
「ただいまー、ってあれどうしたの? クライスさん?!」
何故かクライスさんがひっくり返って泡を吹いている。
慌てて駆け寄り抱き起こすと、小さく呻き声をあげた。
「あ、おかえりいっちー。ちょっとしたアレコレがあって……」
「イチイー! 待ってた!!」
「イチイ、遅い。っていうかどこに行ってたんだ」
何故か皆が駆け寄って来る。
どうなってるの?
厨房に視線をやると、そこには信じられない光景が。
………………。
翔君に視線を戻しにっこりと笑う。
「あー……色々反省してます……何でもさせてイタダキマス。ごめんなさい」
人手もあることだし、大掃除でもしようかな。
掃除も粗方終え、夜食の中華粥を食べて一息。
もうちょっと掛かりそうだし、この際2,3日休みにしてしまおう。
やりたいことも色々あるし。
「そうだ。翔君にお願いがあって」
そう言って段ボールを元の大きさに戻す。
「異世界で国名がタナナコス、ダンフィールって人のところに届けたいんだけど出来ないかな?」
「うん、だいたい出来ると思う!まかせてちょー!」
大体って言葉はもうスルーだ。
「ありがとう。あ、これお土産。帰ってから開けてね!」
中華街で購入したお土産を渡す。
「それじゃお世話になりましたー!」
「またいつでも来てね」
「うん!またねー!」
「あ、皆にもお土産」
中国茶、茶器、飲茶色々。
月餅の型や中華包丁などの道具もある。
他にも漢字Tシャツを買ってみた。
日本語のわかるミカは嫌な顔しそうだけど、他の皆は大丈夫だろう。
中国茶で中華街とルミナリエの土産話。
こっちでも中華街みたいなのがあればいいんだけどな。
さて、それじゃ菓子店のディスプレイでも作るか。
ルミナリエほどはいかないが、イルミネーションを作ろう。
光の魔法石や光魔法でそれなりのものが作れるはずだ。
レンが光魔法得意だし、手伝って貰おう。
トマもおもしろがってやりそうだし、人手は足りる。
「城下町ルミナリエ」
も、いいよね。
「トマー、レンー」
原案片手に、作戦会議開始。
有意義な冬休みになりそうだ。